エルフとモンスターの憂鬱
パラマがランファと初めて会ったのは今から凡そ七十年ほど前、パラマが十歳の時だった。
元々パラマは人間の町で暮らしていたが、父親の死をきっかけに母の故郷であるエルフの里に戻ってきた。
しかし、エルフは里意識が強い者が多く、一度故郷を捨てたパラマの家族に対して嫌悪感を持つ者は少なくなく、パラマは子供達の間で孤立していた。
そんな時、手を差し伸べてくれたのが里の族長の娘だったランファだった。
幼い頃から面倒見がよく、誰にでも優しかったランファは、いつも一人でいるパラマを機にかけ毎日話しかけていた。初めはそっけなかったパラマも徐々に心を開いていき、いつしかパラマはランファとその弟のガイヤと共に過ごすようになった。
族長の娘であるランファと仲良くしていることで、他の子供達もパラマを受け入れ始め、そして、時間の流れによって、村の者達のパラマ親子への風当たりも和らいでいった。
族長の息子として、エルフを率いる戦士になろうと奮闘していたガイヤに対し、人を傷つけるのが苦手なランファは、薬の調合や子供達の世話など、里のために自分のできることをやろうと頑張っていた。
そんなランファをずっと隣で見ていたパラマは、戦士になることを決意した。
心優しいランファが人を傷つけ傷つけられないように、自分が彼女を守るのだと。
……なのに……どうして……
「どうしてあんな風になってしまったのぉぉぉぉぉ!」
パラマは地面に向かって叫んだ。
彼女の顔は今、紅潮しており、その手には空になった酒瓶を持っていた。
『あの、ちょっと飲み過ぎなんじゃ……』
色んな生物と意思疎通ができるミノタウロスの『キング』が彼女を宥めようとするが、パラマは構わず新しい酒瓶を開けては、グラスも使わずに直で飲み始めた。
今、パラマ達は仕事でとある海岸沿いに来ていた。
パラマが率いている部隊は、モンスターとの交渉がメインの部隊で、パラマとキングの他、キングが姉と慕っている木の精霊『ドリアード』と闇オークションで共にした複数のウルフとゴブリン、そして今回に限り武器職人のウラッグもいた。
そんなパラマ達の今回の仕事は、この海域に住むモンスター『サハギン』の勧誘だった。
サハギンは魚の特徴を持ち合わせた人間のようなモンスターで、いわゆる魚人とも呼ばれる種族である。普段は海岸にある入江や海辺に生息しており、時折船や水辺に住む人間を襲ったりしている。
ギルドが定めた討伐ランクはDランクで、一般の冒険者でも十分対処できるモンスターなので特に危険視はされていない。
……しかし、それはあくまで陸地での話だ。
水の中に入れば、人間達はたちまち手も足も出せなくなる。
ただ、人間達はその事をわかっているので水の中に入ることはあまりなく、結局陸地でも動けるサハギン達が、陸地や船に飛び乗って襲ってくる事になる。
そんなサハギンにティアは目を付けた。
サハギンがあまり危険視されていないのは、陸地で対峙するからであって、水へ人を引き込む知識を手身に付ければサハギンは脅威となる。
水の中に潜めるサハギンなら船底への攻撃も可能で、ウラッグに作らせた水中用の武器などを持たせれば船を沈める事も可能だろう。
そうなれば海賊行為も行えるし、更にはモンスターの仕業となれば足跡も付かなくなり、暗殺なども可能となる。危険度もDランクから一気に跳ね上がるだろう。
そう考えたティアはパラマ達をサハギン達の元へと送ったのだった。
そして、パラマ達は早速交渉を試みたのだが、サハギン達はモンスターの中でも上位の存在であるミノタウロスであるキングを見るや、すぐさま降伏し、服従の意を示したのだった。
こうしてサハギン達はあっさりと竜王会の傘下へと入り、パラマ達は近くの海辺でキャンプをしながら交流を深めていたのだが……
「私はね、ランファには平和に過ごしてもらいたかったの!なのに……どうしてあんな風になってしまったのぉぉぉぉぉ!」
酔っぱらったパラマがまた叫んでいた。
ちなみにこの話は、何度も繰り返しており、キングは勿論の事、さっき傘下に入ったばかりのサハギンたちも困惑していた。
「誰じゃ!この酒癖の悪い『馬鹿エルフ』にワシの酒をやったのは!」
サハギンに渡す武器の手入れから戻ってきたウラッグが出来上がったパラマを見て怒る。
以前、お酒を飲んだ事をきっかけに、定期的に二人で飲むようになってのだが、パラマの酒癖の悪さを知ってからは、仕事中は飲ませないようにしていた。
そして、そんなウラッグを見てドリアードが腹を抱えてケラケラと笑っていた。
「全く、この悪戯精霊めが!」
ウラッグがドリアードを叱るが、ドリアードは特に気にすることなくキングの肩に乗って舌を出してウラッグ煽っている。
それを見てウラッグが溜息を吐いた。
「今のランファはきっと心が壊れている……あなたもそう思いませんか?」
「ギギギゲ⁉︎」
いきなり話を振られたサハギンが動揺する、キングが訳して経緯を説明するのだが、説明しても弱肉強食のモンスターの世界ではパラマの感性は理解できないようで。首を傾げている。
「やっぱり、あなたもそう思いますよね?」
『パラマ姐さん、そんな話モンスターにしても分からないですよ?』
「でもあなたを通せば言葉は分かるんでしょ?」
『言葉は分かっても、考えがわからないと思うよ、僕だって何言ってるかわからないし』
「あっそ」
そんなキングの言葉にそっけなく答えると、パラマが新たな酒瓶を取ろうと手を伸ばすが、その酒瓶をウラッグが取り上げる。
「いい加減飲みすぎじゃ、このままではワシの分がなくなってしまうだろう。」
「ウラッグさん、だって、だって……」
膝を抱えて眼に涙を溜めるパラマを見てウラッグが呆れたように溜息を吐くと、パラマの隣に座り酒を飲む。
「私だって、ランファやガイヤの気持ちはわかるんですよ……大切なものを目の前で壊されて、特にガイヤは恋人を……心が壊れないほうがおかしいですもの。でも、やっぱりランファには人を傷つけるような事はしてほしくなかった……こう思うのは我が儘なのでしょうか?」
「……そうじゃな、確かに色々経験したことで変わってしまったことはあるかもしれん、しかし変わっていないところもあるじゃろ?」
「それは……はい……子供が好きなところ、人々の助けとなる薬を作るところ、そこは今でもそこは変わっていません。」
「そして何より、そなた達が友人なのも変わってないはずじゃ。」
「それは……」
「どうじゃ?そんな変わったところばかりに目を向けるのではなく、変わっていないところに目を向けたてみたら」
「ウラッグさん……」
そう言ってウラッグが小さく笑うと、パラマが目を潤ませてウラッグを見つめる。
「今、私の事を馬鹿エルフって言いましたよね?」
「言ったのはさっきじゃな。」
その後、ウラッグは酔いつぶれたパラマを介抱し、寝かした後、改めて酒を飲み始める。
「しかしまあ、変わったのはお前さんたちだけじゃない……」
ウラッグが改めて周りを見る、そこにはダンジョンのモンスターであるミノタウロスに気の精霊ドリアード、そして水辺に住むサハギンが一緒に火を囲んでいる。
「まったく……まさかこのワシがモンスターの為に武器を作る日が来るなんて思ってもみなかったわ。」
だが、それも悪くない。
そう思い始めている自分の変化にウラッグは驚きつつも、受け入れていた。
翌日、酔いから覚めたパラマは、昨日の事を全く覚えておらず、いつものようにクールに振る舞っていた。