臆病者
ゼビウスは今まで一度も敗北をした事がない。
何故ならゼビウスにとっての勝敗というのは即ち、生か死だからだ。だから生き残ることさえできれば撤退も逃亡も敗北ではない。
……では、今の状況はどうだろうか?
ゼビウスは目の前の光景をただ茫然と見ていた、手に付着した返り血を舐めるメーテルと言う名の女は、自分が鍛え上げた自慢の部下達をいとも簡単に叩き潰した。
作戦など考えたところで全く意味を成さない程実力に差があり、一歩でも動けば死ぬ。
いや、何かしら考えた時点で死ぬかもしれない、そんな事を彷彿させるほど絶望的な状況である。
ゼビウスは計画を立ててから実行に移すまで、エマ・エブラートやマティアス・カルタスについて時間をかけ念入りに調査をし、背後で動く竜王会の存在もしっかり把握していた。
ソフィアからの催促で時期を早めたとはいえ、油断も見落としもなかったはずだ。
なら何故このような状況に陥ったのか?
まず一つ目はこのつるはしの旅団達の存在だろう。
行動に移してから現れたこの者たちに関しては、調べる時間も少なく、D級と言うランクに油断があった。
きっとこの者たちはこういう時のために存在するパーティーなんだろう、これに関しては相手が一枚上手だったという事だ。
だがこの程度の不測の事態は十分対処できたはず、問題だったのは目の前にいる女の実力が規格外すぎた事だ。誰も予測不可能で対処もできない存在、もはや天災と言っていいかもしれない。
――さてどうするか?
どうやったって死ぬ運命だ、だがゼビウスは死に恐れなどない、それなら玉砕覚悟で皆と共に挑むのもありかもしれない。
強者に挑みそして散る、影として生きてきたゼビウス達にとっては華々しい最後かもしれない。
――いや、それは無理だ。
ゼビウスは即座に否定する、それは相手が戦士だったらの話で目の前の女はそんな類ではない文字通り怪物なのだそんな相手に挑んだところで、それはただの無謀である。
――ならば交渉する余地はあるだろうか?
いや、あろうがなかろうが、言葉を話した瞬間に殺されると言う可能性がある以上、口を開くのも難しい。
そう考えると、今ゼビウスにできることはただ向うの出方を待つことだけだった。
「あの、お姉様、せっかくですし、この者たちを仲間に引き入れるのはどうでしょう?」
すると、部下達の死体を見下ろしながら顔を引きつらせているリアム・ノーマが口を開き姉と呼ぶメーテルに恐る恐る提案する。
「あら、どうして?」
「あ、はい、えーと、私たちには『イービルアイ』がいるとはいえ、組織が大きくなり諜報部隊の戦力不足が否めません、彼ら程の実力者なら十分戦力になると思います。」
リアムは死体を横目でチラチラと見ながら説明する。
どうやら、リアムの方は、こう言う惨たらしい殺しにあまり慣れていないらしい、恐らくこの提案も仲間に引き入れたいのではなく、同情心からの提案だろう。
だがそれでも生き延びるチャンスがあるかもしれない。そう考えていると、少し自分の鼓動が高鳴っているのがわかる。
「ふむ、そうね。確かにこの戦力がいたら組織としても大きいかもしれないわね。」
「では――」
「でも駄目よ、だって彼らは古くから大貴族に仕える誇り高い暗躍部隊だもの。まさか、死ぬのが怖くてこちらに寝返るなんて情けない事するわけないでしょう?ねえ、隊長さん?」
「……」
そう言って、メーテルが妖艶な笑みを浮かべながら問いかける。
ここで否定して命乞いをすれば、自分達は助かる事ができる、だがそれは、生き延びたではなく生かされたという事だ。ゼビウスの考える勝ちとは言えないだろう。
ただ……生きる希望を見出したゼビウスは自分の鼓動の高鳴りがどんどん高くなっているのがわかる。
――……そうか。
ゼビウスは自覚する、死など怖くないなどと言っておきながら生き残れる希望が見えた途端早くなった鼓動。
どれだけ頭の中では言っていても、やはり自分は死が怖いのだろう。
死にたくないから失敗しない様に念入りに動き、生き残ることを勝ちと言い聞かせ、そして都合のいい御託を並べて逃げる口実を作り、今まで生き延びてきた。
そんな自分は誰よりも臆病者だ。
ゼビウスは動く事なく部下たちの様子を横目で見る、全員無表情を装っているが自らが忠実な殺人人形に育て上げた部隊だ、他の者たちがどういった回答を望んでいるかすぐにわかった。
――……
そして、少し間が開いた後ゼビウスがゆっくりと口を開く。
「……ああ、勿論だ。」
……ゼビウスは最後まで言葉選ぶことはできなかった。
――
マティアスの持つ魔剣が消えてからジェットは慎重に戦いを進めていた。
何かの罠の可能性が高いが、今の所そんな様子はなく、ただ、魔剣が無くなっただけの状態となっている。
――もしかして、何かしらの制限でもあって使えなくなっただけなのかもしれない。
そう考え始めたジェットは一気に蹴りをつけるため、自分の剣にマナを集中させる。
……しかし、剣にマナは集まらなかった。
「剣にマナが集まらない?」
それだけではない。
剣どころか、自分が使える数少ない魔法である身体強化の魔法の効果も消えていた。
「俺のマナが消えた?何が起きたというのだ?」
相手の力を無効化するスキルや魔法など聞いたことがない。
「簡単な事だ、この部屋のマナを全て、魔剣が喰ったんだよ。」
ジェットの自問にマティアスが答える。
「魔剣が……食らっただと?」
「ああ、今この空間には微粒子レベルまで分散された魔剣が飛び散りこの空間のマナを食い尽くしている」
「つまり、消えたのではなく、見えぬほどまで小さくなっているという事か……」
――どこまでバカげた剣だ、いや、もはや剣と呼ぶのも馬鹿らしい。
「だが、その言いようだとお前も魔法が使えない事になるぞ?」
今の話ではこの部屋のマナがないという事だ、なら自分だけでなく相手も使えないはずだ。
「ああ、勿論だ。」
そう言うとマティアスがこちらに勢いよく突っ込んでくる、だがその速度は先ほどと変わらないままで、ジェットはその速度についていけず、そのまま腹部に拳が入る。
「ガハッ」
まるでハンマーで殴られえたような痛みが腹部を襲うと、ジェットは吐血しながらその場で膝を崩す。
「バ、バカな、寧ろ威力が上がっているだと⁉︎」
「俺がいつマナを使ってるなんて言った?」
――……何を言っているんだ?
マナと言うのは魔法やスキル、魔道具などにも用いられて生きていくに欠かせない物で誰もが使っている、それが使えないのは無能だけ……
「……まさか⁉︎」
ジェットの考えを肯定するかの様にマティアスがほくそ笑む。
「 無能の世界へようこそ、ここからは小細工なしのぶつかり合いと行こうじゃねえか。」