好きだから……
手紙に従い、ディンゴファミリーの根城へ一人で乗り込むと、俺はエマを人質に取られたと言う名目で抵抗する事なく拘束される。
手を後ろに縛られる際に体を弄られ性別がバレるかと心配したが、案外バレないものらしい。
そして拘束が済むと、そのまま俺達は馬車の荷車に乗せられ、王都から離れていった。
「なあ、どうして隣町まで移動するのにわざわざ山小屋を経由するんだ?」
「確実に殺すためだってよ、最近アジトをが嗅ぎ回ってる連中がいるって話だったからな、すぐに殺すならいいが、上からの命令で暫く様子見をする必要があるらしい、それまでの間に居場所がバレないようにこうやって二手に別れて、撹乱しながら移動するんだよ。それにお前も殺す前に楽しみたいだろ?だから、誰にも邪魔されないところでたっぷり楽しんだ後、殺すんだよ。」
「へへ、成程、そう言う事か。」
……不用心な奴らだな。
俺達の見張りとして一緒に乗っている男二人が、俺達にも聞こえるような声で堂々と計画の話をする。
こちらとしては情報を提供してもらえるのはありがたいが、エマの方はその話を聞いて怯えたのか肩を震わせながら無言で俯いていた。
馬車は王都を出たあたりから早足で進んで行くと、そのまま道から外れた森に入り、その奥に建てられていた小さな小屋の前で止まった。
「とりあえず今日はここで一日待機だとよ。間違っても手を出すなよ?ジェットはクソ真面目だし、バラクスの野郎は抜け駆けすると後がうるせえからな。」
「へいへいわかってるよ、あいつ等うるせえけど、実力はあるからなあ。」
男たちは愚痴を言いながら、小屋の鍵を閉めるとそのまま声と足音が遠ざかっていく。
ここはどうやら木こり達が使っている倉庫のようで、小屋には窓も明かりもなく、道具や木材などが積まれていた。
さっきの話通りなら明日までここで待機か、時間は夕刻だからまだまだ長そうだ。
「……お姉様、ごめんなさい。」
二人きりになり、部屋が静寂に包まれると、俯いたままエマがポツリと呟く。
「私のせいで……お姉様まで危険な目に合わせてしまって……」
肩を震わせ振り絞るような声で言った言葉に、俺は否定も肯定もせず、ただエマの方を見て続きの言葉を待つ。
「心のどこかではわかっていたんです、私みたいな人間がマルクト様と一緒にいてはいけないと。でも、離れられませんでした。」
エマが一度言葉を止める、そして俯いていた顔を上げて涙にぬれた真っすぐな瞳で俺の方を見た。
「私……マルクト殿下のことが好きです。初めての出会いは偶然でしたけど、その後も何度も会う機会があって殿下の優しさや人となり惹かれていきました。初めは何度も出会って凄い偶然だななんて思っていたのですが、後からロミオ様から聞いた話では実は殿下が偶然を装って私に会いに来てたらしいんです。今思い返すと凄く露骨でだったのに、その時の私はそれに気づかなくて……」
きっとマルクトへの思いを言葉にしたのは初めてだったのだろう。
俺に思いを告げた後のエマは少し軽口で、マルクトとの思い出話を始めた。話している時のエマは当時の事を思い出してか自然と口角が上がっていた。
「二人っきりで買い物に行ったり、ロミオ様に教えてもらった喫茶店でお茶をして話したり、毎日が楽しく会うのがすごく待ち遠しかったです。」
しかし、その笑顔は再び影を潜める。
「……だから、傍にいられるのならと、どんな嫌がらせでも耐えて来ました……でも、こうして私だけでなく、私に優しくしてくれたお姉様にまで危険な目に合わせてしまって……やっぱり私のような身分の人間が、王子様を好きになるのがいけなかったんです!」
そう言ってエマはここへ来てずっと堪えてきたものが一気に崩れたように、大粒の涙を落として床を濡らしていく。
まあ、この状況なら精神的に参っても仕方ないだろう。
かと言ってせっかくお互い思い合ってるのに、ここで退かれても困る。
マリスの方もエマのために二人も婚約者作ったんだからな。
俺はそんなエマの弱音を遮るように少し大げさな溜息を吐いてみせる。
「はぁ~、馬鹿なことを言うのね、そんなこと言っていたら世の中全員悪人だらけよ。」
「ですが――」
「好きと言う感情に良いも悪いもないの、あるとすればその先、好きだからどうするのか、よ」
「好きだから……どうするか……ですか?」
「そう、好きだから触れるのか、好きだから離れるのか、好きだから好きだから奪うのか、好きだから護るのか。その裏表のない純粋な感情を磨くか汚すかはその後の行動にあるの。あなたは、好きだからどうした?」
「……私は、好きだから傍にいました……それが間違いだったのでしょうか?」
「そう、だったら王子も同罪ね、向こうも好きだからそばにいたんだし。あの王子のせいで危険な目にあってるんだから、帰ったら慰謝料を請求しないと。」
実際のところ、俺はあいつが悪いと思っている。
「マ、マルクト様は悪くありません!」
「だったらあなたも悪くないでしょ、彼を否定したくないなら自分を責めるのもやめなさい。」
そう言うと、エマも口も言葉を詰まらせる。
「で、ですが……」
「……それにね、もしそれで間違っていたとしても別にいいじゃない?例え間違った道でも迷いなく真っ直ぐに進めばそれが正しく見えるものよ。それが悪いと言うのなら、悪女になってやればいい。私はそう言う人間は嫌いじゃないわ。」
「お姉様……」
とりあえず伝えたいことは伝えたので、俺は横になり寝るふりをして話を切り上げる。
エマにも気持ちを整理する時間が必要だろうしな。
もし考えた結果、気持ちが変わらないのであれば、マリスには悪いがそれまでだ。
俺は座り込んだまま何かを考えるエマに背を向けて、その日はそのまま眠りについた。
――
夜も更け、灯りもない暗闇の森の中に男が一人立っている。
闇に紛れるための黒い衣装を身に纏ったその男は、離れた場所から森の中にポツンとたつ古屋を眺めた後、手を後ろに組みながら振り返る。
そして、そこにはマンティス家の暗躍部隊が整列していた。
総勢十五名で作られた暗躍部隊は一切の乱れも見せず、三列に分かれて整列すると、地面に膝をついてただ静かに隊長であるゼビウスの言葉を待つ。
「竜王会の動きはどうだ?」
ゼビウスが声をかけると先頭の男が、反応して顔を上げる。
「はっ、今のところ周囲に姿はありません、ですがその代わり令嬢達を乗せた馬車の後を冒険者達が追っています。」
「冒険者?」
その言葉に顔を顰める。
「はい、つるはしの旅団というDランク冒険者のようで、どうやらマティアス・カルタスがアジトへ行く前に依頼していたようです。」
「それはどのような冒険者なのだ?」
「はい、盗み見たギルドの情報によると、男三人、女一人のパーティーで、一年前ほど前から活動しているようです。主に薬草採取や賊退治などを主体とし、マリス・カルタスからの依頼もいくつか受けています。ですがそれ以外特に目立った事はしていません。」
「ふむ……」
実力のある冒険者なら一年もあれば遅くてもCランクになっているはず。
討伐依頼を出すには少し物足りない戦力ではあるが、こちらをただの賊だと考えているなら顔見知りの冒険者を使うのも不思議ではない……
ゼビウスからみたマティアス・カルタスのここまでの印象は、今のところ下町育ちの令嬢と言ったところであった。
世間知らずなところがあり、度胸もあって令嬢らしさがない。その分腕っぷしが立つがあくまで令嬢として強いくらいだ。
組織の影も、前の外出以降は特になくなっている。
――やはり、私の考え過ぎか?
そう思いながらもどこか不安の拭えない、ゼビウスは部隊に引き続き様子見の指示を出した後、同じように闇夜の中へと消えていった。