敵のエルフ
ティアが学園での活動を終えてアジトへと戻った頃、同じくメイドとして同行していたリネットもアジトで仲間達と合流していた。
「それで、バルタという男には会えたのですか?」
「ええ、少しだけど話も聞くことができたわ。」
話しているのは、リネットともに竜王会入った『影無き蛇』の団員だったイングリスとウォッカ。
彼ら二人はリネットの育ての親であった盗賊ギルド『影無き蛇』の団長の部下であり、リネットが影無き蛇にいた頃から彼女の世話役と護衛をしていた。
そしてそれは組織が変わった今でも変わらないままである。
「そうですか、それで何かわかったのですか?」
イングリスの問いにリネットは暫く黙り込む。
「……耳の短いエルフ。」
「……はい?」
そうポツリとそう呟くと、リネットは詳細を語りだした。
――
ティアが学園に編入し、授業を受けている間、リネットは早速情報収集を行いながら、この学園で講師をしているというバルタを探していた。
バルタは学園の教員になる以前は、リネットの実家であるブルーム家で家庭教師をしていた。
リネット自身は会ったことないが、マリスから聞いた情報によればバルタは温厚な老紳士という事だ。
リネットは教師として潜り込んでいる『イービルアイ』のソルナンテからもらった情報をもとに、バルタを見つけると、一人の時を見計らって接触した。
バルタは聞いていた通りの男で、学生でなくただのメイドであるリネットが話しかけても嫌な顔せず、マリスの名前を出すと懐かしそうに頬を緩ませリネットを歓迎した。
「マリスさんですか、彼女は優秀な生徒でしたが今は領主をしているのでしたね?お元気ですか?」。
「ええ、まあ……」
実際のところ、マリスとはあまり関りがないのでリネットは適当に相打ちを打つ。
「それで、私に何の御用でしょうか?」
「はい、実は私の家の事を聞きたくて。」
「はて、家の事?」
「私の名は、リネット・ブルームです。」
「なんと⁉まさかブルーム家に生き残りの方がいたのですか?」
その名を告げるとバルタは素直に驚きを見せる。
知らないのも無理はない、リネットは物心ついた時には侯爵家にはいなかったからだ。
リネットの持つスキル『スティール』は自分の体の一部の存在感を消すと言う能力で、昔から盗みなどに使われていた。
しかしそんな力は侯爵家に相応しくないと、当時侯爵家の当主であった父にスキルが判明した五歳の時に侯爵家の隣領の町にある路地裏に捨てられたのた。
そして、しばらく路地裏で過ごした後、逆にそのスキルに興味を持った影無き蛇の団長だった男に拾われたのだった。
「はい、それで教えてほしいのです。ブルーム家没落の原因となった王妃殺害の事件と、それに関わっていたとされるエルフの事を。」
リネットが、バルタに詰め寄り尋ねる。しかしバルタは動じることなく、話すかどうかを少し考え込む。
「……君は今カルタスの家でメイドをしているのだったね?」
「え?あ、はい。」
一応そうなっているので頷く。
「そうか、ならもう家の事は忘れなさい。せっかく助かったのだ、君はもうこれ以上関わらない方がいい。」
「な、何故ですか⁉」
「あの事件は終わったのです、それにそのエルフと言うのは君一人で……いや、例え君に協力者がいようとどうにかできる相手ではないのです。」
「……それは、そのエルフがそれほどまでの相手ということですか?」
その問いかけに、バルタは沈黙で肯定する。
自分にどの様な協力者がいるのかと聞かず答えるということはつまり、どんな相手でも勝てる相手ではないということ、それだけ向こうは強大と言うことになる。
――それでも……
「どうしても私は知りたいんです!私の家族の事件の事を!そして事件に関わったエルフについて!」
リネットが必死に食い下がると、バルタは諦めた様に一度ため息を吐いたあと、ボソッと呟いた。
「……耳の短いエルフ」
「……え?」
「エルフに関して私から言えるのはそれだけです、事件についてはやはりお教えできません。自分で調べてください。ですが、私はこれ以上は詮索しない事を望みます。」
そしてそれ以上、バルタは話すことはなかった。
――
「耳の短いエルフ……ですか。」
「それにその男の話ではどうやら、王妃殺害の方にも裏がありそうですね。」
「あなた達は聞いたことはないの?耳の短いエルフについて。」
話を聞いたイングリスはそのワードについて思い当たる節があるか記憶を辿るが、やはりそんな単語は聞いたことがなかった。
「はい、殺し屋や暗殺者にもそのような者の話は聞いたことありません。」
「しかし、そのバルタの話を聞く限り、そのエルフは相応の力を持っているという事になりますね。」
「もしくはそれだけの権力があるか……」
あの警備の厳重な王宮で王妃殺しをやってのけたのだ、そのエルフにそれだけの実力があることは分かっている。だが問題はそのエルフが何者かだ。個人で動いているのか、それとも組織の一人なのか……
幸いなことに竜王会は『イービルアイ』の他、アンデスが仲間に加わったことで幅広い情報網が確立されつつある。
このままここにいればエルフの事も分かるかもしれない。
ただその前に、リネットはあることを決意する。
「私は……ティアの盃を受けようと思う。」
「は?」
「何ですと⁉」
リネットの言葉に二人が揃って声をあげる。
「幸か不幸か、そのエルフに最も近いのは竜王会かもしれないわ。なら、ここにいれば自然と会えるかもしれない。ただ、もし対峙する時、協力を申し出るには今の立場じゃ弱すぎる。」
「ですか、あの男は危険すぎます!」
「そうです、忠誠など誓えば何をやらされるかわかったものじゃありません!そんな事せずとも、あの男を上手く利用すれば十分――」
「ティア・マットはそんなことができるような、相手じゃないって二人も分かってるでしょ?」
リネットの言葉に二人は黙り込む。
初めは無能の男が、言葉巧みに有能な仲間を操りその力に胡坐をかいているだけだと思っていた。
だがここまで過ごした時間でそれは違っていたと気づく。
彼自身の実力は勿論の事、振る舞いや決断力、そしてあのカリスマ性があってこそ、この怪物たちを操れているのだと。
自分では到底あの男にはかなわないだろう。
「で、では、盃だけ受けて、用が済んだら頃合いをに計らって組織を抜けましょう。盃というのは幸い奴隷の様な制約はないみたいですから、あの男なら追ってくることもないでしょう。」
「いいえ、生半端な考えじゃ盃は受けてもらえないでしょう。やるならあの男に全てを捧げるつもりで動かないと。」
「しかし――」
「ねえ、二人とも……私は何としても団長の敵を討ちたいの。私を実の娘の様に育ててこのスキルの使い方を育ててくれた父の敵を。」
「お嬢……」
リネットの育ての親である団長は任務中に殺された。
そしてその殺した相手こそ、王妃殺害を実行したエルフと言う事が調べた情報によりわかっていた。
団長はブルーム家が王妃殺害を企てた証拠を家から盗み出したらしく、それが決め手となってブルーム家一族は処刑された。その事で関係者から恨みを買っていたのかもしれない。
ただ実際のところ家の罪の事なんてどうでもよかった、本当に知りたいのはブルーム家と関りがあったエルフの方だけだ。
だからこそ、マリスに嘘をついてまでバルタを紹介してもらい、自分を捨てたブルーム家の名を名乗って情報を聞き出した。
――団長の復讐ができるなら、私は邪竜にだって魂を売ってやるわ。
リネットがそう決意した後日、アンデスと共にリネット達の盃が正式に交わされた。。