迷える正義①
今、アリアは一人で南部地方にある町、パルマーを訪れていた。
この町は、王都から離れた人口が百人にも満たない小さな町で、以前聖騎士団が不正を摘発した貴族、ブーゼル伯爵が左遷先として領主を務めていたが、亡くなった現在は兄であるアルバートが推薦した爵位を譲った老夫婦が領主代理を務めている。
アリアがこの町を訪れている理由……それは自分の友人である旅商人のティアに会うためだった。
アルバートとの何気ない会話から出てきた友人のティアと、犯罪者組織『竜王会』のトップであるティア・マットが同一人物の可能性があるという話を聞いたアリアは、捜査のメンバーを外された後、本人に直接問いただすために暇を見つけては一人ティアの行方を追っていた。
しかし、この広い国をたった一人で何の宛もなく探し回るのは無謀な行為で、この数ヶ月間、色んな地方へ足を運んでいたが、未だに手がかりも掴めていなかった。
そんな時、同僚であるレーグニックから密かに教えてもらった情報で、最近この町でティア・マットの目撃情報がある事を聞いたアリアは、一人でパルマーを訪れていた。
もしここにティアがいれば同一人物の可能性は高くなるし、いなければいないでいい。寧ろいない可能性の方が高いだろう。
なので、アリアは殆どダメ元のつもりでやってきた。
この町はティア・マットが初めて罪を犯した場所であり、罪状は通り名にも付けられた伯爵貴族ブーゼルの殺害だ。
ティア・マットは強盗目的でブーゼルの屋敷に忍び込み、屋敷の兵士及び領主を皆殺しにした。
野盗が強盗目的で警備の厳重な貴族の屋敷を襲う事は異例で事件は当時、貴族の間でちょっとした話題となっていた。
しかし、この事件には少し不可解なところがいくつかあった。
強盗目的とされているが、聖騎士団の調査によれば何故が金品を奪われた様子がない事。使用人は全員無事だったが、誰も事件について話したがらない事。
そして、街を巡回していた兵士すら全滅しているのにも関わらず、町の人間が誰一人その事件に関して知らないという事だ。
「この事件は他に何かあるのだろうか?」
調査をしたのは聖騎士団なのであまり疑いたくはないが、気になるところではある。
「そう言えば……」
アリアはふと出発前に交わしたレーグニックとの会話を思い出す。
『お前、もしその友人とやらがティアマットと同一人物だったらどうするんだ?』
『それは勿論捕まえます!ティアマットは悪党ですから。』
『そうか、なら悪党じゃなかったらどうするんだ?』
『それならただの友人に戻るだけです。』
『成程な……ケハハ、ならお前がどう判断するか楽しみにしておこう。』
「……あれはどういう意味だったのだろう?」
言葉通りだったら、ティアとティアマットが同一人物ならどうするかという問いかけに聞こえるが、最後の『判断をする』という意味がアリアにはわからなかった。
「とりあえず、調査を開始しましょう。」
アリアは早速住民からティアの目撃情報と事件の聞き込みをしていたのだが、やはり誰も事件を知らないし、ティアも見ていないという事だった。
ただ、調査中に一つ気になることがあった、それは事件の聞き込みをする際の住民たちの態度だ。
どうして調べているのか?何故今頃なのか?皆事件を調べるアリアに対し嫌悪感を隠そうとしなかった。
それはまるでこの事件に触れてほしくないように見えた。
領主の屋敷からは遠く離れているから知らなくてもおかしくはない。しかし何も知らないのならば何故捜査を嫌がるのか?その点がアリアは引っかかっていた。
――やはり、住人は何かを隠している?
しかし何を隠しているのかがわからない。
確かにブーゼルは住民に通常よりも高い税を課していたことは後の調査で分かっていたが、いくら領主を嫌っていたとしても、自分達も罪が問われるかもしれないのに犯人を庇うような事をするだろうか?
少し見方を変える事にしたアリアは、次に住民達にブーゼルについて尋ねてみる事にした。
すると住民達は、先ほどとは違い簡単に口を開いた。
そして知らされるのはブーゼルが行っていた悪政の数々だった。
元々知らされていたよりもはるかに高い税に、兵士からの監視、暴力、冤罪による若い女性の奴隷化、そしてそれは住民だけでなく訪れた人々にも危害が及んだという話だ。
しかしそんな情報は王都には全く入って来ておらず、それどころか、ブーゼルは予定より早く任期を終え王都に戻ってくると言う話もあったくらいだ。
「まさかそんなことになっていたなんて……」
改めて聞いた情報を元にアリアが事件について推理してみる。
住民達はブーゼルの悪政に困っていてティア・マットはそんなブーゼルを殺害した。
屋敷の使用人たちが口を閉ざしてるのはブーゼルの悪政の事実を隠すため。
――つまり、ティア・マットは住民の為にブーゼルを殺した?
そう考えれば辻褄があう、そして先ほどのレーグニックの言葉の意味も分かってくる。
――ティア・マットは悪党……
「……もう少しこの事件を詳しく知る必要があるのかもしれない。」
アリアはそう呟くと、事件の現場であり、今は使われていない領主の屋敷へと向かうことにした。
アリアが屋敷に向かっていると、ふと前の方から言い争いをする女性の声が聞こえてくる。
急いで声の方へ向かうと、そこには怒りで体を震わせる女性と、見覚えのある男の姿があった。
――あれは、ティアさん⁉
「やっと見つけた……兄さんの敵!」
「俺を知ってるという事は、お前はブーゼルのとこにいた奴か?」
「ええ、私はブーゼル様の屋敷で使用人として働いていた、そして貴様に殺された兵士の妹だ!」
そう言うと女性は懐から短剣を取り出しティアに向ける。
「確かに兄は悪いことに加担していたのかもしれない、しかし兄はその事でずっと苦しんでいた、そして二人で話し合って屋敷を出ようと決めてたんだ……それなのにお前が!」
今にもティアに襲い掛かりそうな女性を見て、アリアが慌てて二人の間に入る。
「やめて下さい!」
「誰よあなた⁉」
「聖騎士団の者です、二人に何があったかはわかりませんが、その刃物を納めください。」
「邪魔をするな!これは復讐なんだ!兄さんを殺したあいつへの――」
「復讐は何も生みません!それにこんな事、あなたの兄さんも望んでいないはずです!」
「黙れ黙れ黙れ!知った口をきくな!」
アリアが何とか止めようと説得を試みるが女性の怒りは収まらない、そしてそんな二人を見てティアは他人ごとの様にほくそ笑んだ。
「フッ、当たり前だ、復讐は死んだ奴のためにするんじゃない、生きている奴のためにやるんだ」
「……ティアさん?」
「人は大切な何かを失った時、心に大きな穴が空く。それを何を埋めるかだ、欲で埋めるか、それとも復讐心で埋めるか、それらが生きる原動力になる……そのなかでも復讐と言うのは最も手軽な方法だ。だがその分、成し遂げるとその穴は再び開くことになる。もし既に塞がっているのなら問題ないが、まだ塞がってないなら、再び穴が開くだけだ。お前はもう一度その心の穴を開ける覚悟はできているのか?ないのなら、そのまま俺を恨み続ける事をお薦めする。」
「……うっ、うっ、畜、生……」
女性はティアの言葉に悔しそう体を震わせるが、最後には短剣を落として膝を付き項垂れた。
ティアはそんな女性を置いて前へと歩き始める。
「あっ。」
慌ててアリアもティアの後ろを追う、二人は暫く無言のまま歩き続けた。
そして、領主の屋敷が見えて来るとティアは足を止める。
「……ここに来るのも久しぶりだな。」
――やっぱり……
ここにいるティアがいる事、先ほどの女性とのやり取り、そしてブーゼルの屋敷を見ながら呟いたティアの言葉にアリアの疑念は確信へと変わった。
「お久しぶりですね……ティアさん……いいえ、『貴族殺し』ティア・マット!」
「……ここまで辿り着くのに随分かかったな。いや、寄り道の多いあんたならまだ早い方か。」




