奴隷の帝王
以前この話をしたのは、確かヴェルグに向かう際にパラマに聞かれた時と盃を交わした時で、それ以降に入ってきた奴らには話をしていない。
あれからレイルやリアムと言った新規加入者も何人か入った事だし、その事も踏まえてこの機会に今一度話してもいいかもしれないな。
「そうだな……この際だから改めて組織の目的というものを言っておくか。」
俺はアンデスからされた問いに対しそう答えると、この場にいる全員に目を向けた。
「俺達竜王会が目指すもの……それは、この国を壊す事だ。」
「……国を……」
「壊す……?」
「ああ。」
呟くように復唱したメンバーに俺は頷く。
「え、ええと……それは、どういう意味ですか?」
「言葉の通りだ。この国『ベンゼルダ』を壊すんだ。」
「何それ⁉詳しく聞かせて!」
理解が追い付いていないと言わんばかりに呆然としながら質問してきたリアムに対し、逆にアンデスは眼を輝かせながら話に食いついてきた。
「俺がこの十七年、生きてきた中で分かったことは、この国はクソだという事だ。異常なまでの格差社会と差別、特に平民と貴族の間には人と家畜程の差がある。それに関してはお前達も嫌と言うほど見てきたし、感じたことがあるだろ?」
俺の言葉に皆黙り込む。そらそうだろう、この国で生きてきたのならそんな光景は日常茶飯事だからな、ここにいる奴らも一度は経験しているはずだ。
前世でも権力の前に埋もれた事件は多々あった、だがこの国のはそんなものではない。
貴族と平民では力関係の差が余りにありすぎて埋もれるどころか隠そうとすらしない、何よりこの世界には魔法やスキル、そしてモンスターと言った存在がいるためか命が軽い。
権力者の機嫌一つで平民の首が簡単に飛ぶほどで、そんな事が当たり前となっている。
……だからこそ、レクター家の時のような出来事が起こる。
「そしてそれらは個人ではなく国の思想や常識によるものだろう、だから国を壊すんだ。」
「国を壊す……ですか。」
そう、滅ぼすのではなく壊す、だ。
別に国自体がなくなることは望んではいない、俺達は裏の社会の人間だ、裏には表となるものが必要だからな。
ただ今の表社会は俺の目指す裏社会と相対しているとは言い難い、だからこそ壊す必要がある。
「そうだ。俺達が貴族の力を削ぎ、平民に力を与え、そしてそれをシノギにして稼ぐ。この循環を作り今の国の力関係を壊していく。そしてその為にはまずこの国の裏社会を牛耳る必要がある、汚れ仕事って言うのは身分関係なく必要とされるものだからな。」
裏社会を俺達が支配してバランスを整える、理想はやはり前世と同じく表と裏の分離化だが、果たしてこの世界でどこまでやれるか……
「で、でも、そんなことすれば……普通に生活してる人たちも被害が及ぶんじゃ……」
「まあそうなる事もあるだろうな、ただ今でも十分被害にあっていると思うが?」
「リアムだって知っているでしょ?この国の醜さを、私達ノーマの一族ならね。」
「それは……」
メーテルが問うとリアムは言葉を詰まらせる。こいつらはこいつらで何かそう言う経験があるのだろう。
「それに何より面白いだろう?何せここにいる奴らの大半はこの国で元奴隷であり、俺に関しては無能と言う存在だ。そんな見下され、蔑まれていた奴らがこの国を壊すんだ、最高の物語だと思わないか?」
そう、何の因果かここにいる奴らの大半は奴隷をしていたことがある。
俺自身が奴隷をしていた頃に出会ったやつ、兵隊が欲しくて集めた奴隷、そして拾ったやつが奴隷の経験を持った奴、そんな巡りあわせもあって幹部連中は全員奴隷経験者だ、これも何かの縁かもしれない。
極道にとって縁と言うのは大きな意味合いがある、だからこの縁も大事にしないとな。
「……ええ、そうね。面白い……すごく面白いわ、そんな壮大なスケールの物語が、現実で見られるんだもの、そんなの最高だわ……」
話を聞いたアンデスがそんな感想を述べる、しかしアンデスはそんな言葉とは裏腹に何故か唖然とした表情を見せている。
「でもなんでだろう?……いつもみたいに笑いがこみあげてこないし、思考も鈍くなって鼓動が早く感じているの、こんなことは初めてだわ、これは一体……」
アンデスが胸を押さえて鼓動を確認する。すると今度はアンデスの顔の中心から赤いものが垂れ流れる。
「これは……鼻血?……フフッ……ああ、そういう事ね……私は今まで考えた事のないような現実の話に、あり得ない程興奮しているんだわ!」
自分の状況を把握したアンデスは、突然マジックバックからペンとノートを取り出すとしゃがみ込み、床を下敷きにノートを書きこんでいく。
「無能の奴隷だった男が、奴隷を束ね国の破壊に動いていく……フフッ、物語でも見たことないのにこれが現実で起きているんだものね、本当おかしいわ。この物語にタイトルをつけるなら何にしようかしら?……奴隷の王?……いえ、『奴隷の帝王』と言ったところかしら?」
アンデスは自分の世界に入り、ブツブツ呟きながらペンを走らせる。
それにしても『奴隷の帝王』か。元奴隷の王、もしくは奴隷達を統べる王……どちらともとれるなかなか洒落たタイトルだな。
「ま、とにかく、これが俺達竜王会の目指す場所だ、この方針に納得いかないなら抜けても構わないが、どうする?」
「勿論参加させてもらうわ、そもそも私もあなたの奴隷だしね。この物語で私はどういう役割になるのか今から楽しみだわ。」
「……色々思うところはありますが私もです。ただ、仕事は選ばせてもらいます。」
アンデスとリアムがそう言うと、続いて他の奴らも賛同し、離脱する者はいなかった。
こうして俺達竜王会は、新しく入ったアンデスを加え、次なる物語へと動き始める……
これで学園編は終わりです、ここまで読んでくださった方々ありがとうございます。
次は幕間に入ります。