思い出の場所
「ちょ、ちょっと待て、こんなゴミ溜めみたいなところで貴族二人と遊んでいた?しかも、確かフィオーネの家って、かなり離れていたよな?」
「な⁉ゴミ溜めとは失礼ね、昔はここもただの薄汚い貧民区だったのよ。」
思い出に浸っていたサンに、エッジが皮肉交じりの言葉を投げかけて水を差すと、サンは少しムッとした表情でエッジを睨む。
「どっちにしても変わんねえだろ。」
「なにおう……」
「まあ、この現状を見ればそう思われても仕方ない。実際こんなところに貴族が来る方がおかしいくらいだ。だが俺達は確かにここで過ごしていた。」
そう言って、バルドはこの場所での思い出を語り始めた。
きっかけは、領主の娘であるミサリーが、商用で街を訪れていたフィオーネ家と出会ったことから始まる。
その際、ミサリーがウィルスを連れて街を案内していた時、偶然、街で暮らす四人と出くわし、この路地裏でバルドとミサリーが取っ組み合いの大喧嘩をしたという。
結果は引き分けに終わったが、その喧嘩をきっかけに互いを認め合った六人は、すぐに打ち解け、この場所を、自分たちだけの秘密のたまり場にした。
それから六人は、毎日のようにここで顔を合わせるようになったが、やがてミサリーとウィルスが学園に通うようになると、次第に足が遠のいていった。
それでも、学園が長期休みに入ると、六人は決まってこの場所に集まっていたという。
「俺たちはここで毎日、剣や魔法の鍛錬をして、ウィルスはその横で、魔道具の研究をしていたんだ。」
「なるほどな……しかし、街の子供と喧嘩とは、ミリアムの母親はやば……じゃなく、活発的な女だったんだな。」
「ふふ、そうね。ミサリーは暴れん坊で、とても貴族の令嬢には見えなかったわ。ウィルスも貴族らしい振る舞いなんてしてなかったし。」
「ま、だからこそ仲良くなれたんだけどな。」
「でも、どうやって二人は毎日ここに来てたんだ?」
問題はそこだ。今の話だけを聞けば、街に住む子供たちが集まっていたように思える。
だが、ウィルスは親の商用に同行してこの街を訪れていただけで、定住していたわけではない。
それにいくら活発的とはいえ、領主の娘であるミサリーが、毎日通ってくるなど到底ありえない話だ。
「ああ、それはな……これがあったからだ。」
そう言うと、バルドは先ほどマーカスが触れようとしていた瓦礫を持ち上げる。
するとその下からは、魔法陣が描かれた台座の様な装置が二つ現れた。
「これは?」
「ウィルスが初めて作った魔道具だ。」
エッジは近づいてその台座をまじまじと見つめる。
魔道具は高価なため、あまり縁のない代物だったが、最近は組織関連の仕事で目にする機会も増えていた。
しかし、このようなものは初めて見る。
「これはどういうもんなんだ?」
「ああ、これは転移陣というもので、これに乗れば、あらかじめ指定された場所へ一瞬で移動できるらしい。二人はこれを使って、フィオーネの屋敷とミサリーの部屋からここへ遊びに来ていたんだ。」
「へえ……って、はあああああああああ⁉」
説明を聞いたエッジは、思わず驚きの声を上げた。だが、そんな反応を見せるのも無理はない。
現在、この世界の主な移動手段といえば馬くらいのものだ。
隣町まで行くだけでも何時間もかかり、地方の町から王都へ向かおうものなら、一か月かかることもある。
だが、今の話が本当なら――この魔道具を使えば、一瞬で別の場所へ移動できるという。まさに世紀の大発明と言っていいだろう。
しかし、こんな魔道具があるなんて聞いたことがなかった。
「ちょっと、急に叫ばないでよ?」
「んなこと言ったって、これ、とんでもねぇ代物じゃねぇか⁉」
「まあ、場所や距離には制限があるらしいけどな。」
「それを踏まえてもすげぇ魔道具だぞ? 今の話が本当なら世紀の大発明じゃねぇか。なんでこれが出回ってねぇんだ?」
「詳しくは知らないが、ウィルスはこの魔道具に何か思う事があったらしくてな。ここにある二つしか作らなかったらしく、存在の公表も避けていたんだ。」
「まあ、これを発表しなくても、あいつはいろんな魔道具を発明してたけどな。」
「そうそう。夜道を照らす電灯に、ギルドにある冒険者のジョブ適性を調べる水晶玉とか。特に有名なのは通信機よね。たぶん、この転移陣を参考にしたんじゃないかな。」
エッジは、今挙げられた魔道具の名前に思わず息を漏らした。
どれも、この国で暮らしていれば誰でも知っているものばかりだ。
――あれ全部、ミリアムの親父が作ってたのかよ……。
エッジは改めて転移陣を観察する。
「しかしすげえな、これをミリアムの親父は子供の時に一人で作ったのか?」
「え?あ、まあ……そうだな。」
そう尋ねると、バルドは何故か歯切れの悪い返事をする。
「と、とりあえず……俺たちはウィルスの意思を尊重して、発明品が世に出回らないように隠し、時々見回りをしているんだ。」
「なるほどな。でも、そんなこと俺に話してよかったのか?」
「お前は二人の子供を取り戻そうとしている男だ。大丈夫だろう。」
――そんな理由で信用していいのかよ……。
もちろん、知ったからってどうこうするつもりはない。
だが、あまりに簡単に人を信じすぎじゃないか、とも思う。
そう思った瞬間、以前の自分の行動が脳裏をよぎった。
エッジも同じようにグリエルを信用して今こうして動く羽目になっている、そう考えると自分がどれほど浅はかだったのかを思い知らされた。
「なあ、一度試してみてもいいか?」
エッジは許可をもらうと、バルドから簡単な説明を受け、転移陣に足を踏み入れた。
次の瞬間、身体の奥からマナを吸い取られるような感覚に襲われ、視界がぐにゃりと歪む。
――と思った途端、景色が一変し、気づけばさっきいた場所とは違う、どこかの部屋の中に立っていた。
「すげえ……本当に移動してる。」
エッジは部屋を見渡しながら、ぽつりと呟く。
そこは長いあいだ使われていないのか、家具や床の上には薄く埃が積もっていた。
「もしかしてここは……」
エッジはとりあえず部屋を出ようと、扉へ向かった。
扉は外側から鍵がかかる仕組みになっていたが、ノブを回すと問題なく開いた。
そして扉の先はこの家の広間へと通じていた。
――……やっぱりここは、フィオーネ家の屋敷か。
話によれば領地の小さい男爵家だが、発明した魔道具で儲けていたという話だった。
だが、この部屋を見るにあまり豪勢とは言えなった。
部屋は確かに広いが、物は最低限しか置かれていない。
恐らく、目の見えないミリアムのために、あえてこのような造りにしたのだろう。
足元を見れば、つまずかない程度の小さな突起が並んでおり、それを辿って歩けば扉や食卓にたどり着けるようになっている。
また、足音がよく響く構造になっており、これなら近くに誰かが来てもすぐにわかる。
先ほどの鍵も、おそらくミリアムが誤って転移陣に触れないようにするための仕掛けなのだろう。
エッジはこの小さな貴族の屋敷を一通り見回ると、玄関から外へ出た。
扉の外には小さな庭があり、その先には、閉ざされた屋敷の門が見えた。
そして、門の外に立っていた一人の女性と目が合った。
その女性は、一見すると普通の人間のようだったが、頭の上に耳があり、腰からは尾が伸びているいわゆる獣人族と呼ばれる女性だった。
……そして、彼女は聖騎士団の紋章の入った鎧を身に付けていた。
「盗人発見!確保ー!」
「え?あ、ちょっと、待て――」
女性隊員の叫び声を聞きつけ、他の団員たちが次々と駆けつけてくる。
エッジは慌てて弁明しようとしたが、問答無用で地面に押さえつけられ、あっという間に拘束されてしまった。




