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メーテル・ノーマ

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ジェットが声を上げながら炎を纏った包丁のような大剣を大きく横に振ると、マティアス・カルタスは令嬢とは思えぬ動きでそれをしゃがんで躱し、そのまま足払いに繋げると、続けて立ち上がりながら魔剣を振り上げる。

 ジェットはそれらを全て避けて後退した後、素早く地面を蹴り、炎の剣で立ち上がり際で体勢が整っていないマティアスに斬りかかる。

 だがマティアスはそれを器用に仰け反りながら魔剣で防ぐとジェットの顔が歪む。


 ――クソ、マナを吸う剣か、厄介だな。


 ジェットは距離を取り、マナを吸われ荒くなった呼吸を整える。


 ジェットの持つ剣は見た目こそ大きいが、実際は軽い素材でできており、なまくらと呼ばれるほど脆い。

 だがジェットはそれを自身の持つ多大なマナでコーテイングし硬化や魔法を纏わせたりして補強している。

 これは一般の人間よりマナが多いが魔法が不得意な、ジェットが編み出した我流の剣術であり、それは剣を依り代に精霊の力を使う聖剣に近いものと言える。


 それだけに、聖剣と相対する魔剣とは非常に相性が悪い。

 そして問題なのはそれだけじゃない、今戦っている令嬢もジェットにとっては厄介な相手である。

 ただでさえ魔剣が厄介なのにも関わらず、マティアスは剣だけでなく体術の得意としているようで、この部屋の空間や机、更には死体といった視界にあるもの全てを利用し、蹴りや魔剣を拳に変えて的確に急所を狙ってくる。

 このような戦い方をしてくる相手は今まで傭兵として幾多の戦場を渡り歩き、多くの人間や魔獣と戦ってきたジェットと言えど初めてで動きが読めない。


 –―さて、どうするか


 ジェットが改めてマティアスをまじまじと見る。

 異性に対し裸体を晒しておきながら、一切の恥じらいを見せないその堂々とした姿は、美しい容姿をしていても男らしく見える。

 そして背中に描かれた、変わった画風のタトゥーは令嬢とは違う別の風格を感じさせた。

 防具どころか衣服すらつけていないその姿は、一撃でも入れば簡単に殺せそうだが、片腕であるにも関わらずその一撃を入れることが簡単ではない。


 普通の相手なら連撃や力で強引に防御を崩し隙を作ることも可能だが、魔剣に触れればマナを吸い取られるため、難しい。

 何度もぶつかればマナのコーティングも解ける、そうなればこの剣はただのなまくらになり、あの魔剣の一撃に耐えることができないだろう。


 ――ならば……


 ジェットが上に向かって斬撃を飛ばすと、マティアスの頭上に崩れた天井が落ちてくる。

 マティアスがそれに目を向け避けると同時にジェットは素早く背後に回り込むと、そのまま背中に斬りかかる、しかしマティアスはこちらに顔を向けないまま、魔剣で受け止める。

 その動きはこちらが見えているというより、体が勝手に動いたように思えた。


 ――そうか、この剣には意思があるのか。


 ジェットは舌打ちしながら再度距離を取る、すると魔剣が形を変えたかと思うとそのまま霧になって消えていった。


「……マナを吸うだけでなく、形すら変幻自在とは、とても剣とは思えないな。」

「うちの剣は根性あっからな、姿形くらい変えることなんてお手のものだ。」

「ハハハ、剣に根性論ときたか、面白え!」


 相手の様子を見るに、魔剣が無くなった訳ではないのだろう。


 ――ならば、どこに消えたというのだ?


 次の動きが読めぬまま、ジェットはマティアスに向けて、今度は氷を纏う剣を構えた。



 ―–


 ――なんだ、一体何が起きているというのだ?


 ゼビウスは今、自分の体に起こっていることに動揺を隠せずにいる。

 この裏の世界に足を踏み入れた時、ゼビウスはあらゆるものを捨ててきた。

 今更死など怖くはないし、失うものも何もない。


 ――ならば、何故今私は震えているのだ?


 答えは簡単だ、この女の存在に本能が恐怖を感じているのだろう。


「緑の髪色にあの黒い鱗……た、隊長、間違いありません!この女、竜王会幹部の一人、メーテル・ノーマです!」

「メーテル……ノーマだと⁉︎」


 動揺してか、部下が声を出して伝えてくる。

 竜王会には組織のトップである『ティア・マット』以外に国際指名手配を受けている三人の賞金首がいる、五大盗賊ギルドの団長二人を初め、名のある冒険者や敵対組織の幹部を次々と殺害している処刑人の異名を持つ『アルビン・ヴィクスン』

 竜王会のナンバー2であり、ティア・マットの右腕としてを各地の指揮を執っている『ギニス・リーガル』

 そして、ノーマの血筋の人間を殺しまわり、たった一人で魔物のスタンピードを終わらせたと言う噂のあるティア・マットの切り札にして妻とも噂される『メーテル・ノーマ』である。

 噂の真偽は分からないが、ゼビウスは確かな情報からこのメーテル・ノーマがキングベヒーモスをたった一人で蹂躙したという話を聞いていた。


 通常のベヒーモスなら、この部隊でも倒した経験はあるが、キングベヒーモスは古代魔獣でありベヒーモスの上位種である。それを倒したとなれば少なくとも組織でも最強格なのは確かだろう。


 という事はやはり、マティアスは竜王会と関わっていたと言う事になる。しかも最強格が護衛するほどの重要人物らしい。


 しかし、何故竜王会がつるはしの旅団と言う冒険者に紛れ込んでいたのかがわからない、ギルドの受付をしていたリアム・ノーマがいる事も……


「……そうか、そう言うことかぁ!」


 考えられる事は一つ、つるはしの旅団自体が竜王会と繋がっていたと言うことだ。

 そして、自分たちは罠に嵌められたのだろう。


 ――流石にこれは予想外だ、S級冒険者と竜王会幹部を相手にするのは分が悪すぎる。


 作戦は失敗、今はこの事をマンティス侯爵に報告するのが最優先となる。


「く、全員撤退を……」

「あら、撤退なんてさせませんよ?そのためにあなた方が全員が出てくるまで、リアムが頑張ってたんですもの。」


 彼女の言葉通り、とても逃げられる状況ではない、背など向ければその瞬間に殺されるだろう。

 ならば、できることは一つしかない、この化け物に立ち向かい撤退することだ。

 毒、魔法、そして人質、あらゆるものを使えば、一人くらい逃げ延びることができるかもしれない。


「……ぜ、全員、直ちにせ――」


 ゼビウスが部隊に命令を出そうとした瞬間、グシャっという音と共に前衛にいた部下たちの首が消えてなくなった。


「な……」

「……すみません、なんか動きそうだったのでつい反射的に殺してしまいました。」

「お、お姉さま……」


 部下たちの返り血を浴びたリアム・ノーマが顔を引きつらせ、その様子を見てメーテル・ノーマはクスクスと笑っている。

 血まみれの部屋で微笑ましい光景を目にしたゼビウス率いる暗躍部隊は、まるで魂が抜けたかの様に呆然と立ち尽くしていた


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