貴族の序列①
エッジから連絡があった少し前……
ツルハシの旅団一行は、西部地方にあるイサイラと言う町へ来ていた。
ここ最近ティアからの指示がなかった五人は、暫くは普通の冒険者として活動していており、今回の依頼は南部地方の商人からの依頼で、商品をイサイラの町に届けてほしいと言うものだった。
少し遠出になる依頼だが、その分依頼料も高く、組織関連のルートを通れば安全に行けるという事もあり、五人はちょっとした旅行感覚依頼を受ける事にした。
道中、モンスターに襲われることはあったが、それなりに経験を積んだ五人には大きな問題ではなく、順調に足を進め、そして無事依頼を終わらせた五人は、観光がてらイサイラの町を探索することにした。
流石貴族が多い地方なだけに、どの店も高級な物を揃えていた。
南部地方にはない物も多く、エッジ達が物珍しさに商品に目移りをしていると、不意にミリアムが男とぶつかってしまった。
「おい、ガキ!どこ見て、歩いてるんだ!」
「ご、ごめんなさい。」
「済まねえ、この子は盲目で目が見えねえんだ。勘弁してくれ。」
ミリアムが男に絡まれると、すぐさまエッジが間に入り謝罪をしながらお金の入った袋を渡す。
「……チッ、次からは気をつけろよ。」
男は舌打ちしながら去っていくと、今のやり取りを見ていたマーカスたちも慌てて駆けつける。
「だ、大丈夫ッスか、ミリアム!」
「は、はい、でもごめんなさい、私のせいでお父さんに迷惑を……」
「へへ、大丈夫だ、気にするな。」
そう言ってエッジは不器用ながら優しくミリアムの頭を撫でると、すぐにミリアムの顔に笑顔が戻る。
そして、今度は離れないように手を繋くと、気を取り直して五人は町を探索し、一通り回ったところで、宿へ向かう。
しかしその途中、五人の前に馬車が止まり、中から執事の格好をした男が降りてくる。
「この者達が例の冒険者か……」
男はエッジたちを見た後に、ミリアムに目を向けた。
「その髪色、そして盲目……間違いない、ミリアム様だ。」
「え?」
不意に名前を呼ばれたミリアムが反応すると、四人もその呼び方に反応する。
「ミリアム様だあ?」
「あの、すみませんが、あなたは?」
「あ、申し遅れました。私はこの町の領主、グリエル伯爵家に仕える執事のエダと申します。そしてこの方は、グリエル伯爵の姪に当たりフィネール家男爵令嬢、ミリアム・フィネール様です。」
執事の言葉に四人が目を丸くすると、一斉にミリアムに注目する。
「な⁉ミ、ミリアムが貴族の令嬢だっていうのか?」
「で、でもそんなこと、ミリアム一言も……」
「その、だって、私……」
驚くエッジ達を他所に貴族と呼ばれたミリアムは、何故か後ろめたそうに俯く。
「……ここではなんですので、良ければ屋敷に来てもらえないでしょうか?」
そう言われエッジ達はエダに連れられ、グリエル伯爵の屋敷へと向かった。
屋敷に着くと、エッジ達はエダからミリアムの話を聞いていた。
話によれば、どうやらミリアムは南部地方の小さな町を治めるフィネール男爵の令嬢で、数年前に盲目を治療できると言う噂の医者の元へ行く途中馬車が崖から転落し、両親共々死んだと思われていたという話だ。
最愛の妹夫妻を亡くしたグリエル伯爵は大いに悲しんでいたが、今日ミリアムとぶつかった男から盲目の少女を見かけたという話を聞き、確かめに来たという話だった。
「成程、そう言う事でしたか……。」
「ええ、ですので話を聞いた旦那様も今急いで屋敷に戻っているらしく……」
ツルハシの旅団のリーダーであるルースが、エダと話している間、エッジはずっとミリアムを見ていた。
今の話は昔ミリアムに聞いた話と一致しているので信憑性は高いだろう。
――という事は、ここの伯爵は本当にミリアムの……
そして暫くすると、勢いよく応接室の扉が開き、身なりの整った凛々しい中年の男が入って来た。
「おお、ミリアム!本当に生きていたのか⁉」
「そ、その声は、アシッド様……」
「そなただけ遺体が見つからなかったと聞き、もしかしたらと思っていたが……親切な冒険者の方が保護してくださっていたとは……おお、女神に感謝を……」
――親切な冒険者……
その言葉にエッジは胸を締め付けられる。
「それで、話は聞いていると思うが、もしよければこのままミリアムを私に引き取らせてくれないだろうか?」
「え⁉」
「我が妹が残した忘れ形見だ、大切に育てていずれは男爵家を継がせたいと思っているのだ。勿論、ここまでミリアムを保護してくれたことへのお礼は弾もう。」
そう言うと、エダが袋いっぱいに入った金貨を机に置いた。
アシッドからの提案にエッジはミリアムを見る、ミリアムは困惑を見せつつ黙り込んでいる。
……エッジがミリアムを保護して早一年、今では演技のために呼ばれるようになった『お父さん』という言葉にも慣れ、エッジ自身もミリアムを本当の娘の様に思っている。
だが、その裏で心の隅に引っ掛かっているものがあった。それは自分が一度ミリアムを奴隷として売ったという事実だ。
――そうだ、俺は一度この子を売ったんだ。そんな俺がどの面下げて本物の身内に対し父親面ができる……それに、貴族と冒険者なら断然貴族がいいに決まっている。
「……わかり、ました……宜しく頼みます。」
そう言って、最後にエッジは父親らしく慣れない敬語を使いながらアシッドに頭を下げた……
――
「それで、ミリアムをイサイラに置いてきたと?」
「ああ、きっとその方がミリアムのためになると思って……」
俺は帰ってきた四人から改めて事情を聞いた。
「やっぱり盲目で旅をするのは大変だろうし、何より奴隷として売っぱらった男と一緒にいるよりも本当の身内に引き取ってもらった方がいいだろう?」
「……」
エッジが同意してほしそう俺に尋ねる。
まあ、確かにこいつの言い分も一理あるかもしれない。
ミリアムはまだ子供だ、リアムの替え玉替わりで年齢を偽って冒険者登録させていたが、本来はまだ冒険者登録なんてできない年齢だ。盲目というのを除いてもあまり旅をさせるのは酷かもしれない。
それに二人の事情も考えれば、そういう考えに至るのも頷ける。
だが……
「それで、ミリアムはなんて言ってたんだ?」
「え?」
「まさかミリアムの意見も聞かずに決めたわけじゃないだろ?」
「も、勿論聞いたさ、そしたらあいつも承諾した、それに貴族に戻れるんだし、その方がいいに決まってるだろ?」
俺の質問に対し何故かエッジは言い訳をするように答えたのがどこか引っかかる。
それにそのグリエルという家は確か……
「プッ、アハハハハハ!」
すると、外から笑い声が聞こえたかと思うと、ノックもせずにアンデスが入ってきた。




