告白①
「はぁ、はぁ……殺ったか?」
床にジェットを頭から叩きつけると、俺は呼吸も整えぬまま、倒れたジェットの顔を見下ろす。
……ジェットは口を開けたまま白目をむいて動く気配はない。
しゃがんで体を少し触れてみる、呼吸は……していない。
首の骨が折れ、脈もない。俺は死んでいることを確認すると、最後にジェットの瞼をそっと閉じた。
「……終わりましたか?」
タイミングを見計らったように声をかけられると、声が聞こえた入口の方へと顔を向ける、そこには返り血を浴びて、血まみれになったメーテルが待機していた。
「そっちも終わった様だな。」
「ええ、つつがなく。それよりもその格好……なんともお可愛らしい事で。」
「……なんだ、わざわざこの格好を見に来たのか?」
俺は女性の様に軽く髪を靡かせる、流石にこの格好にも慣れてきたからな、今更恥じる事もない。
「ふふっ、まあそれも理由の一つですがそれとはまた別で……どうやらもうすぐ王子達が来るみたいですよ。」
「そうか、思ったより早かったな。」
予定では後二、三日はかかると思ったが……まあ問題ないだろう。
「ですので、私は一足先に失礼しますね。リアムはともかく、私はこの体を見られると厄介ですから。」
そう言ってメーテルが自分の体にある黒い鱗に触れる。
「わかった、ならついでにこいつも持って帰ってくれ。」
俺はジェットの遺体を持ちあげると、腕に抱えてメーテルに渡す。
「あら?ゴミ箱行きですか?」
「いや、こいつは丁重に葬る。」
このままにしておけば周囲の賊と一緒に衛兵達に適当に捨てられるだろう。
一対一でで闘い合った間柄だ、こいつらと一緒にされたくはない。
「わかりました、では――」
メーテルは頭を下げて遺体を受け取ると、天井を突き破りその場から去っていった。
それを見送った後、俺は脱ぎ捨てた服を着直しそのままゆっくり目を瞑る。
そして暫く瞑想して気持ちを整えると、ティア・マットからマティアス・カルタスへのスイッチを切り替えた。
――
「ここか?」
「どうやらその様だな。」
エマ達が連れて行かれたとされる街に着くと、マルクトとロミオ一行は街の兵士に案内されて、スラムにある、賊たちの根城へとたどり着く。
護衛として連れてきた兵士達が全員手に武器を持っていることを確認すると、マルクトとロミオは頷き合う。
そしてマルクトが突入の合図を出すと、兵士長を務める男を先頭に兵士たちがそのまま中へと突入した。
「な⁉」
「こ、これは……」
するとそこには、惨劇でも起こった様な眼を覆いたくなる光景が広がっていた。
辺り一体血まみれであちこちに死体が潰れた形で転がっている。
そしてそんな状態の部屋の中心には唯一の生存者と見られる集団がいた。
兵士達が、一斉に取り囲むとその女性達に武器を向ける。
すると女性は慌てて両手を挙げて自分が無害である事を示す。
「あ、私は敵ではありません」
「お前たちは何者だ?」
「あっしらはツルハシの旅団というしがいない冒険者で、アニ……じゃなかった、マティアス様の命によりエマ嬢を助けに来たんです。」
「マティアスだと?」
その名前を聞いた二人はすぐに警戒を解き、兵士たちの武器も降ろさせる。
そして彼女たちを改めて見ていると、その足元に横たわるエマを見つける。
「エマ!」
マルクトがエマの元へ駆け寄るとそのまま抱きかかえる。
「心配ありません、ちょっとこの光景はお嬢様には刺激が強いと思って眠らせただけですから。」
女性はそう説明すると、魔法を解く。するとエマがゆっくり目を開けた。
「エマ、無事か?」
「……マル……クト……様……?……マ、マルクト様⁉︎一体どうして⁉︎」
「兵士から連絡を受けて駆けつけたんだ、無事で良かった。」
「無事……あ⁉そういえば、お、お姉様は?マティアスお姉様は!」
「なに⁉マティアス嬢もいるのか?」
エマの言葉に、ロミオが声を荒げる。
「は、はい。お姉様は私を庇って、あの扉の奥へ連れて行かれました。」
「クソっ」
「あ、おい――」
話を聞いたロミオはマルクトの声を振り切り、エマが指差す扉へ急いで入っていく。
中に入るとそこは独房のように鉄格子が並んでおり、その中には霰もない姿の女性達が入れられていた。
――なんて胸糞悪い場所だ!
ロミオはマティアスがいないか鉄格子を覗きながら奥へと進む。
しかし鉄格子の中に姿はなく、その突き当りにある扉を見つけるとロミオは勢いよく開けた。
するとそこには入口と同じようにあちこちに死体が転がっており、その中で一人、薄汚れたマティアスが立っていた。
「マティアス!無事か」
ロミオがマティアスの元へ駆け寄るも、衣服が少し乱れており、思わず視線を逸らす。
「ロミオ様?私は無事ですよ。」
あっけらかんと言うので少しホッとするがよく見てみると、彼女の手から出ている血が床に滴り落ちていた。
「手を怪我してるじゃないか⁉」
「ああ、大丈夫です、こんなの怪我のうちに入りま――」
「大丈夫なわけないだろ!」
マティアスの言葉を遮り一喝すると、ロミオはそのまま膝を付き、自分の服の袖を破って包帯代わりにして止血をする。
「マティアス嬢……君が今までどう生きてきたかはわからないが、もう少し自分を大事にしてくれないか?」
「大事にとは?」
「もうこの様な無茶をしないでくれ。」
「無茶をするなとは随分無茶なことを言いますね?では、このような時はどうすればいいのですか?」
マティアスの問いに対しロミオは暫く黙り込む。
「……俺が君を守る。」
「……はい?」
「この一件で分かった、マティアス・カルタス、俺は君が好きだ!だから、一生守らせて欲しい。」
そう言うとロミオは血まみれの手を両手で優しく包みマティアスをジッと見つめる。
「もう君をこんな危険な目に合わせたりしない。」
恥ずかしさに頬が熱くなり瞳は震えているが、放さないと言わんばかりに、視線だけは決してそらさない。
そんなロミオをマティアスも見つめ返す。
「……どうやって?」
「え?」
マティアスが口を開いたその瞬間、ロミオは胸ぐらを掴まれたと思うと、そのまま足を払われ床に転がされる。しかし頭は床にぶつかることなく、直前で止められる。
そして目の前には今にも触れそうな距離にマティアスの顔があった。
「面白いこといいますね、人っ子一人殺したことないガキが、どうやって私を守ると言うんです?」
「それは……」
そう言って彼女は笑みを浮かべる、それは嬉しさのようなものから来るものではなく、嘲笑に近いものに感じとれ、ロミオはただ漠然としていた。
「綺麗事っていうのは、綺麗に生きてきた人間にしか響かないんですよ。汚れている人間は現実が見えてますからね。真っすぐに思いを伝えてくださるのは嫌いじゃないですが、残念ながら私はあなたに微塵も興味がありません。」
マティアスはロミオの胸ぐらから手を離すと、立ち上がって背を向ける。
「では行きましょう、最後の仕上げが残っていますから。」
そう言い残すと、マティアスは何事もなかったかのように一人先に部屋を出ていった。