悪役令嬢の後日談
アンデスが罪を認めると、この卒業パーティーの会場は貴族達の吃驚と動揺との声に包まれる。
婚約を一番望んでいた国王は唯々呆然としており、他の貴族達も未だ困惑を隠しきれていないが、アンデス自身はどこか満足そうな表情をしていた。
そして兵士に連行されようとしたところでふと俺と目が合うと、アンデスはニコリと微笑み一度足を止める。
「ごめんなさい、最後に少し彼女と二人っきりで話をさせてほしいのだけど?」
「いや、残念ながらそれは――」
「私は構わないわ。」
マルクトが止めようとしたが俺が了承すると、マルクトは少し不安そうにしながら許可をした。
俺はアンデスと一緒に会場から退出すると、すぐ傍の個室に入り二人っきりになった。
「それで、話って?」
「そうね……まずはおめでとうと言おうかしら?今日はあなたにまんまとしてやられたわ。」
「あなたの満足できる物語とやらにはなったかしら?」
「ええ!素晴らしかったわ!私が予想もできなかった事ばかりで、まさに最高の結末だった!」
俺の問いにアンデスは興奮気味に感想を告げる。
「ただ一つだけ聞かせて?私はこの二ヶ月の間、ずっと殿下を覗いていたけれど、あなたが接触した様子はなかった。あなたは今回の計画をマルクト殿下にいつ伝えたの?」
「今日よ。」
「今日?」
「ええ、私もあなたの様子を監視させてもらっていたわ。それで気づいたのだけれど、あなたは恐らく能力を使用中、自分の視界は見えていないんじゃない?だから邪魔が入らないよう、自分専用の寮を作って引きこもっていた、違う?」
そう尋ねると、アンデスは小さく笑う。
「流石ね、推察の通りよ。しかし出入り口が一つしかない部屋に引きこもっていた私が監視されているなんて、入口を守っていたクラウスは一体何をしていたのかしら?」
護衛の男が何をしていたか……ね。
こいつの事だから気づいていそうだけどな。
「だから、移動や対話であなたが嫌でも動かざる負えない今日伝えたのよ。」
「じゃあ今日殿下に伝え、話を信じ込ませて、あそこまで完璧な段取りを伝えたというの?」
「いえ、一応以前から内密に伝えていたんだけど……これに関しては実際に体験してもらった方がいいかもしれないわね。」
「体験?」
「ええ、とりあえず目を瞑ってもらえる?」
アンデスは俺の言葉に何の疑いもせず、言われた通り目を瞑る。
俺はポケットに入れておいた一枚の紙切れをアンデスの手に触れさせ、なぞらせる。
「……これは。」
触れたことでこれが何かを察したアンデスは、今度は眼を開けてその紙を改めて見る。
「紙に粒の様な膨らみが付いていて、それを辿ると文字になっているのね?」
「ええ、これをエマに渡したり机に忍ばせたりして、少しずつ殿下に今回の件に関して伝えていたの、そして今日詳細を伝えたことで王子もあなたが犯人と信じ切ったのよ。」
「成程、これなら見る事も聞くこともせず伝えられるという訳ね。」
アンデスが手触りを確認しながら、興味深そうに紙を見つめる。
これは前世にあった点字を参考にしたもので、盲目のミリアム用に作っておいたものだ。
本物の点字の様に組み合わるような複雑なものではなく、膨らみを文字の形にして触れてなぞればその文字になる単純な構造のものとなっている。
ただ、このやり方で全てを伝えるのは中々骨が折れるので、この点字もどきを使って伝えたのは、アンデスが黒幕という話と、断罪の決行日と当日落ち合う場所や日時などの要点だけだ。
それでも伝わるかは賭けになったがな。
「あなたは私の予想もしない事ばかりするのね、もっと早くあなたと会いたかったわ、そしたら……」
と言いかけたところで、アンデスは小さく首を振る。
「いえ、なんでもないわ。これで私の要件は以上よ……では、さようなら。」
別れの言葉を告げたアンデスは、最後に少し寂しそうな顔を見せた後、先に部屋を出ていった。
それから一週間後、アンデスの裁判が始まった。
この世界の裁判所に来るのは初めてだが、作り自体は前世と似ており、被告人と裁判官が対面する場所を中心にしてそれを囲むように傍聴人の席がずらりと並んでいた。
俺は目立たないようにフードを被り、最後列の席で裁判の様子を見ることにした。
「随分、可愛らしい姿になったな竜王よ。」
と考えていたにも関わらず、いきなり俺を見破る奴が現れた。
「何か用でしょうか、公爵様?」
俺は令嬢の口調で隣に来たバルデス問いかける。
「フッ、素の君を知っていると、その口調は少々気味が悪いな。」
「そうかよ。」
「ところでアンデスは君のお眼鏡に敵わなかったか?あの子は子供達の中でも私の血を濃く受け継いでると思ったのだが。」
「ああ、確かにあんたにそっくりに狂っていたな。」
俺は隣を見ず、前を向いたまま返事をする。
「こういう結果になったのは、流れでそうなっただけだ。だがどのみち向こうにその気がなかったから、あいつがあんたの後を継ぐ事はなかっただろう。」
「そうか、それは残念だな。」
とても残念そうには聞こえないけどな。
「それより例の金は?」
「安心したまえ、先日ジャッカルにそちらの本部に持って行かせたよ。是非君の覇道のために有効活用してくれたまえ……さて、ではそろそろ裁判が始まりそうなので失礼するよ。」
そう告げると、バルデスはそのまま最前列へと移動する、するとバルデスに気づいた他の傍聴人たちが驚きの声をあげていた。
裁判官である男もバルデスを見ると、少しやりにくそうにしながら、裁判を開始した。
今回のアンデスの罪状は侯爵令嬢ソフィア・マンティスの誘拐を企て更に顔に傷を負わせたことで貴族社会に出られなくした事だ。俺とエマを売り払おうとしたことは何故か入っていない。
「えー、以上がアンデス嬢の行った罪ですが、幸いソフィア・マンティス令嬢も命に別状はなく、また公爵家から多額の賠償金も支払われていることもあり、今回は猶予も含めって学園の退学処分及びと半年間の王都への出入りを禁止相当が妥当かと思われます。」
軽いな。
ただ傷を負わせただけならともかく、計画的な犯行であればもっと重くなるはずなのだがな。
だがその判決に誰も反論することはなかった、
何故なら彼女はノイマン公爵家の娘であり、当主であるバルデスも来ている。
迂闊な事は言えないのだろう。
前世なら……いや、前世でも権力者に温いのは一緒か。
「異議あーり!」
しかしそんな中、なんとも空気も読めていない様な明るい声が会場に響き渡った。
その声の主は今判決を言い渡されたアンデスだった。
「えーと、それは不服という事ですか?アンデス嬢?」
異議を唱えたアンデスに裁判官が困惑を見せる。
「ええ、当然不服だわ。」
「し、しかし、これでも随分軽い処分だと思われます、これ以上の罪を軽くするのは流石に……」
「だからよ、侯爵家の令嬢を攫い顔に大きな傷を負わせておいてこの程度済むなんて、そんなの物語の結末としてあまりにもつまら……じゃなくて不平等だわ。これでは今後、上位貴族達による身分が低い者たちへのの犯罪が横行する一方よ。」
「そ、それは……しかし……」
どう答えればいいかわからない裁判官は、助けを求めるようにバルデスを見た。
「今日の私はただの傍観者だ、審判を下すのは君の役目だろう?君の好きに裁けばいい。」
父親であるバルデスにそう言われると、裁判官は困った表情を浮かべた後、他の関係者と少し相談する。
そして話し終えると、一度咳を入れ改めて判決を言い渡す。
「わ、わかりました……で、ではアンデス・ノイマン嬢……あなたを侯爵令嬢暴行及び誘拐の罪で犯罪者奴隷とする。」
「は、犯罪者奴隷⁉︎」
「あのノイマン公爵家の人間を奴隷にするなんて……」
「大丈夫なのか……」
裁判官の下した判決に傍聴席の貴族たちからはどよめきの声が広がっていくが、当の本人は納得した様子で頷いていた。
そして、裁判の様子を最前列で見ていたバルデスの方に体を向ける。
「すみませんお父様、ノイマンの名を汚してしまいましたわ。」
「構わないさ。君が汚した名など、三日もあれば綺麗に拭き取れる、それより新しい人生を楽しむと言い。」
「はい。」
まるで、独り立ちを見送るような奇妙な親子の会話に周りも少し引き気味になる中、この事件の裁判は幕を閉じた。