貴族の序列②
「てめえは……アンデス」
「フフ、失礼……余りにも面白い話題だったので、少し覗かせてもらっていたわ。しかし、教養のない田舎で育った人間はそのような考え方をするのね、やはり面白いわ。」
「な、なんだと⁉」
アンデスの言葉にエッジが逆上するが、アンデスにはその反応すら笑いの種になるのか更にクスクスと笑う。
「だってそうでしょ?貴族とは無縁の荒くれ者が、貴族を語るなんておかしいじゃない。あなたが貴族の何を知っているのかしら?」
「そ、それは……」
そう問われると、エッジは言葉を詰まらせる。
「そもそも貴族と平民では住む世界が違うの、だから知らなくて当たり前。言わせてもらうなら人間と家畜ね、でも家畜にはわからない人間の苦悩があるように、貴族には貴族しかわからない苦悩があるの。それも知らないくせに、貴族の方がいい生活ができるなんてどうして言い切れるの?」
アンデスの言葉に四人は俯きながら完全に黙り込んでしまう。
実際、アンデスの言葉は的を得ているのだから仕方がない。
「そうね、折角だからこの際私が貴族の内情について簡単に教えてあげましょう。」
アンデスはそう言うと部屋の中へ入り、四人の前に立つと貴族についての説明を始める。
「では、まずあなた達は貴族の爵位について知っているかしら?」
「も、勿論だ、それくらい俺だって知っている、一番上が確か公爵でその下が……えっと?」
「その下も侯爵よ、呼び方が同じでややこしいかもしれないけど、そしてそこから順に、伯爵、子爵、男爵と続き、グリエルは中位貴族の伯爵家でミリアムちゃんのフィオーネ家は最下位貴族の男爵になるわ。まあ他にも細かく分ければあるけど、まあ今知るのはこれだけでいいわ。」
そう言うと、アンデスは一度話を区切る。
まあ、ここまではいわば基礎知識の様なものだろう。
そして、ここからが本題とばかりにアンデスが少し真面目な顔つきで話を続ける。
「それで、貴族にとって、爵位とは力関係を表すものだけど、全員がこの通りの序列という訳ではないの、これはあくまで家柄の序列であり、個人ではまた違ってくるの。」
「……えーと、どういうことですか?」
アンデスの言葉にルースが尋ねる。
「例えば、侯爵家の人間であっても、無能や平民の血を引いた妾の子供だったりすると貴族としての価値は大きく下がるの。特に水面下で粗さがしをする貴族社会において、そう言う存在は弱みになる、だからそういう者は家の中でも蔑まされたり存在自体を隠されたりすることが多いわ。」
「な、成程……」
「そして、盲目というのも立場を悪くする要因の一つよ。」
「なんだと⁉」
「当たり前でしょ?目の見えるのが当たり前なのに目が見えないように生まれてくる、それは無能と似たような者なのだから。」
淡々と答えたアンデスの言葉に四人が激しく動揺を見せると、エッジが声を荒げて尋ねる。
「ちょ、ちょっと待てよ!今の話からすると、ミリアムは盲目でしかも元の家も爵位の低い男爵貴族ってことだろ?あいつは貴族としては相当低い位置にいるんじゃねえのか?」
「ええ、そうよ。しかもあの子、母親の方が伯爵家だから、昔から親族から色々言われてたんじゃないのかしら?」
「……そういえばミリアムの奴、貴族って話になった時なんだか後ろめたそうにしていた気が……」
その時の事を思い出したようにマーカスが呟くと、エッジもその事を思い出したのか顔が青ざめていく。
「な、ならなんでグリエルはミリアムを引き取ったんだ?男爵家の盲目の子供なんて邪魔になるだけだろ?」
「まあ確かに爵位なんて気にしない、ただ単に身内の子供だから引き取りたいという心優しい人間もいるけど、残念ながらグリエル伯爵という男はそんな人間じゃないわ。」
「じゃ、じゃあなんで……」
「あら?簡単よ、彼女が下位貴族の男爵家だろうが、盲目だろうが、そんな不利なものを上回るほどの価値が上がるものがあればいいのよ。」
「そ、そんな物あるのか?」
「ええ、彼女が持つ価値……それは彼女の家が属していた派閥よ。」
「派閥?」
「ええ、派閥の存在は地位の低い貴族にとっては大きな力になる。例えば侯爵家の派閥にいれば、後ろに侯爵家の存在がちらつき無所属の伯爵家は立場の低い子爵相手に大きく出ることはできない。だからこそ貴族は格上の貴族に取り入ろうとするの。」
確かにそれは、学園の時にもよく見られていたものだったな。
マンティス侯爵の派閥にいた、メフィス伯爵家の令嬢が男爵や子爵の令息を使って、伯爵家の令嬢だった俺を襲わせたのもその関係があってこそだろう。
あの女装の経験も、無駄じゃなかったようだな……もう二度とごめんだが。
「という事はミリアムの家は、そんなに力のある派閥に入ってるって事か。」
「ええ……彼女の家、フィネール家は私のいた家、ノイマン公爵家の派閥よ。それも兄達ではなくお父様直々のね。」
アンデスが得意げに言うと、四人は呆然とする。今の話からそれが凄いのは分かったが、どれほど凄いのかがわかっていないと言ったところか。
「な、なあ、そ、それってどれくらい凄いんだ?」
先程から硬直しているエッジに代わって、ビレッジが率直に尋ねる。
「公爵家の派閥自体はそれなりにいるわ、でも大半が兄達が引き入れた者たちでそこまで珍しくはない。でもお父様自ら派閥に招き入れた家は片手の指で数えるほどしかいないの。それだだけでもフィネール男爵家の立場は跳ね上がり、そんな家の唯一の存在であるミリアムに関わろうとしてくる貴族は五万といるはずよ。」
「つまり、表向きの彼女の価値はかなり低いが、裏での価値はとんでもなく高いという事か。」
そう呟くとアンデスが頷く。
「ええ、しかもあの子は女性だから政略結婚の駒として使えば、親族であり後見人となったグリエルは、侯爵家や大富豪の家とも関係を持てるでしょうね。だからこそ、グリエルはミリアムを引き取ったのよ。」
「そ、そんな……」
硬直していたエッジが動いたかと思うと、今にも死にそうな表をしながら俺の方を見る。
「な、なあ、どうにかミリアムを連れ戻せないか?」
「無理だな。そうする理由もない。」
「でも!――」
「今回の状況はお前らが考えもなしに動いて招いた結果だ、グリエルの方に問題はない。」
「そ、それは……」
「お前達が動くのは勝手だが、組織として動くつもりはない、以上だ。」
「クッ!」
俺が話を切り上げると、エッジは勢いよく扉を開けて外へ出ていった。そして慌てて追いかけるように三人も部屋を出ていき部屋にはアンデスだけが残っていた。
「フフ、随分冷たいじゃない?」
「……あくまで組織として動かないだけだ。あいつらが組織の人間を使って助けようとするのなら何も言うつもりはない。」
「ああ、成程。これも教育の一環なのね……」
「しっかり考えて動けば、ミリアム救出の糸口はすぐ見えて来るだろう。まあそれができなかったからこんな事になったんだろうが……まあ、時間稼ぎくらいはしてやるか。」




