誘拐①
陽の沈み切った王都、多くの店が並び街の顔と呼べる中心街は殆どの店が営業を終了していた。
昼間は多くの人で埋め尽くされる街並みは姿を消し、今は何とも言えない静けさだけが漂っている。
ただ、それを踏まえても最近の王都の夜は人気がない、その理由はここ最近起きている女性誘拐事件に原因があった。
金髪、青髪の若い女性が身分問わず狙われ、行方不明となっており王都の兵士達を悩ませていた。
この国で金髪は主流とも呼べる色で、王都に住む女性の殆どが金髪である。
その事もあって街の人間は夜の外出を控え、夜がメインとなる酒場や娼館も早くに店を閉めているところもあった。
そしてそんな中心街に構えている宝石店『マダム』
王都でも人気のこの店は、今日も多くの婦人達がアクセサリーを買いにこの店を訪れており、いつも通りの安定した売れ行きで営業を終えている。
いつもならこの時間は明日の営業の準備をしているのだが、今日はこの店のオーナーであるマンティス侯爵の私用で使われているため、店の従業員は全員締め出され、店にいるのはマンティス家の令嬢であるソフィア・マンティスと、彼女に対し膝を付き頭を下げている黒ずくめの男のみとなっている。
その男の名はゼビウス。マンティス家の暗躍部隊の指揮を任されている男である。
マンティスが裏で動くときは常にこの部隊の存在があり、普段はマンティス家当主であるゴルド・マンティスに付き従っているのだが、今はソフィアとマルクトの婚約を成功させるためにソフィアの元へと派遣されていた。
「それで、一体どうなっているのかしら?」
ソフィアの座る来客用のテーブルには、まるでお茶会に並ぶような大量のお菓子が配置されており、ソフィアはそれを一人で貪りながらゼビウスに尋ねる。
喋りながら食べているので床には食べカスが散乱しており、ソフィアの前で膝をつくゼビウスにも降りかかっているが、ゼビウスは微動だにせず尋ねられた事だけを報告する
「ハッ、現在街では誘拐事件の話が浸透しつつあります、今なら青髪や金髪の女学生が行方不明になっても不思議ではありません。なのでいつでも実行は可能なのですが、些か問題が生じたことで様子を窺っているところです。」
ゼビウスの報告にソフィアは菓子を頬張りながらつまらなさそうに聞く。
本来であれば、マルクト達が城に行ったのを機に、エマとマティアスの二人を人攫いの『ディンゴファミリー』に襲わせる予定だったのだが、ここで予定外な出来事が二つほど起こっていた。
一つは標的の一人、マティアスが謹慎処分を受けて外に出ることが無くなった事だ。
どうやら派閥の令嬢たちが点数稼ぎでソフィアのために何かしら動いた結果のようだが、マティアスへの処遇はエマと同様既に決まっているので正直ソフィアにはどうでもいい事だった。
ただそちらに関しては大した問題ではない、所詮学生の嫌がらせの範囲なので、そう言う仕事のプロであるゼビウスが計画を修正するのは造作もない事。
問題となっているのはもう一つの方だった。
マルクトが不在の今、エマの傍にはマルクトが密かに付けた二人の護衛がいるが、マティアスの方には何故か別の勢力の影がある。
その勢力の名は『竜王会』
今裏で一目置かれている組織で、これが非常に厄介な存在である。
マティアスの周囲に配置された者達は、わざわざ自分たちの存在をこちらにちらつかせて牽制させてくる。
マルクトの護衛程度の相手ならば難なく処理できるが、竜王会の方はそう簡単にはいかない。
実力もそうだが、そもそもなぜマティアスについているのか、向こうの背景がわからない。
組織の独断か?それとも誰かの指示なのか?監視か?それとも護衛か?あまりにも情報が不足していて非常に動きづらい。
ただわかっているのは、マティアスに危害を加える立場ではないという事だ。
有力なのはやはりキャメロン侯爵家だろう。最近侯爵家の三男ビート・キャメロンと、カルタス家の当主のマリス・カルタスが婚約したという話が流れている。
ならば裏でビートの命で侯爵家が守っていてもおかしくはない。
ただそうなるとマンティス家と同等の敵の相手をすることになるので、簡単に手出しができなくなる。
ゼビウスは現在竜王会について調べているが、なかなか上手くいかず未だに計画を実行できずにいた。
その事をゼビウスはソフィアに説明するが、ソフィアにはあまり理解できていなかった。
「……そんな御託はどうでもいいのよ、結局いつ実行するのかを聞いてるの。」
ソフィアが苛立ちを見せながらゼビウスに尋ねる
現在マルクト達はマンティス侯爵の計らいもあって、王都の領地の視察に出ており暫く学園には戻っていない、とはいえいつまでも戻ってこない訳じゃない。
「……準備は整っていますのでいつでも行けます……が、本当によろしいのでしょうか?現時点でマルクト王子はソフィア様との婚約を前向きに検討しているという話です。わざわざリスクを背負う必要はないかと……」
「そんなの関係ないわ!マルクト様を誑かしたあの男爵令嬢と私に恥をかかせたあの平民の小娘、どちらも痛い目に合わせないと気が済まないわ!それにその二人は今、王都を賑わせている人攫いに攫われるのよ?私たちは一切関係ないわ。」
「……そうですな」
確かに周囲の排除はこちらでするが、最終的に二人を襲うのは、ディンゴファミリーと言う小悪党達だ。
――それならマティアスの方は奴らにやらせて、こちらは様子を見るか。
手に負えないような相手はこちらで対処するつもりだが、念のためディンゴファミリーにも手練れの用心棒を雇っている。
ならば護衛の方は、こちらで潰し、竜王会の方は奴らに任せて見るのも面白いかもしれない。
どうせ計画が終わり次第、ファミリー共々潰す予定なので別に失敗したところでこちらの足跡はつかない。
「分かったらすぐにでも実行しなさい。」
「御意……」
そう返事をするとゼビウスは一瞬でその場から姿を消していった。
――
二週間と言う時間は、瞬く間に過ぎていき、もうすぐ謹慎期間も終わろうかと言う頃、俺はツルハシの旅団から送られてきた報告書を見ていた。
ここ一ヶ月、王都内で行方不明になったのは金髪の女性が五人、青に近い髪色の女性が一人の計六人。
割合から見るにやっぱり青髪というのは珍しいからか殆どが金髪の女性である。
だが、表に出された情報では青い髪と赤い色の眼と言うのが誇張されている。
犯人だとされるディンゴファミリーは、スラムに拠点を構えており、色々と暴れまわっているらしい。
あの程度の小物が随分デカい顔をするんだなと思っていたが、どうやら奴らは幾人かの用心棒も雇っているらしい。
恐らくディンゴファミリーだけじゃ心もとないとマンティスが手配した奴らだろう。その用心棒のリストを見るが、中には名のある賞金首もいる。
「あら、バラスクですか、随分懐かしい名前ですね。」
俺の後ろから報告書を覗いていたリネットが、用心棒の名前に反応を見せる。
「知ってるの?」
「はい、バラスクは影なき蛇にいた時の副長を努めていた男ですから。」
「……ああ、あいつか。」
そう言われてふと思い出す、時計塔で一度出会っているが、特に関りもなく終わったので印象などは特にない。
「抗争の時には気がつけばいなくなっていましたが、まさかこんなところで見つかるとは……」
「元同僚のよしみであなたが殺る?」
「いえ、特に因縁とかはないので。ただハッタリだったデオンと違って、実力は確かだったので、もし戦うなら注意を。なんならアルビンを呼びますか?」
「いや、いい。抗争中に逃げ出すような男じゃ、あいつも興味ないだろうから。」
俺はそのまま報告書を読み進める、どうやら情報によれば数日前にマンティスの人間がディンゴファミリーと接触したと言うことだ。となれば、近々動きを見せるだろう。
そう思い俺は謹慎しながら向こう出方を待つ。
そして翌日、俺の元には一通の差出人不明の手紙が送られてきた。