マルクトとアンデス①
エマに告白をしてから数日が経ち、今日マルクトは二人のことを父である国王に報告するため、一人で登城していた。
エマの事を報告するのは正直かなりの勇気がいるので、ロミオにも付き添いしてもらおうとも考えたが、報告一つまともにできないなどとなってはまたマティアスに叱られると思い、これ以上情けない姿は見せられないと断った。
とはいえ、まだエマは男爵令嬢、現在言ったところで断られるのが目に見えている。なのでとりあえずソフィアとの事件の事だけを伝え、ソフィアとの婚約を白紙にした後、相手がいることを仄めかせることにした。
……しかし、その話の前に意外な情報が飛び込んできた。
「ソフィアが襲われた?」
それはマルクトにとっても予想外の話だった。
「ああ、ここだけの話なんだがな。どうやら数日前に賊に攫われたらしく顔に大きな火傷を負って、帰ってきたようだ。命に別状はないが火傷痕だけはしっかり残ってしまい、本人は人前に出られないと部屋に引きこもっているらしい。マンティス侯爵も隠してはいるようだが、既に民の間でも噂になっているようだ。」
確かにあの事件以降ソフィアは学校には来ていなかったようだが、てっきりまた計画を立てているのだろうと警戒していた、まさかそんなことになっているとは思ってもいなかった。
――賊からの報復だろうか?
結局あの事件はなかったことになったので、賊たちに関しては何も情報が入ってきていなかった。
だがマンティス侯爵が雇った賊たちだ、かなり名のある賊だったのかもしれない。
あの一件で揉めて、報復されていたとしてもおかしくはない。
まあ、なんにせよ自業自得とも言えるだろう。
「では、婚約の話はどうなったのでしょうか?」
「うむ、残念ながら人前に出てこぬ以上白紙にするしかない。」
その言葉にマルクトは安堵を見せる。
「だがな、喜べマルクト。実は先日アンデス嬢から申し出があってな、そなたと婚約の話を受けると言ってきたのだ。」
――……
「……は?」
その一言にマルクトは間の抜けた声を出してしまう。
「私も驚いたのだが、もしかしたら他の女性と懇意にしている姿に嫉妬したのかもしれんな、ハハハ」
国王である父は本当に嬉しそうに笑っているが、当のマルクトはそれどころではなかった。
――なぜアンデスが、しかもこのタイミングって……
「で、ですが父上!私には心に決めた人がいるのです。」
「……ほう、どこの誰だ?」
話を止めるために思わずマルクトがエマとの話を切り出す。
本当ならまだいうつもりではなかったが、今の状況なら言わざる負えない。
父の鋭い眼光と低い声色に怯みそうになるが、マルクトは重い口を開けながらその名前を言う。
「エマ・エブラートという女性です。」
「エブラート?聞かぬ名だが爵位は?」
「……男爵令嬢……」
「男爵?フッ、話にならんな。」
「いえ、今は男爵ですが、カルタス伯爵家の養子になる予定で――」
「だから何だというのだ?男爵だろうが伯爵だろうが公爵の前では一緒だろ?せっかくアンデス嬢が承諾してくれたのだ、今更無碍にするわけにもいかん。」
「し、しかし彼女は十年も縁談の話を先延ばしにしてきたのに今更なんておかしいでしょう⁉」
「おかしくても構わないじゃないか、どんな思惑であれノイマンと縁を結べるチャンスが来たのだ、みすみす手放すことなんてあってはならんのだ、それにもし断ってノイマン卿の怒りでも買ったらどうするつもりなのだ?」
「それは……」
「……マルクトよ、今の話して聞かなかったことにする。言っておくがアンデス嬢に無礼を働いて婚約破棄などしようものなら、そなたを王家から追放するからな、この話は以上だ。」
国王が強引に話を切り上げると、マルクトはそれ以上何も言えなかった。
「クソ、何という事だ。」
マルクトが学園へ向かう馬車の中で一人吐き捨てる。
やっと自分に向き合えたのに、そしてやっと思いが実ったというのに、まるで計ったようなタイミングでアンデスがそれを邪魔してきた。
いや、アンデスの事だ、本当に狙っていたのかもしれない。彼女とは十年の付き合いになるがいまだに考えが読めない。
二人で話していても、いつもつまらなさそうにしていたかと思えば、突如下品な笑い声をあげたり、そして途中で帰ってしまう事もしばしばあった。
わかっているのは自分には微塵も興味を持っていないという事だ。
今回の件もどこかで情報を手に入れ、面白半分で邪魔してきたとしても不思議ではない。
父がアンデスとの婚約をどれだけ望んでいるのかは嫌というほどわかっている。
父はノイマン公爵家……いや、正確に言えばバルデス・ノイマンに対し、強い執着と畏怖を持っている。
それほどまでにバルデスという男は有能で恐ろしいのだ。
バルデス・ノイマンは両親の事故死により僅か十二歳で公爵家の当主になると、いきなり後見人だった叔父を両親の殺害の罪で証拠もなく処刑した。
それだけでも当時は大騒ぎだったらしいが、続けてバルデスはキャメロン公爵もその事件に加担していたと告発した。
証拠もなく当然キャメロン公爵は否定した。しかしその数日後、キャメロン公爵は突如その罪を認め自白すると、謝罪の手紙を残し屋敷で命を絶った。
罪を認めたことでキャメロン家はノイマン公爵夫妻殺害の罪で公爵家から伯爵家まで地位を落としたという。
その不可解な話に当時は誰もがバルデスを不気味がったが、バルデスはそんな周囲の反応とは裏腹に、当主として頭角を現していった。
魔石を始めとした多くの資源を発掘、更に魔石を利用した魔道具や兵器も多く開発してそれにより国は大きな発展を遂げていった。
古代ダンジョンも多く発見し、古代道具を国に献上した。更に資源目当てで攻めてきた帝国相手には自らが率先して戦場に立ち奇襲を全て成功させ、僅か数千の兵で万を超える軍団を幾度も撃退していた。
今帝国が攻めてこないのはバルデスの存在が大きいとも言われ、今のベンゼルダ王国があるのはバルデス・ノイマンのお陰と言ってもいい。
もしノイマンの機嫌を損ね、最悪王家と対立することとなれば滅んでしまう可能性だってある。だからこそ、バルデスとは良い関係を結んで繋ぎ止めておきたいのだろう。
そして、それに関して一番有効的なのはやはり婚姻であり、それができるのはマルクトだけである。
何故なら第一王子であるリチャードに王位継承権はなく不釣り合いであり、第二王子のルクスは既に失敗しているからだ。
マルクトは知らないが、どうやらルクスの母である前王妃はかなり傲慢な性格だったらしく、王妃という立場を使ってノイマンを強引に下につけようと試みたことがあったらしい。
しかしその結果……王妃はキャメロン公爵と同様懺悔の言葉を口にしながら自室から飛び降り自害したらしい。
念入りに調査を行ったが魔法や呪いの痕跡はなく、ただの自害とされたが、そこにノイマンが関わっていることを誰もが疑わなかった。
だからといって、証拠もなく問い詰めることは当然できず、それ以降、誰もノイマンに逆らおうとすることはなくなった。
国の事を考えれば、この縁談はメリットしかなく受け入れるしかないのだが……
――このまま受け入れてしまえば、また俺は……
「……まずは本人から話を聞いてからだ。」
マルクトは学園に着くと、そのままアンデスのいる寮に向かった。