王子達の後日談
卒業パーテイーでアンデスを告発した日から一ヶ月、学園を卒業したマルクトは自室で一人黙々と執務をこなしていた。
自分が座る机には大量の周辺地域の調査資料と貴族達からの陳情書が積まれており、マルクト休むことなく目を通す。
「よっ、やってるか。」
するとノックもなしに突然部屋の扉が開いたかと思うと、鎧を着こんだ男が一人、部屋の中に入ってきた。
「……って、本当にやってるのかよ、全く……仕事熱心だな、卒業したばかりだというのに。」
「そういうお前はサボりか?ロミオ。」
マルクトが騎士見習いの格好をしたロミオを見て尋ねる。
「おう、お前に呼ばれたって、言って抜けてきたから口裏合わせよろしくな。」
ロミオが戯けながら言うが、マルクトはそれが嘘だという事に気づいている。
ロミオという男は普段はふざけた態度をとったりするが、仕事や鍛錬などに関しては真面目にする男だ。
ここに来たのも恐らくサボりという建前で、本当は最近部屋に籠りっきりの自分を心配しての事だろう。
「しかし、凄い量だな、これ全部お前の仕事なのか?」
「ああ、父に言って回してもらったんだ、あの件で迷惑をかける事になったから謝罪を兼ねてね。」
卒業パーテイーの日、マルクトは自分の婚約者候補だったアンデスの罪を貴族たちの前で大々的に告発した。
アンデス自身もその罪を認めマルクトとアンデスの婚約の話は勿論の事、マルクトの父である国王が長年望んでいたノイマンとの繋がりも断たれることとなった。
国の事を考えれば国王が力ある貴族を取り込もうとするのは当然のことで、それを邪魔した自分に対し国王である父が怒るのも当然の事だった。
「あの事件はお前は正しい事をしたはずなんだがな。」
「政治ってのは時には間違ったことをすることも必要なんだよ、そういう点では僕は王に向いてないのかもしれないな。」
現在の王妃はマルクトの母であり、次期国王は第二王子のルクスより第三王子のマルクトの方が有力と思われていた。
だが例の一件により、第二王子であるルクスの方にも傾き始め、現在城内ではルクスとマルクトの派閥が水面下で対立しあっていた。
「そうなると、次期国王はルクス殿下に譲ることになるぞ?」
「フッ、それはそれで構わないさ。そちらの方がエマと結婚しやすくもある。」
「どうかな?外交のため他国に婿入りさせられる可能性もあるぞ?」
「その時は今度こそ、エマと二人で駆け落ちでもするさ。それよりお前こそどういう風の吹き回しだ?騎士団に入るなんて?」
ロミオはベージス家の次男であり、家の継ぐのは兄だと決まっている。
だから卒業後は、冒険者になって旅に出るなどと口にしていたが、現在ロミオは騎士団に入団し、騎士見習いとして訓練を受けている。
「別に、少し考えが変わっただけさ……この国の汚いものを見ようとするなら騎士団に入るのが手っ取り早いからな、彼女の事を知るにはまずは国の底の部分も知っていかないと……」
ロミオが遠い眼をして言う、それは恐らくマティアスが関係している事だろう。
ロミオはあの誘拐事件以降、結局マティアスとは一度も話せていないようだ。
彼自身が彼女を避けていたのもあったが、マティアスは誘拐事件の後、すぐ停学処分になり、次に会ったのは卒業パーテイーの時になったがあの時も会話どころではなかった。
ただ、本人曰く「どうせ話したところで今の俺の言葉じゃどうせ彼女の心には響かないから良かった」などと言っていた。
その後も動いている様子はなかったので諦めたのかとも思っていたが、今の言葉を聞いてそうじゃないとわかり、マルクトは少し安心する。
……だからこそ、マルクトはロミオに言っておかなければならない事があった。
「そうか、ならそんなお前にマティアス嬢の事で言っておきたいことがある」
そう言うとロミオが引き締まった表情でマルクトを見る。
「君は僕の持つスキルについて知っているな?」
「ああ、お前は確かマナの色が見えるんだったな?」
ロミオの答えに頷く。
マルクトは妖精眼というスキルを持っており、それによって相手の持つマナを色を見ることができる。
「そうだ、しかしそんな僕がどうして彼女が無能だと気づかなかったかわかるか?」
「それは……」
ロミオは言葉を詰まらせると、マルクトはすぐに答えを告げる。
「それは彼女の体の一部からマナを感じ取れたからだ。」
「……一部?」
「そう、彼女の身体からは二つのマナを感じられた、一つは彼女の首元、僅かな淡いピンクのマナが見えていてそれは大きさと場所からして恐らく何か魔道具を身に付けていたんだろうと判断した。問題はもう一つマナ、彼女の右腕を覆っていた黒いマナだ。」
それに気づいたのは生徒会室に彼女を呼んだ時の事だ。
彼女の右腕は禍々しいほどのマナに覆われていてまるで腕自体がマナで出来ているようだった。
余りの濃度に魔道具などの鑑定なら、腕自身が魔道具として判断されてもおかしくはない。
マルクトは当初あれは彼女が異体質なんだと考えていたが、彼女自身が無能だと少し話が変わってくる。
「それはどういう事なんだ?」
「僕も詳しくは分からない。だが恐らくあれは呪いの類なんじゃないかと思う。」
「呪い……だと⁉」
「ああ、と言っても、それが彼女のにとって良いものか悪いものかはわからない。誘拐の時賊を倒したのもその力なのかもしれないしな。ただ呪いというのは、偶然かかるようなものではない。敵との戦闘でかけられるか、恨みを持つ者による犯行か。だが彼女はスラム出身の無能だ。そのような敵と戦う事も恨まれることもないだろう。なら考えられる予想は二つ、無能である彼女が自らを守るための力を手に入れるために何かしらの禁忌を犯したか、それとも誰かに実験……もしくは遊び半分で呪いをかけられたかだ。どちらも十分あり得る。」
「クソッそれも彼女の言う汚いものってやつかよ!」
今の話にロミオはなにか心当たりがあったのか、怒り任せに壁を叩く。
「……君が手に入れようとしている女性は、思った以上に重いものを背負っているのかもしれないな。」
「ハッ、だったら尚更だよ、それだけの目にあってきているのなら、この先は幸せな人生を歩んでほしい……そして、できればやっぱり俺が幸せにしてやりたい。」
今の話を聞いても変わらない、ロミオの決意にマルクトも思わず笑みをこぼす。
「だったら、こんな所で油を売ってる暇なんてないんじゃないのか?」
「そうだな、訓練に戻るわ。お互い惚れた女のために頑張ろうぜ」
「だな。」
そう言うと、マルクトとロミオは互いの腕を交わし、それぞれの思い人のために動き始めた。