譲歩
マルクトの計らいと、組織の根回しもあって、マンティス侯爵家の仕組んだエマと俺を狙った誘拐事件は、街のごろつきたちによるただの人攫い事件として終わった。
現在俺とエマは帰郷中ということになっているので、これを機にマリスに二人の事を報告しに行くいう体で、暫く学園を離れる事を伝えマルクト達と別れる事となった。
そして、事件から数日後……
「まさか、こんな単純な呼び出しに引っかかるとはな……」
俺は縄で縛られ横たわるソフィア・マンティスを見て呟く。
事件の翌日、俺は暗躍部隊の隊長だったゼビウスと言う男の名を使い、真夜中の王都の路地裏にソフィア・マンティスを呼び出した。
暗躍部隊が全滅した事を知らないソフィアは、何の疑いもせずに路地裏にノコノコとやってきたので、難なく攫う事に成功した。
一応護衛らしき者もいたらしいが、あくまで出払っていた暗躍部隊が戻ってくるまでの代わりの様なものだったらしくレイルが問題なく処理をすると、そのままソフィアを馬車に乗せ、王都近辺の森にあった賊のアジトまで運び、現在に至る。
「いやあこの女、重くて運ぶに大変でしたよ。」
「ブタみたいに太りやがって、毎日いいもん食ってんだろうなあ。」
運んできた部下二人の言葉にソフィアは口を塞がれながらも、暴れて抗議をしている。
体つきは成人男性にも負けていないが、こんなんでもまだガキだからな。
俺は部下に指示を出しソフィアの口を塞いでいた縄解いてやる。
「あんたたち!私が誰だかわかってるんでしょうね⁉私はマンティス侯爵家の令嬢にして次期王妃のソフィア・マンティスよ!こんなことしてただで済むと思ってるの⁉」
……解放早々にやかましいな……やはりもう一度口塞ぐか?
「わかったわ!さては私を襲う気ね⁉私の美貌に目がくらんだのね⁉」
「んなわけねえだろ……なあ?ボス。」
「さて、どうだろうな?」
「え?ボス、こんな醜く太った女が好みなんすか?」
「容姿の好みは人それぞれだ、少なくとも俺は容姿で抱くか決めるなんて歳はとっくに過ぎてるさ。」
「ボス、歳いくつっすか……」
と言っても、それを踏まえてもこいつは欲情なんて考えられないほど中身が醜い。
マンティス家の情報はある程度持っていたが、こいつ自身の事はあまり知らなかったので対立した際に調べてみたのだが、まあ色んな所業が湧いて出てきた。
婚約者がいるからと誘いを断った男の婚約者と妹を、女好きで知られる男の家に嫁がせたり、気に入らない令嬢の飼い犬を自分の家で飼っているモンスターと戦わせ殺したりと子供ながら随分とエグイ事をやっている。
以前に聞いた、こいつを注意して以降、家から出てこなくなったとされる教師は、どうやら裏社会の方で賞金を懸けられており、色んな奴らから狙われ外に出られなくなってるらしい。
「まあ襲うってのは冗談だが、お前にはここに暫くはいてもらう、少なくとも賊に攫われたことが王族の耳に入るくらいにはな。」
「それって……」
流石にこいつも気づいたか。
王族ってのは貞操にこだわりがあるらしいからな、妃になるものは処女じゃないと納得いかないらしく、少しでも疑いがあればその時点で候補から外れる事もある。
だから、王妃争いから引きずり下ろすには処女を奪うのが最も手っ取り早いとも言える。
ただ、本当に襲う必要はない。要は疑いをかければいいのだから。
こいつをここに一週間閉じ込めた後、街中に放り出して、賊に攫われたことを国中に広める。
女性が賊に攫われたとなれば、当然貞操を疑われる。
噂と言うものは怖いもので、その対象が有名で悪意のある噂であればあるほど、簡単に広まる。当然侯爵は攫われた事を隠そうとするだろうが、完全にもみ消すことは難しいだろう。
後はマルクト自身がそれを口実に婚約を断り、エマとの関係を伝えればこの計画は成功と言えるだろう。
まあ、養子の手続の関係で即婚約とはいかないだろうが、決めた女がいる事だけ、伝えておけば問題ないだろう。
他にも色々問題が出てくるだろうが、そこからはこっちの仕事だ。少なくともマンティスは裏を仕切っていた暗躍部隊がいなくなったことですぐには動けないはずだ。
「と言うわけだ、せっかくだからここでゆっくりしていくと言い。」
「ふざけんじゃないわよぉ⁉この獣どもめ!一体、誰に頼まれたのよ!」
「さて、誰だろうな?身に覚えは腐るほどあるだろう?」
そう言うとソフィアが鬼の形相を浮かべブツブツ言いながら考え込む、恨みなら俺が知っていること以外でも腐るほど買ってるはずだ、候補なんて絞れないだろう。
「他の貴族が私に逆らうことなんてしないはず、という事は恐らく頭の悪い愚民共の可能性が高いわね?さてはこの前私の街で露天を開いていた小汚い村人?臭かったから村ごと焼いた事を逆恨みしてるんだわ!」
……
「でもあんなゴミに賊を雇う金と知能があるはずないわ、ならこの前の商人かしら?私の大好物の蜂蜜を切らしていたから、罰として子供をゴブリンの巣穴に放り込んだ事を根に持ってるのかもしれないわ。」
…………
「でもあんな絶望的な表情をしていた奴にそんな意気地があるとは思えない、なら私達の専属を断った冒険者?専属を断った罪で仲間を犯罪者奴隷にした事を恨んでるのね!」
「……おい、予定変更だ。剣を貸せ。」
「え?は、はい……」
戸惑う部下の一人から剣を借りると、俺はこの状況下でも騒ぎ立てる愚かな女に近づく。
「いずれにしてもゴミの分際で私を貶めようと考えること自体おかしいのよ⁉こうなったら怪しい奴をかたっぱし――」
「おい」
「なによ⁉」
俺の声に反応してソフィアが顔をあげると、俺はその顔目掛けて素早く剣を二度斬りつけた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!血が⁉私の顔がぁぁぁぁ」
顔を斬りつけられたソフィアはその痛みに血を振りまきながらのたうち回る。
どうやらこいつは俺が思っていた以上に腐っていたらしい。
俺はそのまましゃがみ込むと、暴れるソフィアの髪を引っ張り強引に動きを止める、そして斬りつけたその顔を覗く。
傷は額から顎まで綺麗に斜め直線に切れており、見事なバツ印になっている。
暴れ回ったこともあり、傷口は大きく開いている。これなら傷跡はしっかり残りそうだ。
ただ、ここは異世界、回復魔法やポーションを使えば消えるかもしれない。
俺はアジトを照らす松明を一つ手に取ると、ソフィアの顔に近づける。
「え?な、なに?何をする気?、ま、まさかやめ――ぎゃああああああああああああああああ」
俺は傷口をなぞるように火を顔に当てると、ソフィアの女性とは思えない悲鳴がアジトの中に響き渡る。
傷口は焼かれて出血は止まるだろうが、怪我させるのが目的じゃないので問題はない。
目的はあくまでこいつの顔に、消えない痕を残すことだ。
女の顔を傷つけるだなんて、男として恥じるべき行いだが。恥を忍んででもこいつにはそれ相応の制裁を加えるべきだだと判断した。
俺はソフィアの悲鳴を無視して、そのまま続けるとソフィアの顔には綺麗なバツ印の火傷痕が付いた。
「……よし、こいつはもういい、明日王都にある侯爵家の前に捨ててこい。そして町中にこう広めろ、侯爵令嬢のソフィア・マンティスは賊に攫われるも、その醜さ故に顔を斬りつけられ、何もされずに解放されて貞操は無事だったってな。」
そう伝えると周りから嘲笑が聞こえを、ソフィアは小さく唸りながら倒れこんでいた。
予定していた作戦とは少し違うが、これでも計画に支障はないだろう。
これがガキは殺さないと決めている俺のできる最大限の譲歩だ。