表と裏の物語
「誰だ?あの娘は?」
「青色の髪に赤い眼とは珍しい……。」
「なかなか美しい令嬢だが、パーティーでも見たことがないな。どこの家の者だ?」
前に出てきたマティアスを見て周囲が口々に感想を漏らし始めると、マルクトが貴族達にマティアスの紹介をする。
「彼女は今話した誘拐事件の被害者の一人である、ベルランド学園高等部二年、カルタス伯爵家の令嬢、マティアス・カルタス嬢だ。」
「マティアス・カルタスです。宜しくお願いします。」
紹介されたマティアスが貴族たちに向かって軽く一礼する。
カルタス家にマリス以外の令嬢がいたことに、会場には驚きと憶測の声が広がる。
「まだ二年生である彼女を今日ここに呼んだのは、彼女が事件の被害者であり、更に賊に捕まっていた際に、重要な秘密を耳にしたからだ、それを経緯を踏まえてこの場で語ってもらおうと思う。」
マルクトはそう告げると兵士に指示を出し、あらかじめ用意しておいたとみられる透明な球体を持ってこさせる。
「アンデス。これが何かわかるか?」
「ええ、勿論。それはお父様が国に献上した嘘を見抜くと言われる古代魔道具ね。」
「そうだ。」
それはアンデスの父、バルデスが昔古代遺跡から見つけたとされる『真実の眼』と言われる古代魔道具だった。
どういう原理かは解明されていないが、このアイテムは人間の魂の記憶からその言葉の真偽を見抜く魔道具と言われており、この魔道具の前で嘘をつくと球体が反応を見せる魔道具である。
試しにマルクトが一度適当な嘘をつくと、その球体は内側がぼんやりと赤く光る。
「このように嘘をつくと色が変わるので嘘かどうかがわかるようになっている。ではマティアス嬢、当時の事を語ってくれないか。」
「わかりました。」
マティアスはマルクトの言葉に頷くと、詳細を語り始めた。
「事の発端は今から二ヶ月前、私の寮の部屋に一通の招待状の様な手紙が届きました。そこには私の従姉妹であるエマを攫ったことと、エマを人質に一人で指定された場所に来る様に書かれていました。」
マティアスはそこまで言うと一度話を止める。
今の内容に魔道具は反応を示さない、つまり嘘ではないと言う事だ。
それを確認してマティアスは話を続ける。
「指示に従い一人で指定の場所へと行くと、私はそこで賊に捕まり馬車に乗せられ、エマと共に別の街へと運ばれて行きました。初めは違法奴隷売買に携わる者たちの類かと思っていましたが、馬車の中での賊たちの会話を盗み聞きした際に賊たちの目的が私たち二人の殺害だという事がわかりました。」
魔道具が今の言葉にも反応しないのを見ると、一部の貴族が少しざわつきの声が聞こえる。
「そしてアジトに着くと、賊たちは私達に手を出そうとしたので、私はエマを守るために身代わりを買って出ると、私は賊のリーダー格の男と複数の賊たちに囲まれ奥の部屋に連れていかれました。」
「という事は彼女はもう……」
「あれほどの容姿なのに勿体ない。」
今の言葉にも魔道具が光らないのを見て、貴族たちが色々と想像して感想を口にする。
だがマティアスは貴族たちの反応を否定するように首を横に振った。
「しかし、奥の部屋に行くと、リーダー格の男が狂ったように暴れだし、仲間を殺し始めたのです。」
「仲間を殺し始めた?」
「何故だ?」
「あまり言いたくはありませんが……私がきっかけだったと思います。」
つまり、誰が初めに彼女を抱くかで争ったという事だろうか?
他の者たちもそう解釈してそれ以上追及はしなかった。
しかし……
――何かしら?今の説明、少し違和感が……
そんなアンデスの思いとは別に、マティアスは話を進める。
「そして、男が賊達を殺し、その部屋にいるのが私とその男の二人になると、私はその男と少し話をしました。」
すると、そこで一度マティアスは言葉を止めた後、すぐに口を開いた。
「その一人は、竜王会の一員だったのです。」
「嘘を見抜く魔道具が反応を示さない、という事は今の話は本当だと……」
「なんという事だ!では本当に竜王会が関わっているのか。」
「つまり、首謀者は同じ人物ということか?」
――やはりおかしい。
彼女の言葉に貴族たちが色々憶測を話し始める中、アンデスは今の言い方に少し違和感を覚えていた。
さっきの言葉もそうだが、今の言葉も何か言葉が抜けているように思えた。
「……確かにソフィアの護衛をしていた者たちからも、竜王会が二人を監視していたという情報が入ってきていた、そう考えると別におかしくないか。」
マンティス侯爵は一人でブツブツ言いながら自己解釈をすると、小さい声で「キャメロンかと思っていたが、ノイマンだったのか。」と呟いていた。
「そして、その竜王会の方は言っていました、自分はアンデス・ノイマンは接触していたと!」
マティアスが決め台詞の様にハッキリとそう告げると、アンデスは当然接触した覚えはない。
――なのになぜ光らない?私はどこかで竜王会と接触していたという事?でもどこで?
アンデスはずっと寮に引きこもっていたのでそもそも人と関わること自体少ない。
となればその関わった人物の中に竜王会の人間がいたという事になる。
――一体誰が……
そう考えていたところで、アンデスは目の前にいる、一人の伯爵令嬢を見た。
――……そうか⁉︎そういう事なのね!あなた自身が竜王会だったのね!
そうすれば全てに納得がいく、さっきの会話でも「その一人」と言っただけで「その男」とは言っていない。つまり自身が竜王会のメンバーなら嘘にはならない。
――これは、流石に予想外だわ。
アンデスはてっきり、カルタス家が竜王会を雇ったと思っていたが、彼女自身が竜王会に所属しているとは思いもしなかった。
いや、逆に竜王会の一員だった彼女の方がカルタス家に入ったと言った方がしっくりくる。
――なにこれ。面白い、面白すぎるわ!全てが予想外で斬新的!そして完全な濡れ衣なのに、どんどん犯行が固まっていく。
今までたくさんの物語を見てきたアンデスにとってもこのような展開は見たことはなく、体の中から湧き上がってくる高揚感に胸が躍るようだった。
アンデスは今にもにやけてしまいそうなになるのを抑えて悪役らしく平常心を保つ。
「その後、私達は駆けつけた冒険者や王子達によって無事助けられました……」
「わかった、嫌な記憶を思い出させてすまなかった、ご協力感謝するよ。マティアス嬢。」
役目を終えたマティアスは一礼をして人混みの中に戻っていった。
「という事だ。」
「成程、話はわかったわ。しかし私がやったという証拠はあるのかしら?」
本当ならもう認めてもいいくらいだが、アンデスはもう少し粘って見せる。
やはり、証拠がなければどれだけ確信があろうとも犯人と断定することはできない、確定させるなら証拠か現場を押さえるしかないのだから。
だからこそ、高位の貴族は好き放題できるのだろう。
アンデスは悪役らしく勝ち誇った表情で問いかけるが内心ではどう切り返して来るのかと楽しみにしていた。
そしてその問いに対し。マルクトは頷いた。
「勿論あるさ、これが決定的な証拠だ。」
そう言ってマルクトが一枚の本を開いて前に掲げた。
「これは、君の部屋から見つかった犯行計画書だ、君の直筆であることも確認してある。」
――……犯行計画書?そんな物書いた覚えは……
捏造されたのか?そう思いつつアンデスは眼を細めながらマルクトの持つ本を見る
すると、その内容を見たアンデスは眼を大きく見開いた。
「……あっ!ああああ!」
マルクトが証拠として持ってきた物、それはアンデスが書き上げたマルクトとエマの物語だった。
「こちらには当事者しかわからない誘拐事件の詳細の他、私とエマとの日常記録も詳細に書かれていた。これがお前がエマ達に目を付けた証拠だ!」
マルクトが皆にそう説明した後、近くにいた貴族達にも本を回してその内容を見せていく。
「これは、王子を監視していたのか?成程、それで標的が婚約者候補のソフィア嬢とマティアス嬢達だったのか。」
「この内容によれば、二人の誘拐事件はマンティス侯爵になすりつける予定だったみたいだな。」
「しかし、なんだが文章が小説の様な文章だな?」
「恐らく誰かに見られた際のカモフラージュなんだろう」
貴族たちの言葉にアンデスは下を向く。
本当の出来事を文章にしただけとはいえ、自分の書いた文章をその場で読まれるのは恥ずかしく、しかもそれを計画書などと盛大に勘違いとされるとなると流石のアンデスも顔を紅潮させた。
「更に追加で書かれたとされる紙には、ソフィア嬢襲撃の事まで書かれており――」
「そんなもの書いた覚えはないわ!」
アンデスはソフィア襲撃の事を書いたことを否定したつもりだったが、真偽を見抜く水晶は書いた事を否定したと判断したようで、結果的にこれがトドメと言わんばかりに水晶がが赤く光った。
「あ……」
「……これで、決まりだな。」
マルクトがそう告げると、アンデスも観念したかのように小さく息を吐いた。
――……まんまとしてやられたわね、
そう思いつつも心は晴れやかだった、何せこれほどの面白いと思える物語は生まれて初めてだった。
――表向きは悪役令嬢の私が断罪され、好きな令嬢と結ばれる無事ハッピーエンド。しかしその裏では冤罪で婚約者を断罪する愚かな王子の物語。
視点によって見事に変わってくるなんて、まさに最高の結末と言ってもいいわ。そして、これは私しか知らない物語、まさに最高の物語よ。
そして同時に少し悔しくもあった。
今日この場で悪役であるアンデスを断罪したのは紛れもなくマルクトである。
これでは主役はマティアスではなく、アンデスが見限ったマルクトだ。
――私が斬り捨てた主役を再び主役に返り咲かせるなんてね……
しかし、これも悪くはなかった。
――ここで、悪役令嬢らしく醜く足掻くのもいいけど、潔く認めた方が面白いわよね。だってその方が真実を知った殿下がどんな顔をするか楽しみだもの……
きっと彼は本当に私が犯人だと信じ切っている。あれだけの証拠を見せられれば仕方ないだろう。
だからこそ、自分の間違いで一人の罪なき令嬢が罪を被ったとなればそのショックは計り知れなくなる。
ただ、その前に一つ、アンデスがマルクトに問いかける。
「それで、証拠は出揃いましたが、もしそれが本当だったとしてマルクト殿下は私を告発するのですか?ノイマン公爵家の娘であるこの私を?」
それは以前、マルクトが言葉を詰まらせて答えられなかった質問と酷似した内容で、その事に気づいたマルクトも顔を顰める。
「そ、そうだ、マルクト!彼女はノイマンなんだぞ⁉もう一度考え直せ!」
アンデスの問いに国王も便乗して説得をしようと試みる。
しかし、マルクトはその言葉に一切耳を貸すことなく今回は真っすぐアンデスの眼を見てはっきり告げた。
「ああ、改めて言おう!私はアンデス・ノイマンをソフィア・マンティス公爵令嬢襲撃の罪で告発する。」
――迷いのない眼ね、貴方の勝ちよ。
「わかりました、その罪を認めます。」
ノイマン公爵令嬢の逮捕。
今日この日に起きた出来事は、その後、国中を大きく騒がす事となった。