種明かし
「犯罪者奴隷が一億だと……?」
「信じられん、闇オークションの奴隷ですらこんな金額はつかないのに……」
「元公爵令嬢とはいえ、今はただの奴隷だぞ?そこまで出す価値があるのか?」
「そもそもそんな金をポンと出せるあのフードの男は何者だ?」
アンデスが前代未聞となる一億ギルと言う破格の金額で落札され、全ての出品が終わると司会がオークションの終了を告げる。
しかし、会場は未だ騒然としたままで観客達も帰る様子はなかった。
一方オークションが終わった会場の裏では先ほど落札した者達が支払いを済ませており、アンデスは自分を買ったフードの男に引き渡された。
「アンデスです、よろしくお願いします。」
「ああ。」
アンデスは落札した男に簡単に挨拶すると、男はそっけなく返事をする。
そして特に会話もすることなく、すぐに出入り口に向かったので、アンデスも男の後について行く。
男はオークション会場を出た後も、特に何か言ってくることはなく、アンデスも黙って歩いていく。
そしてオークション会場があった歓楽街を抜け、静けさに包まれた闇夜の街道まで来たところで先にアンデスが口を開いた。
「しかしあなたも物好きですね、私なんかに一億も出すなんて、今の私は公爵令嬢ではなくただの奴隷ですよ?」
「……お前にはそれだけの価値があるという事だ。」
アンデスの揶揄が含んだ問いに対し、男は呟くように静かにそう答える。
「私の様なも何の取り柄もない者をそこまで高く評価するなんて――」
「お前のその能力は役に立つからな。」
その言葉にアンデスは言葉を止め、一度立ち止まる。
本来であれば奴隷は売られる前に鑑定されるのだが、アンデスは何故か鑑定はされていなかったので『イービルアイ』のスキルは誰にも知られていないはず。
だが、今の物言いは明らかに知っている様子だった、
そしてアンデスの能力を知ってる人間は限られている。
――私の身内?でもこんな目立つ髪色の人なんていたかしら?
こんな髪色の人間がいたなら覚えているはず。
アンデスが立ち止まり考え込んでいると、男がこちらを振り向き、ふと目が合う。
すると、その鮮やかな赤色の瞳が目に留まる。
「……あなた、その眼……まさか――」
「彼女を返せ!」
しかしアンデスが言葉を発しようとしたと同時に、その声にかぶせるように突如前から聞こえた叫び声に聞こえてくる。
そちらに眼を向ければ剥き出しの剣を持ち、興奮状態となっているクラウスがいた。
「彼女はずっと前から私が目をつけていたんだ!彼女は私のものだ!」
「……あいつは、確かお前の護衛だったな?」
「ええ、恥ずかしながら。」
静かな街道にクラウスの声が響き渡るが、周囲が気づく様子はない。
これはクラウスがよく使っていた防音スキル『サイレント』によるものだろう。
「公爵家のお抱えの騎士様はオークションのルールも知らないのか?」
「黙れ!黙れ!私はノイマン公爵家直属の騎士だ!ルールに従う必要なんてない!」
「呆れた、まさか私利私欲のために雇い主の名前を使ってくるなんて」
クラウスの言葉にアンデスが心底呆れたようなため息を吐く。
「忠犬……とは言い難いな、金もあるんだしもっといいの護衛を選べなかったのか?」
「あんなんでも実力はあるのよ、それに昔はただの根暗な騎士だったんだけどね。」
そう呟きながらアンデスが昔のこと思いだす、屋敷に来た時は必要要件の時以外は話しかける事もない寡黙な男だったが、長い付き合いの間でどこか歪んだ感情を持ち合わせてしまったらしい。
「何を喋っている!さあ早く私のアンデスを――」
剣を突き付けながら捲し立てていたクラウスだったが、突如言葉を止めたかと思うと、その場でパタリと倒れこんだ。
そしてそのクラウスが倒れた後ろには血濡れた短剣を持った黒い服に身を包んだ少女が現れる。
「ご苦労、レイル。」
「闇夜で興奮した標的をやるなんてメイドよりも楽な仕事。」
そう言いながら、近づいてきたのは学園でマティアスのメイドをしていたレイル・マーフィーという少女だった。
「彼女は確か……という事はやっぱり、あなたマティアスさんね?」
「ま、そういう事だ。」
正体がバレるとマティアスはフードを降ろして姿を見せる、フードの下から出てきたのは声も髪色も違う少年だったが、その引き込まれるような紅色の瞳は間違いなくマティアスと同じものだった。
「まさかあなたが男だったとはね。という事はマティアスと言うのも偽名?」
「ああ、今の俺の名はティア・マットだ。」
「ティア……マット?」
その名前を聞いた瞬間、アンデスは呼吸をするのを忘れ、大きく眼を見開く。
「……ップ!アハッアハハハハハハ!」
そして静まり返った街中で大声で笑い始めた。
「あなたがただ者じゃないと思ってたけど、まさかあの『貴族殺し』だったとは、最後の最後にまさかこんな結末がやってくるなんて。」
大声で笑うアンデスにマティアスもといティア・マットと、部下であるレイル・マーフィーは顔を顰めるが、防音効果が残っているせいか周囲が気づかないのを確認すると、二人は落ち着くまで静かに見守っていた。
「……もう気は済んだか?」
「……ええ、もう十分過ぎてもう死んでもいいくらいだわ。」
「そうか、だがまだ死なれては困るな。お前にはこれから存分に働いてもらわないといけないからな。」
「フフ、それは願ってもない事ね。あなたとなら私が見たことない物語がまだまだ見られそうだもの……」
そう呟くとアンデスは、それ以降は話すこともなく、ティア・マットに従い王都の外へと消えていった……。