極道の女達
――ど、どうしてこんな事……
マリスは目の前の状況に唯々困惑していた。
今、マリスがいるのは元ブリッツ領であるラスタの町の屋敷で、そこの中庭に作られたガセホのテーブルの席についている。
……ただ、一人でではない。
そのテーブルには自分の他、竜王会の女性達が勢ぞろいしていた。
最近加入したアンデスに、改めて盃を交わしたリネット。
ティアの右腕とされているメーテルとその妹リアム。
そして女性エルフのパラマとランファに、盲目の少女ミリアムの七人である。
何故こういう状況になったのか、事の発端は一週間前まで遡る。
ティアの世界の習わしである盃を交わし、正式に竜王会に加入したアンデスからマリスの下にお茶会の招待状が届いた。
親睦を深めたいという理由で誘われたお茶会だが、元々アンデスとは学園の先輩後輩の関係ではあるが、あまり関りがなかったマリスは、その誘いに乗り気じゃなかった。
しかし、今はあまり家にいたくなかったマリスは承諾した。
と言うのも現在カルタス家の屋敷には、一年後に離婚することを条件に契約結婚したビートがいる。
あくまで契約の結婚で、互いの利のために結婚したのだが、何故かビートはマリスが家にいる時、四六時中隣にいるようになった。
食事の時は勿論、仕事も同じ部屋でそれぞれ別々の仕事をしている。契約時に互いの仕事には関わらないと言っていたのだが「同じ部屋で別々の仕事をするのは構わないだろ?」と言う屁理屈ともとれる言い分により渋々許可をだした。
実際約束通り仕事に関しては特に何も言って来ないが、時折ジッと見つめてくる彼の視線に気が休まらず、屋敷にいるのが窮屈になってきたマリスは、この状況から逃げる形で招待に応じる事にした。
ただ、そのお茶会の席には自分だけでなく、竜王会の女性メンバーも呼ばれていたのだった。
「こうやって女性だけで集まるのは初めてかしら?」
「フフ、そうですね。この組織は女性よりも男性の方が多いですから、たまにはこうして女性だけで集まるのもいいですね。」
集まった女性陣は他愛もない話をしているのが、マリスにはそれが逆に不気味に思える。
傍から見れば美女と呼ばれる者達がテーブルを囲み、優雅にお茶をしているようだが、どういう人物かを知っているマリスにとってはとても楽しくお茶などできる状態ではなかった。
この綺麗な黒髪と龍の鱗を持つ美しき女性メーテルは、組織でも最強格の人物であり、龍殺しの異名を持つノーマ家の名を持ちながら、同じノーマの名を持つ者を襲っており、既に三人が犠牲になっている。
そしてその妹リアムとは昔パーティーで出会ったことがあったが、彼女は家からも期待された存在で、非常に礼儀正しく、この組織に入るような性格ではなかったはずだ。
そんな彼女がここにいる事に闇を感じる。
リネットは侯爵家であったブルーム家の家柄らしいが、組織に加入した際は『影無き蛇』と言う盗賊ギルドに入っていた。そしてティアと共に学園から帰ってきてから様子が変わったように思える。
薬師のランファは、口調も朗らかで一見優しそうな女性に見える。
しかし、今竜王会が裏で流している薬のことを考えれば彼女もやはり普通じゃないのはわかる。
そしてもう一人のエルフであるパラマは、現在キングと呼ばれるネームドのモンスターとドリアード共に森の中で野生のモンスターの交渉や連絡役として動いており、彼女の指揮の下モンスターに襲われ滅ぼされた村があったとも聞く。
そんな色の濃いメンバーに囲まれた、普通の貴族であるマリスは気が気でなかった。
冒険者として活動しているミリアムの存在が唯一の救いと言えるだろう。
――落ち着きなさい、別に戦う訳じゃないんだから。
マリスはそう自分に言い聞かすと、心境を悟られぬように優雅にティーカップを持ち口をつけながら適当に相槌を打ち、話に加わる。
そして暫く雑談をして皆が少し打ち解け始めたところで、ふとアンデスが尋ねる。
「ところで、皆さんに一つ聞きたいのですが……この中でティアさんと恋仲の方はいるのでしょうか?」
「え⁉」
アンデスの問いに、マリスが一人大げさに反応を見せる。
「私はそう言う関係ではないわね。盃を交わしたのも先日だし。」
「私もですね、出会ったのは早かったけど、この組織に来てからはまだ浅いですし。」
初めにアンデスの隣に座っていたリネットが、そしてその隣のリアムが続いて答える。
「なるほど、では付き合いの長さで言うならお三方はどうですか?」
アンデスが結成時のメンバーである、メーテル、パラマ、ランファに尋ねる。
「さて、どうでしょうね?」
メーテルがそう言って微笑みながらはぐらかす。
「そうねえ……私は基本仕事以外では話さないし、どちらかと言うとパラマの方がよく話すわよね?」
「え?……えぇそうね、でも私はまだ盃も交わしていないし。」
「交わさないの?」
「……まだ考え中。」
そう言うとパラマはそのまま黙って考え込み始める。
「と、そうなると一番ティアさんと関わりがあるのはマリスさんになるのかしら?」
「え?」
ランファに突然振られたマリスが声を出す。
確かに言われてみれば、自分はティアと関りが多い気がする。
付き合いもこのメンバーの中で一番長いし、仕事の依頼は勿論の事、時折相談にも乗ってもらったりもしている。
――私のティアの関係って……
「まあでも、マリス先輩は結婚してますよね?」
「え?あ、でも、あれはあくまで契約だから!」
「あの関係を契約で終われたらの話ですけどね。」
そう言って、アンデスが悪戯っぽく笑う、恐らくだが彼女は自分の能力でビートとのやり取りを覗いていたのだろう。
――この子、性格悪いわね
「と言うことは、今のところあの人ににそう言う人はいないと言うことね。なら私にもチャンスはあるのかしら?」
「そうね、まだ全員にチャンスはあるんじゃない?」
アンデスの言葉にリネットが興味なさそうに答える。
しかしその言葉をマリスは自然と否定した。
「でも、ティアはそういう人間は作らないと思うわ……」
「あらどうしてですか?」
「……なんとなく、かな。」
マリスは一度だけティアに女性関係の事を聞いたことがあったが、あまり興味を持っているようには思えなかった。と言うより他に心に決めた人がいる、もしくは何かに縛られている、そんな風に感じていた。
マリスはその時の事を思い出しながら紅茶の入ったカップに口をつける。
「ふーん、では少し質問を変えましょう。この中でティアさんに抱かれた人はいますか?」
「ブフゥー!」
その質問に、マリスは紅茶を吹き出す。
「ちょっと、はしたないですよ?」
「はしたないのはあなたよ!何てこと聞くのよ!ミリアムもいるのに――」
「あら、おかしいですか?ミリアムちゃんは歳いくつだっけ?」
「え?わ、私は十歳……です。」
不意にアンデスに尋ねられたミリアムが、たどたどしく答える。
「ほら、十歳ですよ?貴族なら、婚約者ができていてもおかしくはない年だし問題ないでしょ?」
「でも、まだこの子は子供よ、それにこの子は貴族じゃないじゃない。」
「ん?……ああ、そうでしたね、今は私と同じ奴隷でしたものね?」
そう言ってアンデスはクスクスと笑う。
その棘のあるいい方にマリスは少しムッとする。
しかしアンデスは気にせず話を続ける。
「それで?皆さんどうなんですか?」
「私はないわ。あの人に興味はないし。」
「私も。」
今回も初めにリネットと、リアムが否定し。その隣のメーテルに注目が行く。
「フフフ、さて?どうでしょう?」
そしてまたもやはぐらかす、彼女ならあり得なくはないが実際のところはわからない。
「先ほども言った通り私達もそういった関係ではないわね。」
「ええ……ですが、そういう関係になるのも悪くないかもしれませんね?」
「え?それってどういう事?」
先程と同じ流れかと思いきや、ランファのまさかの答えにパラマが驚きを見せると、そのままランファ問い詰め始める。
そんな二人を置いて今度は自分に注目が集まる。
――さて、どう答えましょう。
否定するのが正解か、肯定するのが正解か、はたまた沈黙するのが正解か。
――……とりあえず、メーテルの様にはぐらかしましょう。
「さ、さあどうかしら?私は――」
「ああ、そういうのはいいです、大体察しはついてるので。」
「え?」
「まあ、隠せてはいないよね……」
「……うん」
「別に、恥ずかしがるような事でもないでしょう。」
「え?え?」
「アハハハハ!先輩ってわかりやすいですよね。」
そう言って声を出して盛大に笑うアンデスと皆の反応に、本当に知られていることに気づいたマリスは顔を赤くしながら睨みつける。
「アハハハハ、素晴らしい反応ですね⁉婚約者の件と言い、こんなに面白い方だと知っていたなら、学生時代もっと交流してたのに。」
――わ、私、やっぱりこの子嫌いだわ!
こうして、アンデスに面白い女と認定されたマリスは、お茶会の間じっと揶揄われていた。