告白②
マルクトが初めてエマと出会ったのは、ただの偶然だった。
三年に進学したのに合わせて、保留され続けていたアンデス・ノイマンから縁談の話を正式に断られると、それをきっかけにマルクトの周りには、大勢の女性たちが押し掛けてきた。
学園に通う女子学生は勿論の事、年上の女性からまだ幼い令嬢まで、数多くの貴族から縁談が持ち掛けられ、マルクトの近くには常に女性の影があった。
当時のソフィア・マンティスは、兄であるルクスの方にアプローチをかけていた事もあって、接触はなかったが、ソフィアの様な女性は他にも多くおり、マルクトはそんな女性たちからのアプローチに嫌気がさしていた。
彼女と出会ったのはそんな時だった。押し寄せる女子生徒から逃げた先にあった人気のない花壇で、彼女は一人花を眺めており、その姿にマルクトはつい声をかけてしまった。
女性の間で話題の人物であるマルクトが声をかけたのにも関わらず、エマの反応はかなり薄かった。
どうやら彼女は自分の事を知らなかったようだ、だがその後正体がバレた後も、態度を変えることはなかった。
普通の男爵令嬢なら身分の差に距離を置いてしまうことが多いのだが、彼女は逆に避ける方こそ失礼だと考え、ごく普通の友人のような態度で自分と接していた。
それからだろう、彼女に興味を持ち始めたのは。マルクトは何かしら理由をつけては彼女に会い、そして次第に惹かれていった。
顔に似合わず意外と豪胆な一面があったり、顔に似合った可愛らしい一面もあった。
基本は花壇で話をするだけだったが、時には二人で町へ繰り出し似合いそうな服をプレゼントしたりした。
流石に公の場でダンスは誘えなかったが、ロミオの計らいで夜に二人でダンスを踊ったのは学園生活で一番の思い出だ。
だが、ソフィアがルクスから自分へ乗り換え始めると、次第に他の令嬢たちも自分から距離を置き始め、そしてエマの存在が目立つようになってしまった。
エマは他の令嬢たちから嫌がらせを受け始めた。マルクトは何とかやめさせようとロミオと動いたが、逆に交友すること自体を否定され始めた。
立場を考えれば、周りの声の方が正しいのだろう……だが、どうしても踏ん切りがつかなかった。
そして徐々にソフィアのアプロ―チが強くなると、エマに近づくことすらできなくなっていった。
それに合わせるかのように、エマへの嫌がらせは徐々にエスカレートしていったようで、久々にエマを見つけた時はあの明るい性格が鳴りを潜め、まるで気弱な令嬢の様になっていた。
このままでは、エマの精神が危うい。
そんな時だった。彼女の従姉妹であるマティアス・カルタスが現れたのは。
彼女は平民との間に生まれた婚外子でありながら堂々とした態度で振る舞い、他の令嬢たちからエマの事を守り、そして支えてくれた。
王子である自分にすら態度を変えず、向き合えない自分に怒りを見せた。
ロミオはこれを機と言わんばかりにエマとの関係の修復を進めようと動いていたが、逆にそれがマルクトの中で決定打となった。
自分の代わりに傍にいてくれる存在がいる、ならば彼女のためにも身を引こうと……
……だが今、眠っていたエマを見た瞬間、そんなこと全てがどうでも良くなっていた。
「エマ、大丈夫か?何かされなかったか?」
「はい、皆様方が駆けつけてくださったので。」
そう言って、兵士たちに状況説明をしている冒険者たちをの方を向く。
「そっか……良かった。」
「それより、マルクト様。私、マルクト様が好きです。」
「……え?」
「こんな状況下で何言ってるんだって思うかもしれませんが、次会った時に言うと決めていたんです。マルクト様といられるなら、どんな立場でも構いません。私は傍にいるだけでいいんです、城の使用人でも毒見係でも、だから……傍にいさせてくれませんか?」
唐突な告白に思考が停止する、それは今まで考えていた迷いも何もかもを全否定されたような感覚でまるで答えなんて一つしかなかったように思えた。
――いや、実際答えは一つしかなかったのだろう。
「……ハハハ、最低だな僕は……女性側からそんなことを言わせるなんて。」
その言葉はとても頼もしくて、男らしい言葉に思えた。きっとマティアス嬢に影響を受けたのだろう。そんな彼女の告白には格好いい言葉で返したいと。
「エマ、私も君が好きだ。君といるためなら、私は……いや、僕は王子の身分を捨てる!」
「……え?えぇ⁉そ、そんな、いけません!私のせいで王位を捨てるなんて――」
「構わない、エマと一緒にいられるならな。」
――身分が違うなら自分が降りれば良かったんだ、何故そんな選択肢が思い浮かばなかったのだろう。
今更ながら悔いるばかりだった。
「やっと、漢らしいところを見せたわね。」
その言葉に奥の扉の方に顔を向ける、するとそこには薄汚れたエマの従姉妹であるマティアスと、何故か浮かない表情をしているロミオの姿があった。
「まあ、及第点と行ったところかしら、私としては強引にでもエマを王妃にして反対するものを片っ端から処刑していくくらいの意気込みが欲しかったけど。」
「お姉様!ご無事でしたか⁉」
「ええ、問題ないわ。それより王子、今の言葉、二言はないわね?」
「マティアス嬢……ああ、勿論だ!」
マルクトは真っすぐ見つめて問いかける彼女の視線から逸らすことなく答える。
「……エマの方は?」
「私も、マルクト様と一緒にいられるなら、平民でも何でも構いません。」
マルクトとエマの答えを聞くと、マティアスは暫く黙った後、小さく息を吐き微笑を浮かべた。
「そう、わかったわ。なら、王子が身分を捨てる必要はありませんね。」
「え?」
「実はね、エマにマリスからカルタス家へ養子の話が来てるわ。」
「へ?よ、養子ですか?」
「そう、元々あなたが王子と懇意にしているという話を聞いた時にマリスが動き出していてね、あなたの両親も了承済みだし、私がわざわざこの学園に来たのも真意を確かめるためよ。」
確かに、カルタス家は伯爵家と少し格は落ちるが元侯爵家で歴史ある貴族である、決して猛反対されるほどではないはずだ。
「二人は結婚できるし、カルタス家は王族と繋がりができる、お互いメリットがあるからね。」
マルクトはその話に驚きを見せる。
確かに話的にはその通りなのだが、マルクトの知るマリスはそのような事を考えるような人ではなかったので、その提案は少々予想外だった。
「でもそれなら初めから言ってくれれば……」
「そこは、私の判断ね。身分や立場に振り回される様な男にこの先、エマを守れるとは思えないしね」
「うっ……確かに……」
それはごもっともな話だろう。
王子との縁談だけならともかく、マルクトは王位継承権を持っている、そうなれば当然反対してくる貴族もいるし、第二王子の派閥の者たちもいる。そんな者たちが狙ってくるとすれば、元男爵令嬢のエマとなる。
「で、でも、そうなるとカルタス家はソフィア様……マンティス公爵家と相対する事になるのでは?」
エマの言葉に同意する。派閥のない伯爵家のカルタスと大きな派閥の頭である侯爵家マンティスでは、力の差は歴然である。
今回の件でマンティス侯爵を立件することができればいいが、それも難しいだろう。
「それを考えるのはマリスであってあなたではないわ。安心しなさい、今のカルタス家はあなたが思っているより遥かに強いから。」
そう言って余裕の笑みを見せる、理由は分からないがその笑みを見ると何故か安心感が芽生える。
「それで、どうする?」
「勿論受けます!」
「よろしい、それじゃあ王子、一つお願いがあります。」
「なんだ?」
「今回の件の公表は伏せてください。」
「え?しかし……」
「この事が公に知られれば、エマの貞操が疑われてしまいますからね。どうせ、黒幕の足は掴めません、それならばなかったことにした方が得策です。」
「た、確かに……だがそれでは。」
隠ぺい工作ともいえるのではないだろうか?そう思ったが、マルクトは口にできなかった。
「『噂』って言うのはとても厄介ですから。誰にとっても……」
こうしてこの事件は、隣町にいたごろつきたちによる、ただの人攫いの事件として幕を閉じる事となった。