告発
アンデス・ノイマンの犯した罪を告発する。
マルクトが大々的にそう宣言すると、周囲からは当然の如くざわつく声が聞こえ始める。
「はて、罪とは一体何のことでしょうか?」
そして身に覚えのないアンデスは、その言葉に対し問いかける。実際アンデスには何もしていないのでこの反応も当然といえるだろう。
「そ、そうだ。なにを言っておるのだマルクトよ……アンデス嬢がそのような事を――」
国王が今にも怒鳴りたいのを抑え、肩を震わせながら笑顔でマルクトに話しかけるが、マルクトはそちらに見向きもしないで話を続ける。
「アンデス嬢の罪……それは今から二ヵ月ほど前に起きた事件の事だ。」
――二ヶ月前?……ああ、そういう事……そう来たのね、マティアス嬢。
今の言葉を聞いてアンデスはマティアスの狙いに気づく。
婚約を阻止することを目論むマティアスの狙いは恐らく自分に罪着せ、罪人に仕立て上げることでマルクトとの婚約の話を破談にさせる事だろう。
そして、その事件というのはソフィアが企てたエマとマティアスの誘拐事件。
あの件はマルクト達の都合により公にされておらず、詳しい調査もされていない。
更にマティアス自身被害者でもあるので、彼女が事件の詳細を都合よく語ればアンデスに疑いの目を容易に向けられる。そして真の首謀者であるマンティス侯爵家は当然知らない振りをする。
――……と考えているのでしょうね。
アンデスがマティアスの思惑を予想して不敵に笑う。しかしその計画は簡単にはいかないだろう。
何故ならこの場での断罪は、学園の時の様な学生同士のお遊戯みたいな断罪とは訳が違う。
今ここには多くの貴族や王族などがいる、正式な告発となれば、国が所有する古代魔道具などを使い、念入りな調査が行われる。マティアスが嘘をつけばすぐにバレるし矛盾なども出てくる。
更に言えば自分は公爵家だ、ただの男爵令嬢と平民の令嬢の誘拐事件など例え証拠が揃っていたところで有耶無耶にされてしまうだろう。
――まあ、いいわ。とりあえず話を進めましょう。
「事件、ですか?特に身に覚えがないのですが、それは一体どういったものなのでしょうか?」
アンデスが白々しく首をかしげて尋ねる。
「それは、二ヵ月前に起きたソフィア・マンティス侯爵令嬢、誘拐及び襲撃事件の事だ!」
――……はあ?
「ソフィア嬢が襲われた?」
「一体どう言うことだ?」
周囲のざわつきが大きくなる中、アンデスもマルクトから出た予想外の話に思わず顔を顰める。
――ソフィアが襲われた?何それ?あの子そんなことになってたの?
「今から二ヵ月ほど前、ソフィア嬢が何者かに攫われたという事件が起きていた、ソフィア嬢は命こそ無事であったがその際に、攫った者たちに顔を焼かれ、人前に出れない程の火傷痕を顔に残すことになった……これがどういう事かは当然わかるだろ?」
マルクトの話を聞いたアンデスは唖然とする。
ソフィアが学園に来なくなっていたことは知っていた。しかし一度リンクして様子を確認したことがあったが、部屋に引きこもっているばかりだったので、てっきり計画が失敗して侯爵に謹慎処分を受けたのだと思っていた。時折聞こえる奇声と咀嚼音があまりに不快だったのでそれっきりだったが、まさかそんな事になっているとは思ってもみなかった。
――そんな面白い事になっていたのを知っていたならもっと覗いてたのに、残念だわ。と言っても、事が終わった後にわかっても遅いのだけど。
アンデスは自分の密偵を持っておらず、自身の能力のみで情報を得ているので、当然全ての事を把握しているわけではない。リンクした際にその話題の会話や行為を行っていなければわからないので、予想外な動きにはどうしても後手に回ってしまうところがあった。
「そして、その事件から数日後、ノイマン公爵家から国王である父に婚約話が突如舞い込んできた、これはとても偶然とは思えない。そして何よりソフィアの顔を焼くという行為をして、一番利を得るのは君しかいないのだよ、アンデス。」
「……つまり、私が婚約の邪魔になりそうなソフィアの顔を焼き、人前に出られ無くしたと?」
「そうだ。」
アンデスの問いにマルクトが頷く。
「……面白いわね、でも残念ながら私にできる訳がないわ、だって私はずっと寮に引きこもっているんですから。」
「いや、逆だ。君はいつも寮に篭っていて誰も君の動向を誰も知らない、つまり君が寮からいなくなっていても誰も分からないんだ。そしてソフィアはマンティス侯爵家の令嬢だ、彼女には精鋭な護衛がついていたし、身分を考えればそう簡単に手を出せる相手ではない。侯爵家令嬢を襲撃するような人間など彼女の家と同格かそれ以上の力を持つ人間だろう。」
――成程、そう言われると辻褄が合うわね。
実際は完全な冤罪なのだが、すごく納得の行く言い分だった。
「そして、その誘拐された際、ソフィアにその犯人達は自らを竜王会と名乗っていたそうだ、そうですよね?マンティス侯爵。」
マルクトが人混みの中にそう呼びかけると、中からマンティス侯爵が周囲をかき分けながらすごい勢いでこちらに歩いてくる。
「ええ、そうですとも!ソフィアから辛うじて聞けた話ではどうやら向こうの目的は初めは誘拐されたことによって貞操への疑惑を疑わせ、婚約を阻止しようとしていたらしいのですが、突如予定を変えて顔を焼いて、人前に出られないような姿にされたと言っておりました。そして、その犯人達は最後に竜王会を名乗っていたそうです。」
――竜王会……今、貴族界隈では色々と話題になっている組織ね。確か組織のリーダーはビビアン・レオナルドを殺した『貴族殺しで』知られるティア・マット、お父様なら接触していてもおかしくはない人物ね。
恐らくマルクトもそう考えたから、自分に容疑をかけているのだろう。
……つまり、マティアスはその竜王会と繋がっているという事なのかしら?
色々と気になることは多いがとりあえず、アンデスは話を進める否定の弁を述べる。
「私はやっていませんよ、そもそもどうして私がそのような事をしなければならないのですか?だって私はアンデス・ノイマン、そんな回りくどい事せずとも婚約は成立できたでしょう。」
「そ、そうだ、アンデス嬢の言うとおりだ。そんなことをせずともアンデス嬢との縁談なら二つ返事で了承していたぞ!」
アンデスの言葉に国王が賛同する。
「だが、君は一度縁談を断ってる、その事を考えると縁談が上手くいくとは言い切れない、君はそう考えて確実性を高めるために候補となる者達を襲ったんじゃないか?その証拠にこの事件の前には私が学園で懇意にしていた令嬢二人が、賊に攫われた事件も起きていた。それも君が仕組んだと考えれば納得がいく。」
――……ここでその事件を被せてくるのね、やるじゃない。
この事件単体なら、下級貴族と平民上がりの令嬢が攫われただけという話になるが、侯爵家の事件の後に上乗せすることでその事件も重要な事件の一つとして数えられる。
「そして、今日はその際に襲われた令嬢を一人呼んでいる。」
すると、その言葉に合わせて一人の令嬢がゆっくりと前に出てきた。