闘技場の覇者①
ベンゼルダ王国南部地方の街『ズーグタウン』
王国の中でも田舎と称される南部地方の地方都市として知られるこの街は、かつて帝国との戦争で多大な戦果を挙げたカーフマン子爵が治めており、街の中央にはそんなカーフマンが娯楽施設として建てた闘技場があった。
闘技場では毎日生死の問わない試合が行われており、身分、年齢、種族関係なく誰でも参加できて、勝利すれば試合に応じた賞金がもらえるようになっている。
飛び入り参加も可能だが基本はランキング制で、上位になればなるほど、賞金の金額も上がっていくので腕っぷしに自信がある者が一獲千金を狙ったり、富豪商人や貴族が戦える奴隷を買い、剣闘士として出場させたりしている。
また、出場者の勝敗を賭けにした賭博も行っているので、出場しない観客達も参加することもできる。
お陰で田舎にあるにも関わらず、この街には国中から腕の立つ者や、観戦目当てに観光客が集まってくるので、闘技場はこの街の名物となっていた。
そして、そんな闘技場は今日も一人の男が登場すると、割れんばかりの歓声が沸き起こる。
「今日も頼むぜウッドルフー!」
「今日で九十八連勝だぜー!」
「このまま百連勝を決めてくれよー!」
全ての歓声を独り占めにする男の名はウッドルフ、現在九十七連勝中のランキング一位の男である。
半年程前、出場し始めたこの男は、武器も防具も付けず身体強化の魔法で強化した肉体のみで戦う肉弾戦でこの闘技場に挑み、並みいる敵を拳一つで破壊してきた。
そんな出鱈目な実力と戦い方もあって、人気者となったウッドルフは、瞬く間にこの闘技場の最強の覇者として君臨した。
そして、今日も危なげなく挑戦者を叩き潰すと、ウッドルフは観客の声援に応えるように返り血で塗れた拳を天へと掲げた。
――
「ふう……全くチョロいもんだぜ。」
試合が終わり、ウッドルフは自分の部屋に戻ると、部屋に置かれた巨大なソファーに腰を下ろし、テーブルに置かれたグラスにワインを注ぐ。
手に持つワインは町で手に入る最高級であり、座るソファーは貴族御用達の店から買った代物だ。
現在ランキング一位であり九十八連勝中のウッドルフは、領主から賞金の上乗せをされており、その金額は小さな町の領主の一年の収益に匹敵する。
身分は平民ながら貴族顔負けの暮らしをするウッドルフだが、このような生活はほんの少し前までは考えられなかった事だ。
半年前のウッドルフは路地裏をさまよっていた。
元は冒険者だったが、素行の悪さを理由にこの街で仲間たちからパーティーから追放された。
ソロで活動できるほどの実力はなく、また闘技場に出るような勇気もなかったウッドルフは、パーティーを抜けた後、街の裏路地に潜み、迷い込んだ人間から金目の物を脅し取る日々を過ごしていた。
そんなウッドルフの人生を変えたのは一人の東洋の男だった。
「随分しけた顔してはりますなあ、どうです?ちょっとええ話があるんやけど――」
長い耳たぶを持った小太りの男は、ニタニタと笑みを浮かべながら変わった口調でウッドルフに声をかけると、謎の液体の入った瓶を渡した。
「これは能力増加薬でな、飲んだ人はたちまちスキルや魔法の力が何倍にも膨れ上がる代物なんやが、どうや?いっぺん使ってみいひんか?」
何とも胡散臭い話ではあったが、特にやることもなかったウッドルフは試しに飲んでみると、その効果は絶大だった。
飲んだ瞬間に体中のマナが活性化していることが手に取るようにわかり、自分が唯一使える魔法『身体強化』の効果が何倍にも跳ね上がった。
勿論、それ相応のリスクもあり、効果は一日僅か三〇分で、効果が切れると暫くの間は無能になると言うものだったが、闘技場のみの戦いに絞ればそのリスクは些細なことだった。
「これなら俺も闘技場で勝てるぞ!」
そう思ったウッドルフは早速闘技場の戦いに出場すると、この薬の力により最強の称号を手に入れたのだった。
「全く、薬様様だな。」
ウッドルフが空になった薬の瓶を眺める。
この薬がなければウッドルフはただのごろつきだが、これがあれば最強の男である。
しかし、この薬とてタダではない。
――コンコン
「チッ、もう来やがったか」
勝利の余韻に浸りながら酒を飲んでいると、部屋の扉を叩く音が聞こえウッドルフは軽く舌打ちする。
渋々入室許可を出すと、入ってきたのはウッドルフが予想していた通り、自分に薬を提供してきた東洋の男、恵比寿と言う名の商人だった。
「毎度、儲かりまっかー?」
「お前が大方持っていくからボチボチだよ。」
へらへら笑う恵比寿に対し、ウッドルフは不機嫌を隠そうともせず返事をする。
ウッドルフがこの薬を渡す条件として提示されたのは、闘技場で戦い続ける事と、賞金の何割かをこの男に渡すことだった。
そして、これに合わせて薬代も別に渡しているので、かなりの額をこの男に摂取されていることになる。
ただ、それでも十分な額は手元に残っている。
「なあ、もう少し安くならねえか?あんたも俺に賭けて稼いでるんだろ?」
「まあ、確かにあんさんのお陰で初めはようさん儲けさせて貰っとったけど、最近はあんさんが勝ちすぎて余り賭けになってないんやわぁ。だから一度でも負けてくれるなら値段も負けるでー?」
そんな冗談を言って笑う男にウッドルフは舌打ちしながら金を払う。
現在無敗記録更新中のウッドルフにとって敗北などあってはならない事だった。
「毎度おおきに、ほなまた宜しゅう頼んますう」
そう言って恵比寿はニコニコしながら部屋を出ていった。
「クソ、あのクソ東洋人め!。」
ウッドルフは恵比寿が帰ったのを確認して、酒を飲み直す。
「だが、それももう直ぐで終わりだ。」
ウッドルフは一〇〇連勝を節目にとある計画を立てていた、それは薬を大量に買い付けた後、恵比寿を殺して薬を奪うと言うものだ。
ウッドルフは一〇〇連勝を達成した暁に領主のカーフマンから褒美として一つなんでも望みを叶えてやると言う話をもらっており、ウッドルフはその褒美にとある貴族を紹介してもらおうと考えていた。
その目的は貴族との繋がりを持つため……ではなく、貴族たちが開いている闇オークションへ招待してもらう事で、ウッドルフはその闇オークションで薬を売るつもりだった。
ウッドルフは商売には疎いが、この薬の価値がとんでもないものだとはわかる。
これほどの薬なら、闇オークションに出せば邪な貴族たちが、破格の値段で買ってくれるだろう。
本当なら百連勝の褒美で闇オークションに参加できればよかったのだが、あらかじめ調べておいた情報によるとカーフマンは誠実な貴族なため、そのようなオークションには関わってない可能性が高く、そんな提案を持ち掛ければ捕まってしまうという事だった。
なので少し回りくどいが、黒い噂のある貴族を紹介してもらい、闇オークションに参加することを考えていた。
薬の半分はオークションで売り、残りの半分は自分で持つ。
ただ、恵比寿を殺せばこれ以上手に入らなくなるのが少し勿体なくもあるが、今ある分だけでも売れば十分遊んで暮らせる金は手に入るだろう。
ウッドルフはその計画を実行するため、九十九連勝を達成した日、やってきた恵比寿から薬を大量に買い付けた後、その場で恵比寿を殺害した。