迷える正義②
ティア・マット……アリアは確信を持って呼んだ名前だったが、心のどこかでは否定してほしいと思っていた。
しかし、そんなアリアの思いとは裏腹にティアはあっさりと肯定した。
そして、肯定された以上迷う事はない。
「……やはり、あなただったのですね。闇組織『竜王会』のトップであり、そして二年前、この町の領主ブーゼル伯爵を殺害した犯人は。」
「だったらどうする?」
「あなたを拘束します。」
アリアが腰に付けた聖剣を取り出す、すると聖剣は光り輝きだした。
そしてそれに呼応するかのように、ティアの左腕からは黒いオーラが溢れ出す。
この聖剣はティアと共にウラッグの元に取り入った剣で、その際にティアも魔剣『ヴェノム』を手に入れていた。
恐らく聖剣が光っているのは、現在ティアの左腕になっている魔剣に反応してだろう。
アリアはティアに向かって剣を向ける。しかし、ティアはそんなアリアに対し、動ずることなくただジッとアリアを見つめていた。
「成程……つまり、お前は俺を殺しに来たんだな?」
「……え?」
「俺を捕らえるという事はそう言う事だろう?。」
「違います!私はただ、あなたに罪を償ってほしいだけで――」
「貴族が上に立つこの国で、貴族に手を出した無能が捕まればどうなるかなんてわかっているだろう?」
「それは、あなたが罪を犯したから――」
「そうだな、でもあの時はそうしなければ大切な人達を守れなかった。」
「え?」
そう言うと、ティアは自分の事について語り出した。
無能として生まれた事で親に捨てられ、物心ついた頃には魔石島で奴隷をやっていた事、他の奴隷達を巻き込んで魔石島から脱走した事、そして逃げた先で旅をしている家族助けられた事を。
普段から表情を出さないティアがその家族の話をしている時は少し頬が緩んでいて、どれだけその家族を思っていたのかが分かった。
そして、ブーゼルはそんな家族を襲った……
「……もしあの時、俺が手を出さなかったら俺の大切な人達は滅茶苦茶にされていただろう、だからブーゼルを殺した。」
話を聞いたアリアは言葉が出なかった。アリアが聞いていた話ではティア・マットは強盗目的で屋敷に入り、ブーゼルと兵士を皆殺しにしたという事だった、だが実際は違った。
勿論ティアが嘘をついているという可能性もあるが、先程の住人達の様子を見る限り、恐らくこれが真実なのだろう。
「で、でも、それなら近くの領主や騎士団に助けを求めれば――」
「言ってどうにかしてくれたか?」
「それは……」
自分で言っておいてなんだが恐らく無理だろう。左遷された貴族とはいえ、騎士団や領主が、他の貴族の領地に口を出すなどあり得ない話だ。
「でもまあ、確かにお前達聖騎士団に言えば助けてくれたかもしれないな、実際そう言う話も出ていた。しかし聖騎士団が来るのを待っていたら間に合わなかっただろう。」
「……すみません。」
「フッ別に謝る事じゃない。全員が全員を助けられない事くらいわかっている。だから、助けられる俺が助けた、それだけだ。」
「でも、それならわざわざ竜王会なんて組織を作る必要なんてなかったはずです、それにブリット子爵を殺害することも。」
「どんな事情であれ、無能で元奴隷の俺が貴族を殺せば極刑は免れない。あんな馬鹿の命とって殺されるなんて御免だからな、そして表に出られなくなった以上、行きつく先は裏の世界だ、そこで生き抜くためには力が必要だった。」
「そして作ったのが竜王会……。」
「ちなみに、ブリットを殺したのは俺じゃない。貴族殺しの異名に便乗して俺に罪を擦り付けたどこかの馬鹿だ。まあ悪評が付くのは悪くないから否定はしていないがな。」
そう言うとティアは、「その分馬借りはしっかり返してもらったけどな」っと続けた。
「さて、俺の身の上話を話したところで聞こうか、お前に俺が捕まえられるか?」
「え?」
「俺の行った罪には全てそれなりの理由があった、お前はそれでも俺を悪と断言できるか?」
――⁉
その問いにアリアは言葉を詰まらせる。
『貴族殺し』がティアなら、必ず捕らえると心に決めていた。それは貴族殺しが悪党だと思っていたからだ。
だが今の話を聞いてみると、ティアに悪と呼べるものが見当たらなかった。
罪の内容自体は何も変わっていない、なのに悪と言い切れない。
アリアの中で迷いが生まれる。
アリアがティアと過ごしたのは期間は決して長くはないが、その過ごした時間でアリアはティアの為人をそれなりにわかっていた。
だからこそわかる、彼が自分の話をしたのは同情を誘うため、だがそれは見逃してほしいからではない。こちらの正義を試すためだ。
「お前に俺が殺せるか?」
今、アリアは揺れていた。
ティアがゆっくりとこちらに向かって歩いてくる、一歩ずつ一歩ずつ、猶予を与えるように近づき距離を詰める。その間、アリアは動かなかった。
そして、ティアは手を伸ばせば捕まえられる距離まで近づいてきた。
――決めなくちゃ、私の正義を……
目の前にいるのは犯罪者組織のトップであり、国際指名手配者でもある『貴族殺し』ティア・マット。ブーゼル伯爵、更にはヴェルグの街を管理していたビビアン・レオナルドも殺害している、騎士団としては必ず捕まえなければならない存在だ。
そして、捕らえればティアは処刑される……
……アリアは手を伸ばすことはなかった。
それはティアを見逃したからではない。ただ、答えが出ずどう動けばいいのかわからなかったのだ。
そして、ティアが自分の前を通り過ぎていくのを何もせずに見送った……
……
…………
………………
「……迷いが消えない正義なら!とっとと捨てちまえそんな正義!」
背後から聞こえたまるで心を見透かされたようなティアの言葉に何も返せないまま、アリアは振り向くこともなく、ただ悔しそうにその場に立ち尽くしていた。
幕間終了です。
次回から新章に突入します。
新章の名前が決まってないので