一億の奴隷
裁判が終わり犯罪者奴隷となったアンデスは、そのまま王都にある留置所へと送られた。
犯罪者奴隷は奴隷市場で売られるのが一般的だが、今回は前代未聞の公爵令嬢という事もあって、奴隷としての評価が難しく国の重鎮たちで話し合った結果、国からの出品として、近々開催されるオークションに出されることとなった。
奴隷がオークションに出されることは無いことはないが、合法で手に入る奴隷などに大した値が付くことは殆どないので、大体が奴隷市場に送られる。
ましてや近年に制度ができた犯罪者奴隷としては初めての出品となる。
その事もあってアンデスがオークションに出される事が世間に知れ渡ると、当日のオークション会場は異例の賑わいを見せていた。
「フフ、随分賑わっているみたいね。」
今日出品される中で唯一の奴隷であるアンデスは一人っきりの檻の中で、正座をしながら先ほど触れた見張りとリンクして外の状況を確認していた。
純粋に買いに来たものもいるだろうが、殆どの客が自分目当ての見物客だろう。
今日出品されているのは、借金の質にされた子爵家の家宝の宝石に、珍しい素材や、名工が打ったとされる剣など在り来たりなものばかりで、今のところ大きな盛り上がりは見せていない。
そして、オークションが終わりに近づき始めると兵士が檻の扉を開けに来た。
「アンデス嬢時間です、ご準備を。」
奴隷にも関わらず警備の兵士は、アンデスに敬語を使い、まるで客人のような振る舞いで丁重に会場へと案内した。
「では、次が本日の最後の商品になります。最後に登場するのは、本日の目玉となっている公爵令嬢の犯罪者奴隷、アンデス・ノイマンです!」
司会の紹介に会場が盛り上がると、アンデスは自らの足で舞台へと向かった。
「……え?」
「あ、あれがアンデス嬢?」
しかしアンデスが舞台に登場すると、会場の盛り上がりはどよめきへと変わっていった。
今のアンデスは値段を吊り上げるために、いつもの地味とされるお下げ髪を貴族好みに下し、眼鏡も外されていた。
その姿は非常に美しく、更に服装も普段着ている肌の露出の少ない黒いドレスや学生服とは違い、布地の少ない奴隷服を着ていることも魅力となっており、普段の姿を知っている貴族達は彼女の変貌に言葉を失っていた。
誰もが彼女に釘付けになっている中、アンデスは静かに司会の進行を待っていた。
「彼女は先日の事件で、犯罪者奴隷となり話題となったあのノイマン公爵の令嬢です。それだけに評価は非常に高くなっており、入札は千万ギルからのスタートとなります」
「い、一千万だと⁉」
「今日の落札された品の最高額じゃないか」
「犯罪者奴隷が一千万スタートって……」
犯罪者奴隷の一番のメリットは安いところで、主に労働力として買われることが多い。しかし、彼女の金額は一般の奴隷と比較しても格段に高い。
ざわつきが落ち着かないままオークションが始まるが、出だしの入札はあまり好調ではなかった。
値段が高額とも言うのもあるが、一番の理由はアンデスの貫録によるものだ。
彼女の美しい容姿の他、手を鎖で拘束されているにもかかわらず、堂々としている振る舞いに貴族たちは圧倒されていた。
彼女を買うために来た貴族達も、いざ目の前にすると彼女を奴隷として扱う自信をなくし、怖じ気つき始めていた。
――つまらないわね……
アンデスが入札した相手を目を向けると、どの人物も眼があると逸らしそれ以降の入札を辞めてしまう。
その事もあって、かなりスローペースになっている。
「三千五百万です、他に誰かいませんか!」
「五千万!」
するとそんな中、一人の客が一気に値段を跳ね上げた。
――あら、あの人も来ていたのね。
入札をしたのは、長年アンデスの護衛を務めていた騎士、クラウスだった。
――護衛の騎士がかつての主を助けるため、なけなしのお金を叩いて入札を……なーんて、あなたがそんな事する訳ないわよね?
アンデスはクラウスが自分をどういう目で見ていたのかを知っていた。
と言うのもクラウスは、自分が能力を使い無防備になっている際、自分が動けない事をいい事に、部屋に入り髪や体を弄っていたのだ。
防音のスキルを持っていたこともあり、気づかれないと思っていたようだが、触れられた感触などは残っていたので気づいていたが、自分自身に興味のないアンデスは特に思う事はなかったので敢えて言わなかった。
――独占欲も強そうだし、あの人に買われれば私はきっと監禁されちゃうんでしょうね。
更には能力も知られているので、きっと奴隷の首輪で能力も封じられてしまうだろう。
――そうなったらとてもつまらないけど、これも運命かしら?
「五千万!他に誰かいませんか?」
アンデスは静かに状況を見守る。
司会の呼びかけに誰も声をあげず、決まりかと思われた。
「六千万!」
すると後方の席で手が上がる、入札したのはフードを被った小柄な人物だった。
女性かと思われたが、声から察するにどうやら男のようでフードから少し見える緋色の髪色が特徴的だ。
想定外だったのか、クラウスの表情が歪む。
「ろ、六千五百万!」
「七千万!」
「七千三百万!」
「八千万!」
クラウスの出す金額が徐々に小刻みになっていくのに対し、フードの男は容赦なく上げ続ける。
「く、クソ、ならば八千五百――」
「……一億」
クラウスが迷いながらも手を挙げるが、フードの男は飽きたのか止めと言わんばかりに、それを大幅に上回る金額を言い放ち、その値に会場が今日一番のお盛り上がりを見せる。
「でました一億です!他にいませんか!」
司会がそう言いながらクラウスの方を見るが、クラウスは肩を震わせるもその手は上がらず、最後は悔しそうな表情を浮かべ項垂れた。
それを見た司会がハンマーを叩き終了の合図を出すと、会場からは大きな歓声が沸き上がった。