マルクトとアンデス②
学園の寮は基本男女ともに異性の寮に入るのは禁止とされているが、アンデスの寮にはそれは適用されない。その代わりに誰もアンデスの許可なく入ることは許されていない。
マルクトはアンデスの寮の前まで来ると、一度深呼吸をして寮の入り口の扉をノックする。
すると、扉が開き中からアンデスの護衛騎士が出てくる。
マルクトは事情を話し、部屋に入れて貰えるか尋ねると、騎士は初めこそ渋っていたが、中からアンデスの許可する声が聞こえると、少し不満そうにしながらもマルクトを中へ入れた。
寮の中には一つしか部屋がなかったため、マルクトは迷うことなくその部屋に入ると、部屋ではアンデスが机にもたれながら待っていた。
「お待ちしていましたわ、愛しき婚約者様。」
「……思ってもない事を言わないでもらいたい。」
「アハハ、やっぱりわかりますか?」
アンデスがケラケラと笑うが、マルクトは無表情を保ったままアンデスを睨みつける。
マルクトは二人きりにならぬよう、部屋の中には入らず扉を開けた状態で話を始める。
「それよりアンデス、どう言うつもりだ?どうして急に婚約など言い出したんだ?」
「それは勿論あなたを好きに――」
「お前は、俺がエマに告白したことを知っていて、邪魔するために婚約を言い出したんじゃないのか?」
「アハハ、さあて、どうでしょう?」
アンデスの答えを無視してマルクトは自分の推測を述べると、アンデスはおどけてはぐらかす。
だがその嘲笑が答えとなっている。
「俺はエマと結婚する、その思いは揺るがない。」
「へえ……ではこの縁談、断りますか?長年の王家の悲願とも言えるノイマンとの婚約を?」
「それは……」
その問いにマルクトは言葉を詰まらせる。
これが自分だけの問題なら間髪入れずに肯定するが、これは王家が関わる問題である、簡単に答えられない。
「フフ、ほら、結局あなたは何も出来ないじゃない。」
「……」
アンデスが笑みを浮かべながらマルクトの元へ歩み寄ってくる。
「あなたはいつもそう、迷って、悩んで、答えを出せず周囲に流されて判断をする。実に情けない……」
アンデスが嘲るように言葉に言ったマルクトは反論できない、それに関してはマルクトにも自覚があったからだ。
「でもご安心ください……もう貴方は主役じゃないですから。あなたには最早期待などしていません。いつもみたいに迷い続けていればきっと他の方々がなんとかしてくれますよ。」
「……」
マルクトは唇を噛み締めながら拳を固く握る。
「しかし、エマさんも可哀そうですね、せっかく「君といるためなら身分を捨てる」とまで言ってもらえたのに。」
「な⁉」
その言葉を聞いてマルクトは目を丸くする
今の言葉はエマに思いを告げた時に発した言葉で、当然あの場にいた人間しか知らないはず、何故それをアンデスが知ってるのか。
驚きを見せるマルクトを見てアンデスはまたクスクスと笑う。
「まあ、仕方ありませんよね?さて、私からは以上です。もう日も暮れているのでお引き取りください。」
「待て⁉今の言葉を何故――」
「それでは、御機嫌よう。」
アンデスが強引に切り上げると、マルクトは護衛の騎士に寮から締めだされる。
聞きたいことはまだあったが、これ以上は聞けないのだろう。
――………仕方がないとりあえず明日、またマティアスに相談してみよう。
そう考えマルクトは寮へと戻った、しかし寮へ入ると奥から言い争うような声が聞こえてきた。
「何だと⁉︎もう一度言ってみろ!」
聞き覚えのある声に慌てて行ってみれば、そこにはロミオが同級生の男子の胸ぐらを掴んでいた。
「いや、そういう話を聞いただけで――」
「どうかしたのか?」
「……マルクト、帰って来たのか。」
ロミオがこちらに気づくと、男子を開放して近づいてくる。
「いや、なに、あいつがマティアス嬢が無能って言いふらしていてな。」
「あ、いや、俺もそう言う話を聞いただけで――」
「その噂は誰が?」
「え?さ、さあ?」
「……そんな情報源も分からない噂を流すのは頂けないな。」
「す、すみません……」
男子生徒はマルクトに咎められると、頭を下げてその場を去っていった。
「……たく、根も葉もない噂に踊らされやがって……それより、お前の方はどうだった?」
ロミオに聞かれるとマルクトはここまでのいきさつを話す。
「まさか、アンデス嬢が……流石に予想外だったな。」
「ああ、その事も踏まえて明日マティアス嬢と話をしようと思うのだが、お前も来るか?」
「いや、俺はいい……」
マルクトの問いにロミオが俯きながら首を振る、二人がどういうやり取りをしたのかは知らないが、どうやら相当きつい事を言われたらしく、彼女に会わせる顔がないようだ。
――まあ、無理強いはする必要もない。
「そうか、わかった。」
マルクトは話を切り上げると、その後はすぐに部屋に戻り、その日は就寝した。
そして翌日学園に行くと、マティアスが無能という話は既に学園中に広まっていた。
その事もあってマルクトは少し不安に思いつつも昼休みになると、マティアスを生徒会室に呼び出した。
しかし……
「思ったより元気そうだね。」
「慣れてますから。」
噂をものともしていない、マティアスにマルクトも少し安堵を見せる。
――まあ、彼女にとっては今更か……
平民という事で、既に蔑まれてきた彼女が無能というだけで、落ち込む様なたまではないだろう。
それにそれが事実であろうとなかろうと今更態度を改めたりするつもりはない。
「そちらの件に関しては詮索するつもりはない、それよりもアンデスの件なのだが――」
「ええ、聞いています。その事に関してなんですがまず話しておきたいことが……」
そう言うとマティアスは、昨日、アンデスと会って話をしたことを伝えてきた。
「……つまり、彼女には俺の目を通してあの場の出来事を見ていたという事か……」
「恐らく視界だけでなく、耳も聞こえているようですね。」
それはアンデスと出会って十年目で初めて知る事実だった、
だが思い返せば今までの彼女の不可解な行動にも納得がいくところがある。
「それで、どうするつもりですか?」
「正直言ってわからない、俺が王位を捨ててどうにかなるものなるならそうしたいが、これはそういう問題ではない。ノイマンとの婚約は父の……国王の願いでもあるんだ。だから簡単に答えを出す訳には……」
そう言いながらマルクトは俯き加減になる。
すると、マティアスから舌打ちが聞こえ、思わず顔をあげる。
「まあ、一応策はありますよ。」
「本当か⁉」
「ええ、ただその前に一つ殿下お聞きしたい事があります。」
「……なんだ?」
「貴方は、アンデス・ノイマンを殺せますか?」
その問いに、マルクトは一瞬時が止まったような錯覚に陥る。
「それはどういう――」
「覚悟の話ですよ、例えばもし私の考えた策で彼女が死ぬことになったとしたら、あなたはどうしますか?」
マティアスの問いにマルクトは言葉を詰まらせる、恐らくこれは覚悟を問われているのだろう、しかしそれでも簡単に頷けるような問いではなかった。
再び考え込むマルクトを見て、マティアスは呆れていることを隠すことなく、大きなため息を吐く。
「貴方の思いはその程度だったのですか?」
「え?」
「エマは男爵令嬢ながら、王族であるあなたに恋をして、そして危険な目に合いながらもどんな立場でもいいからそばにいたいと言って思いを告げた、そしてあなたもその覚悟に応えた。なのに、またこうして自分の事じゃなく他の事で迷っている、はっきり言って実に情けないですよ。」
「っ⁉しかし、これはそう簡単な話じゃ――」
「簡単な話ですよ、エマと一緒にいるために手段を選ばなければいいだけです、国の長い歴史の中には私利私欲のための暗殺や陰謀なんてよくあることですから、あなたもそうすればいいだけの話です。」
「しかしそれでは――」
「エマと生きると決意したんだろ?男なら覚悟決めろや!」
マティアスの怒鳴り声と机を叩く音が生徒会室に響き渡ると、マルクトは言葉を失ってしまう。
それは驚きや恐れから来るものではない。
彼女の発言はとんでもない言葉で、到底肯定できるようなものではなかったが、何故か心に強く刺さる何かがあった。
恐らくそれは、マティアスのエマと自分をくっつけるという迷いのない真っすぐな覚悟と決意を見せられたからだろう。
気が付けば、それは自分に伝染したかのようにマルクトの中の迷いはなくなっていた。
「……わかった、君が何をするかわからないが、もし彼女の身に何かあったら、その時は全て僕が罪を背負おう。」
マルクトが真っすぐ目を見て答える、すると、その眼を見たマティアスは小さく微笑んだ。
「わかりました。まあこういいましたが、今のところ殺すような予定はありませんよ。」
「それはありがたいが、しかし一体何をするつもりなんだ?」
「それについてはここでは答えられません、どこでアンデスが見てるかわからないので。ですが……殿下、眼を瞑ってもらえませんか?」
「眼を?」
「ええ。」
マルクトはマティアスの指示に従い眼を閉じる。
すると、マティアスの手と思われるものが自分の手を握ると、そのまま手を引かれて何か触れさせられる
「これは……」
「わかりましたか?」
「ああ、わかった。」
マティアスの意図を理解するとマルクトは眼を開けた。
「さて、ではアンデスを満足させる物語を作りましょう。しかし、このまま向こうの筋書き通りじゃつまらない、私は主役なんて柄じゃないんでね。」
そう言うと、マティアスは悪戯っぽく笑った。