孤児とエルフ 表
南部地方にある小さな町の外れには、ポツンと佇むように建てられた孤児院があった。
そこには魔物や盗賊に襲われ両親を失った子や、様々な理由で捨てられた子供達が引き取られ、数人の大人達と共に暮らしていた。
そんな子供の一人である少年、ロティは朝からそわそわしていた。
何故なら今日は、ロティの憧れの女性が孤児院に訪れる日だからだ。
女性の名前はランファと言って、お淑やかな雰囲気を纏った美しい女性で、そして特徴的な尖った耳をしたエルフと言う種族だっだ。
彼女との出会いは今から半年ほど前、町の子供達と遊んでいたロティは人通りの多い町中を猛スピードで走ってきた貴族の馬車に跳ねられ、生死をさ迷っていた。
こんな小さな町に上級治癒術やポーションを持つ人間はおらず、その場の誰もが助からないと諦めていた。そんな中、現れたのがランファだった。
たまたま町にやってきたという彼女は瀕死のロティに何かを飲ませると、ロティの傷はみるみると塞がっていき、一命をとりとめることができたのだった。
そしてこれを機にランファは定期的に、ロティの容態の確認の為にこの孤児院に訪れるようになっていた。
話によれば彼女は仕事の関係上、孤児を引き取ることが多いらしく、他にもいくつもの孤児院をよく訪ねているそうだ。
――孤児を引き取るってことはやっぱり医者とかかな?
自分を治した経緯からそう考えたロティは、自分を救ってくれた女性に強い憧れと興味を持ち、次に会うときは感謝の言葉と一緒に彼女の事を色々聞いてみようと会うのを楽しみにしていたのだった。
そして昼下がりになると、彼女はやって来た。
「これ、少ないですが、孤児院の修繕などに是非役立ててください。」
「こんなにですか⁉ありがとうございます。」
院長がお金の入った袋を受け取ると、その額に目を細めてぺこぺこと頭を下げる。
「孤児院の様子はどうですか?」
「そうですね、以前はもう少し落ち着いていたのですが最近はランファさんが来ると皆はしゃいじゃって……。」
「フフ、それは嬉しい報告ですね。」
ランファが院長達と他愛もない話をした後、次に診察のために子供達の元へと向かう。
「やったーランファ先生が来たー」
「ランファ先生ー今日もお話しして―」
「ふふ、いいですよ。」
ランファの前に群がる子供達、本当は自分の身体を見るために来ているのにと、ロティは少し嫉妬心を燃やすが、お年頃な少年はそんな言葉を口に出せず、離れたところから眺めていた。
そんなロティに気づいたランファはニコリと微笑むと、自ら歩み寄ってきた。
「ロティくん、身体の調子はどう?おかしなところとかはない?」
「え?あ、うん、もう大丈夫……」
ランファがロティの手に触れながら問診を始めると、ロティは紅潮した顔を逸らしながら答える。
「そう、良かったわ……身体も問題なさそうだし、また何か異変があったら言ってね?」
「あ……」
それだけ告げると彼女は他の子供達の元へと戻っていく。
ロティは感謝の言葉すら伝えられなかったことに落ち込みつつ、子供たちと戯れるランファを眺めていた。
――次はいつ来るのだろう?
次の日こそはと決意し、ランファと会えるのを待ち遠しくしていたが、次に彼女がやってきたその日は最悪の事態となった。
彼女の噂を聞きつけて、この町の領主であるダート男爵が、複数の兵士を連れて孤児院へとやってきたのだった。
「貴様が、最近この孤児院に来ているというエルフか?」
「そうですが、何か御用でしょうか?」
「ほう……前見た時も思ったが、やはりエルフと言うのは美しいな。」
「……前に見た?」
その言葉にランファは反応する。
男爵はランファの身体を舐め回すように見るとニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「ああ、以前ビーズ子爵にエルフの奴隷を自慢されていたところでな、丁度私もエルフの奴隷が欲しかったところだったんだ。」
「……」
「そこに運よく、なにやら怪しいエルフがいると聞いてな、この町の領主として捕らえに来たのだ。」
そう言うと兵士たちが一斉にランファを取り囲むとランファもすぐさま魔法を唱えようと構える。
「おっと余計な真似はするなよ、子供達が怪我したくなければな……」
気が付けば、子供の一人が兵士に捕まり喉元に剣を突き付けられていた。
それを見たランファは観念するように手をあげた。
「……わかりました……行きましょう。」
「フヒヒヒ、これでワシもエルフの奴隷を手に入れたぞ!」
兵士の一人がランファの腕を拘束する。
「い、行っちゃ駄目だ!」
「大丈夫よ、ちょっとお話してくるだけだから。」
ロティは勇気を振り絞って叫んだが、その声空しくランファはいつものようににっこりと微笑むと、領主と共に孤児院から去っていった。
それからの孤児院は、まるで世界が終わりを迎えたかのように暗い雰囲気に包まれていた。
子供達はランファの身を案じて泣き続け、何もできなかった院長たちも、大丈夫と子供たちをあやしつつ、涙を流していた。
――僕のせいだ……
そしてロティも後悔の念に駆られていた。
ランファは自分の体調を見るためにこの孤児院にやってきていた。
そう考えれば自分のせいで見つかったと言ってもおかしくはない。
何度か助けに行こうと考えたが、行動に移す勇気はなく、ただ塞ぎこむしかできなかった。
……しかしその数日後、なんとランファは何事もなかったかのようにまた孤児院に現れたのだった。
「ランファさん!」
「ランファお姉ちゃん!」
「ご心配おかけしました、ですがもう大丈夫です。」
そう言っていつものように笑うランファを見て子供たちは嬉しそうにはしゃいでいた、だが大人や一部の子供達は素直に喜べなかった。
あの状況で何もなかったとは思えない、そもそもどうやって戻って来れたのか?色々疑念はあった。
だが、彼女自身がそれを隠している以上、何もできなかった自分達に追及する資格はなく、気づかない振りをするしかなかった。
「ランファさん、ごめん、俺のせいで……」
「どうしてロティ君のせいになるのかしら?」
「だって、ランファさんは俺の体調を見るために孤児院に来ていたから……」
「ああ、そう考えるとそうなるのね、でもこの通り、私は大丈夫よ……寧ろ感謝しているくらいだわ。」
「え?」
「なんでもないわ。さあ、あなたも遊びましょう。」
ランファは最後に何かポツリと呟いたが、ロティは上手く聞き取れなかった。
そしてまた、何事もなかったようにいつもの日常に戻っていくのであった。