偽物と本物③
四人は腰を低くしながら村の中を移動する。
村の外には人っ子一人おらず、堂々と歩いてもバレないではと思う程だが、それでも念には念を入れて警戒しながら足を進めた。
そして宿に近づいていくと、中から悲鳴や怒声のような声が漏れ聞こえ、ライアンは顔を顰める。
四人は宿の前に着くと、一度足を止め、窓からそっと中を覗く。
すると中では、賊らしき男達がテーブルについて酒を飲みながら、部屋の中央で剣を持ち向かい合っている村人と思われる男二人に野次を飛ばしていた。
「おらおらどうしたぁ!さっさと殺せぇ!」
「負けた方の娘が今日の俺達の相手だからな、娘を助けたかったら殺せぇ!」
「ヘヘヘ、そうだ!もっと本気で殺し合え!」
どうやら賊達は、余興として村人達を殺し合わせているようだ。
戦っている村人達は、お互い剣を持つ手が震えており、剣を振ることに躊躇いが見える。
恐らく彼らは、剣にも人を殺すことにも慣れていないのであろう。
「あいつら……」
「ライアン、抑えて。」
ライアンがリナに諭され、込み上げてくる怒りを握りつぶすように拳を固く締める。
そして小さく息を吐き何とか冷静さを保つと、改めて周囲の状況を確認する。
ここにいる賊の数が十人、昼間馬車を襲っていたのが五人、見張りに二人いたと考えると聞いていた人数と概ねあっている。
そしてカウンターには賊のリーダーとみられる大柄なクマの様な体格をした男が一人、両腕に裸体姿の若い娘を抱えている。
――どうする?行くか?
見る限り中の賊たちも昼間の賊と同様、大した相手ではないと思える。しかもまだ相手は気づいておらず完全に油断しきっている。
――……無理はするなと言われたが、今の俺なら対処できるはずだ。
何よりこれ以上賊たちの悪行を見てはいられない。
「……よし、こちらから仕掛けよう。」
ライアンがそう決断すると、どうやら仲間も同じ気持ちだった様で全員が強く頷いた。
初めにリナが魔法の詠唱を始めると、彼女の前には槍のように鋭く尖った巨大な氷柱が出来上がる。
リナが使える魔法の中で最も攻撃範囲の狭く威力のある魔法で、対象を絞るにはもってこいの魔法である。
「アイシクルランス!」
そして命令するかのように魔法名を呼びながら手を前に出すと、その巨大な氷柱は窓を突き破り、賊のリーダーらしき男に向かって勢いよく飛んでいった。
「あん⁉」
油断し切っていた男はいきなり飛んできた氷柱に直撃すると、そのままカウンターの後ろへと勢いよく突っ込み、それに合わせて四人が中へと突撃した。
「村人達を解放しろ!」
「な、なんだお前らは⁉」
突然乱入してきた『晴天の剣』に賊達は一瞬動揺を見せるが、そんな中魔法を受け倒れていたリーダーらしき男がゆっくりと起き上がる。
「……おいおい、いきなり攻撃とは随分卑怯な奴らだな。でもそう言うのは嫌いじゃないぜ?ヘヘヘ」
魔法が直撃したにも関わらず、男は傷一つついていない。そしてまるで何事もなかったかのようにこちらにゆっくりと歩いてくる。
男の眼はまるで幻惑魔法でも受けているかのように瞳孔が開いた状態になっており、その眼球をギョロギョロとを動かしながらへらへらと笑っている。
「へへ、ようやく新しい玩具が来たか。」
「……貴様が親玉だな?」
「そうだ、お前らは冒険者だな。ランクは?」
「貴様の質問に答える必要はない。」
「ヘヘ、つまらん奴だ、まあいい。実力は俺が直々に見極めてやろう。」
そう言ってヘラヘラ笑う男に対し全員が武器を構える。
男は防具は一切つけておらず、上半身は裸体を晒している。
にも関わらず、まるで挑発しているかのように両手を広げ隙を見せる。
それに対しダイナが遠慮なく突っ込んでいく。
ダイナは重装備とは思えない素早い動きで懐に入り込むと、男の身体を真っ二つにするつもりで自慢の大斧を勢いよく横に振った。
……しかし、斧は男の身体を傷一つ付けることなく肉体のみで受け止められた。
「な⁉」
焦るダイナを見て男がニヤニヤと笑うと、そのまま拳を振り上げダイナの頭に勢いよく叩き込む。
「ダイナ!」
ダイナは間一髪避けるが、振り下ろされた拳はそのまま爆発したかのように床を粉々にした。
「避けたか、やるじゃねえか、これは楽しめそうだな。」
自らの攻撃を避けられたことに喜ぶ男に対し、何かに気づいたダイナは顔を蒼白していた。
「その胸元にある入れ墨……貴様、まさか『戯れ悪魔』の一味か⁉」
「へえ、その名を知ってるってことは帝国出身か?」
「『戯れの悪魔』?」
ライアンが聞き返すとダイナが頷く。
「ああ、帝国で有名な犯罪者集団だ。金や仕事などではなく、ただ破壊と殺戮を楽しむだけに人を襲う最凶最悪の集団で討伐ランクはSランクとされている……まさか、この国に来てるとは。」
「え、Sランク⁉」
ダイナの説明に四人は動揺を隠せずにいる。
『晴天の剣』のランクはBランク、SとBでは圧倒的な差がある。
「な、何故そんな奴が、こんなところで賊を率いているんだ。」
「さあな、訳あってメンバーを抜けたのか、別の目的があるのかわからんが、碌な理由じゃないだろう。」
ダイナの説明が気に入ったのか、男は上機嫌になりながらその言葉を肯定する。
「その通り、俺の名はローマット、泣く子も殺す『戯れの悪魔』の一人だ。」
「……つまり、『赤い閃光』はこいつ一人にやられたのか?」
動きを見るに賊自体は大したことはない、だがこの男一人が出鱈目な強さを持っている。
となれば、それしか考えられない
――あの道中に出会った商人の男の言う通りだったという事か。
「なんだ?もしかしてこの前来た奴らのお友達か?じゃあ期待できねえか。あいつら弱かったからな。」
「……なに?あいつらはどうした⁉」
「んなもん、男は殺して女は犯した後。売っぱらったに決まってるだろ?」
「確かなかなかいい女たちだったよな?」
「でも、犯しすぎてあまり高くは売れなかったけどな。」
そう言って、賊たちは下品な笑い声をあげる。
「下衆どもめ……」
「へへへ、いい眼だ。俺はよお、強い奴と戦いたいんだ、血脇の踊るような戦いができる奴とよ!そのために単独行動してんだから、てめえらは期待していいのかよぉ!」
ローマットはそう言うと戦っていた村人の一人の顔を鷲掴みにするとそのまま床に叩きつけて息の根を止めた。
「貴様ぁ!」
怒り狂ったライアンが叫ぶ、すると身体からは赤いオーラが溢れ出始めた。




