偽物と本物⑥
――い、一体いつの間に……
ライアンが横たわる隣には、いつの間にか道中であったもう一人の商人、ジルがいた。
ジルはアルビンと兄弟で二人で王都に向かっていたという話であったが、当然今の状況ではそれが嘘だという事は分かる。
「その男は強い相手や、不利な状況であればあるほど興奮する。本物の戦闘狂だ。お前みたいな偽物とは訳が違う。」
「な、なんだと⁉」
「それに、残念ながら『戯れの悪魔』なんて集団はもういない。」
「な⁉」
「なにぃ!どういうことだ⁉ジル⁉」
ジルの言葉に、何故かローマットよりに先にアルビンが反応する。
「アニキは知ってるだろ……何せ『戯れの悪魔』はこの前俺達が壊滅させたからな。」
「……は?」
――……壊滅?
「元々俺達『竜王会』がここに来たのは『戯れの悪魔』が目的だったからな。最近お前たちが俺達の縄張りで暴れ回ってるから、潰して来いとボスに言われてな、ブラッディラビットと一緒を率いてやってきたんだが、結局そこの戦闘狂が殆ど一人で壊滅させちまったよ。」
そう言って呆れたように溜息を吐くジルの説明にこの場にいた者全員が絶句した。
――Sランク認定された集団が壊滅?しかも一人で?
信じられない言葉だが、今の話を聞いてアルビンが思い出したように口を開く。
「ああ!『戯れの悪魔』ってあいつらか!なかなか趣味が悪い奴らだったが、確かに強かったぜ。おかげで何度も死ぬかと思った事か。」
そう言いながらアルビンはその時の事を楽しそうに語り始める、どういう相手がいたのか、どこを苦戦したのか、どうやって倒したのかを詳細に語ることで今の話が嘘じゃないことを証明した。
「バ、バカな、じゃあ本当に……」
「まあ、そう言うことだから。じゃあここからは商人らしく商談でもしましょうか?冒険者さん。」
「え?」
突然に話を振られたライアンが呆けた返事をすると、ジルはしゃがみ込み倒れているライアンを見下ろす。
「あんたら、あいつの討伐にやってきたんしたよね?なら、あいつの首にいくら出せます?」
「そ、それは……」
「あいつの実力と経歴から考えると、ギルドなら百万くらいは出すと思うので、そこに上乗せして……三百万ギルにしましょうか?」
「さ、三百万⁉」
「ああ勿論、すぐに用意できないなら借金も可能ですよ?ただ、うちは正規じゃないんで、利子はトイチ……つまり、十日で一割ですけど。」
「と、十日で一割⁉」
「ちなみにもし払えなければ、こちらの仕事を手伝ってもらう事で期限の引き延ばしにも応じますけど、どうします?」
ジルは営業スマイルと言わんばかりの笑みを浮かべ色々条件を提案してくるが、ライアンにはその笑顔が逆に恐ろしく見える。
依頼料は三百万、更に十日以内に払えないと一割の利子が付く、貴族でもないライアン達にそんな大金が払えるはずがない、貯金とギルドマスターが報酬を上乗せしてくれるという話だがそれでも精々半分くらいだろう。それに仮にも彼らは犯罪組織である。
そんな人間に依頼していいものなのか?
かと言って断ることなどできない。自分達だけではローマットは倒すことはできないし、断れば彼らもあっさりと自分達を、見捨てるだろう。
そう考えれば、他に選択肢はなかった。
「……わかった。どんなことしてでも必ず払う。だから、皆んなを助けてくれ。」
「商談成立ですね。じゃあアニキ、とっととそいつを殺ってくれ。」
「ま、待――」
「断る。」
「……はぁ?」
「こんな雑魚、やってもつまらねえからな、殺るならお前がやれ。」
そう言うとアルビンは、再びこの場の空気を壊し、開いた壁から外へと出ていった。
「……」
「……」
その場に何とも言えない静寂が流れる。
「……へ、へへ、へハハハハハ!どうやら俺にもまだチャンスがあるようだな!あの男がいないならお前らなんかに負けねえ。お前ら全員いたぶり尽くして――」
アルビンがいなくなりローマットが息を吹き返したように笑い声をあげる、しかしその直後、凍ったように固まると、口から血を吐き白眼になってその場に崩れ落ちた。
「……こっちだってこの一年、あの戦闘狂と組まされて、何度も死線くぐってきてんだ、お前如きに負けはしねえよ。ただ、俺の方は殺し専門なんで手加減はできないけどね。」
ジルは動かなくなったローマットに近づきそう告げると、死体から一体いつ、どうやって刺したのかわからない血まみれの短剣を取り出した。
そしてその短剣を片手に残りの賊達も淡々と始末していく。
「ねえ、ライアン……」
「……何も言うな……俺達は助かったんだ。今はその事だけを考えよう。」
そして、この事件をきっかけに『晴天の剣』は終わらない借金を理由に、事実上竜王会の傘下となる。
――
「という訳で、討伐ついでに金と兵隊も手に入りました。」
「そうか、ご苦労だったな。」
拠点への帰ってきた二人に対し、ギニスが視線を資料に向けたまま労いの言葉をかける。
ギニスの座る机には大量の資料が置かれていた。
「……ギニスさん随分お疲れですね。」
「ここ最近勢力が拡大しすぎたからな。あいつもあちこち動き回るから俺が代役として。各拠点の状況を把握しなきゃならねえんだ。」
「それは大変ですね……」
「で?その、うちの大将はどこ行ったんだ?」
「ああ、あいつなら今頃は……」
――
「……ここに来るのも久しぶりだな。」
俺はかつてレクター一家と旅した時に訪れた町、パルマ―に一人で来ていた。
ここは俺がこの世界で裏として生きることを決めた、いわば始まりの町とも言えるだろう。
そして今、俺の後ろには聖剣を腰に据えた女が一人、ジッとこちらを睨みつけていた。
「お久しぶりですね……ティアさん……いいえ、『貴族殺し』ティアマット!」




