孤児とエルフ 裏
※ちょっと胸クソ注意です
ランファは、ふとエルフの里にいた頃の事を思い出していた。
里の族長の娘だったランファは、里では薬師として働きながら子供たちの世話をしていた。
時には怪我や病気の体を癒す治療薬を作り、時には魔物を狩るための毒を作り、そして空いた時間に子供たちに勉学を教えていた。
成長した教え子の中には立派な戦士になった者もいた、弟のガイヤもその一人と言えるだろう。
そんな子供たちの成長を見守りながら過ごす毎日が、ランファにとってかけがえのない日々だった。
だが、そんな毎日があの日、一瞬にして崩壊した。
森に異変を感じ取った族長の命により、エルフの戦士達が調査に出向くと、それを見計らったように、里に武装をした人間達が押し寄せてきた。
当然エルフ達は応戦したが、奇襲と数の暴力によって成すすべもなく捕らえられ、里は瞬く間に制圧された。
そこからの出来事は言葉にするにも悍ましいもので、族長の娘という事で丁重に扱われていたランファは、自分以外の者たちへの仕打ちを目の前で見せられ、ただ絶望するしかなかった。
そして、大方遊びつくした人間達は、捕らえた女子供を馬車に乗せた後、族長を含めた男達をその場で殺害した。
その後、子供と大人で分けられると、ランファは子供達とは引き離され、同じく捕まっていた調査に出ていたガイヤとパラマと共にブリットの元へと連れていかれたのだった。
――
「……ファ」
――……
「ランファ!」
「……え?」
ふと我に返ると、パラマが考えんでいたランファの顔を心配そうに覗いていた。
「……大丈夫?」
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて……それで何の話だっけ?」
ランファがおどけながら尋ねると、パラマが呆れつつ今言った言葉を言い直す。
「ティアからの連絡で『人樹の秘薬』の量産が決まったらしいわ。」
「あら、そう。」
パラマの言葉にランファは淡白な返事をすると、二人揃って傍の地面を見下ろした。
二人が見つめる先には、何人もの人間が首だけが出た状態で土の中に埋められていた。
顔は痩せこけ、骨と皮としかなく、話すことも儘ならない状態で小さく唸っている。
そして、人間達のそのすぐ傍には人の三倍はあると思われる巨大な花が咲いていた。
ラストラフレシア……エルフの森に生息するとされる植物型のモンスターである。
花が出す甘い匂いと、幻覚作用のある胞子に釣られて近づいてきた生物を、地面に隠した蔦で絡み取り、そのまま死ぬまで生命力を奪う、エルフの森で最も危険視されている植物である。
その危険性ゆえに誰も近づかないのだが、一方花からとれる蜜には動物から奪った生命力の残滓が混ざっており、秘薬『エリクサー』の元となっている世界樹のしずくと同じ効果があると言われている。
言葉も話せないので本来なら意思疎通ができないモンスターなのだが、植物の精霊であるドリアードと、誰とでも会話のできるキングにより、竜王会はラストラフレシアから餌と引き換えに、その蜜を譲ってもらえるように交渉していた。
そして、その蜜を使ってランファが調合したのが『人樹の秘薬』である。
「問題ないわ、また新しい素材が手に入ったからストックはいっぱいあるしね。」
ランファはしゃがみながら埋まっている男達に向かって微笑む。
少し前までは丸々と太っていたり、がっしりとした体つきをしていた男達だったが、ラストラフレシアにより生命力を奪われ続けた今では、みんな揃ってやせ細った顔つきになっている。
この男達は近くの町の領主であるダート男爵とその騎士達で、何故こうなったのかというと、事の発端は数日前に遡る。
以前ランファは町で馬車に引かれ、瀕死の少年を見かけた際に、『人樹の秘薬』を与えたことがあった。
今では検証も重ね、問題はない事は判明しているが、当時はまだ検証不十分だったのと、子供には刺激が強すぎる可能性もあると言う事で、定期的に様子を見に行っていた。
そして、その日も同じ理由で訪れたのだが、その日は自分以外にも来客の男がいた。
その男は町の領主であるダート男爵で、どうやらエルフである自分を奴隷にするため捕らえに来たようだった。
ただ、この程度の相手なら、組織の名を出せば簡単に追い返せるのだが、男の言った言葉が引っかかった。
「以前ビーズ子爵にエルフの奴隷を自慢されていたところでな、丁度私もエルフの奴隷が欲しかったところだったんだ。」
――エルフの奴隷?
どうやらこの男の知り合いの持つ奴隷の中にエルフがいるらしい、もしかしたら里のエルフの誰かかもしれない。もし違っていても同胞を奴隷にしておけはいけない。
そう考えたランファはダートに大人しくついて行った後、人気のないところで仲間を呼び、男爵共々その場にいた人間を生け捕りにした。
……そして、現在に至る。
ラストラフレシアに生命力を奪われる間は、思考が単調になり、質問された事に反射的に答えることが実験によりわかっているのでこういった尋問にも使える。
ただ、男爵たちは生命力を奪われすぎて、今では言葉を話すことすらできなくなっている。
「ふふ、しかし、こうなってしまえば下衆な人間も子供みたいで可愛いわね。」
ランファは骨のような姿になったダートの頭を撫でる
その光景を見てパラマは顔を顰めるも何も言わない。
あの日、里の惨劇を目のあたりにしていたランファを考えれば人間に憎悪を抱くのは当たり前だ。
里に恋人がいたガイヤも同じだろう。一方、ランファ達も森の狩人として何度か人間と交流のあったパラマが自分達ほど人間を憎んでいない事も理解している。
お互いが思いあってるからこそ分かり合えない関係であった。
「さて、じゃあそろそろ私も出かけるわ。」
「行くって、孤児院に?」
「ええ、そろそろ顔を出さないと、あの子達も心配しているでしょうし。」
というのは口実で、ただ単にランファが子供達と遊びたいだけでもある。
パラマもその事を察しているが、敢えて口にはしない。
「安心して、ビーズ子爵の所に行くときは、ちゃんと二人にも声をかけるから。」
「ええ……わかったわ。」
そう言うとランファは、骨と皮の死体だらけの道を足取りを軽くしながら進み、孤児院へと向かった。
「ランファ……あなたは……」
パラマは喉元まで出かかった言葉を飲み込むと、その場を後にした。