友情②
リーシェが階段から落ちたという話を聞いたリーラは、血相を変えてリーシェの元へと駆けつけてきた。
医務室のベットの上で眠る彼女は、幸いなことに命に別状はないという事だが、額の怪我は完治しても小さな傷跡が残るという話だ。
女性の顔の傷は例え小さな傷でも女性としての価値を大きく落とし、社交界や縁談で大きな足枷になるだろう。
――私のせいだ、私がリーシェを信じられなかったから……
自分が見放したせいだとリーラは、肩を震わせ悔やんだ。
幼い頃から周囲に同世代の子供がいなかったリーラにとって、リーシェとエレラは自分にできた初めての友人で、その分誰よりも大切にしてきた。
リーシェは活発な性格の自分と違い、優しくお淑やかでまさに小説のヒロインのような存在だった。
だから、彼女がマティアス・カルタスに虐げられているという話を聞いた時、リーラはそんな優しい彼女の分までマティアスの断罪のために積極的に動いていた。
その成果もあってか、マティアスは無事罰を受け、謹慎処分となった。
これですべて解決……そう思っていた。しかしその翌日、二人の女子生徒がリーラの下にやってきた事で状況は一変する。
二人の名はルナ・ラードとアルテ・ポカード、自分達より一つ上の先輩で、どうやら彼女たちはマティアスの友人らしい。
話によれば二人は、マティアスの無実を証明しようと動いているしているらしく、あの一件の話を聞くためリーラに会いに来たようだった。
リーラは二人がマティアスの友人という事もあって露骨に冷たい態度を取りながらも、リーシェがされた事について話した。
池に落とされたこと、階段から突き飛ばされたことなど、話しているだけでも苛立つ内容ばかりだ。
しかしそんな話を聞いた二人は、疑念の表情で少し考え込む、その反応にリーラは苛立ち、つい強い口調で尋ねた。
「貴方がたはどうしてあんな女を信じるのですか?」
話しただけでもこの二人が悪い人間じゃないのは分かる。
だからそんな彼女たちがあの悪魔のような令嬢とつるんでいるのが信じられなかった。
しかし、そんなきつい物言いのリーラに対しても二人は嫌な顔一つせずに答えた。
「そんなの、当然じゃない、私はあの子の友達なのだから。」
「……それだけ?」
「それだけって……それだけでも十分じゃない?」
「あなたが、リーシェさんを大切に思うように私達にとってもマティアスは大切な友人だから、だから私たちは信じてるの。」
そう言うと、今度は二人がマティアスの話をしてくれた。
虐めを受けていた従姉妹を庇いマンティス先輩と対立した事、そして二人がその諍いに巻き込まれないように距離を取って一人で戦っていた事。
自分の聞いていたマティアスは元平民で、貴族になった途端権力を振りかざしやりたい放題して、それが原因でマンティス先輩の怒りを買ったという話だったが、彼女たちが話すマティアスは別人のようだった。
どうせ、そんなものは作り話だとリーラは信じなかったが、マティアスのために動いている二人はとても嘘をついているとは思えなかった。
「じゃあ私達はこれで。」
「お話を聞かせて頂き、ありがとうございました。」
そう言って立ち去った二人の背中を見て、リーラの心に揺らぎが見え始める。
――だがそれでも、私はリーシェを信じる……
そう決めていたのだったが……
そして、それから二日ほど経つと、リーシェが何者からか再び嫌がらせを受け始めた。
犯人も見つからず、今はなるべく二人の傍を離れたくないと思う中、リーラは一人、職員室に呼び出されていた。
しかし、職員室に向かうその途中に、呼び出した教師に急遽予定が入ったと他の生徒を伝って連絡が来ると、リーラは首を傾げながらも二人の元へ戻ろうとした。
しかしそこでリーラは見てしまった、エレラがリーシェを池に突き落とすところを……
そして何故かエレラは、まるで他人事のように慌てたふりをしてリーシェに手を差し伸べていた。
何をしているのかわからないがとりあえず二人の元へ戻る。
周囲には人はおらず、誰がどう見ても突き飛ばしたのはエレラだったが、エレラはそれを否定し、リーシェもその言葉に同意すると、どこかへ走り去っていった。
そして次の日、リーシェは全てがマティアスの仕業と言い始めたのだった。
その必死の訴えに嘘だと思えなかったが、少なくとも自分が見たのは今回はマティアスではなかった。なのにリーシェはマティアスに罪を擦り付けてきた。
――まさか、本当にリーシェが嘘を?
親友の言葉に初めて疑念を抱いたリーラはリーシェに尋ねた。
すると疑われたリーシェは、鬼の形相でこちらを罵ると、自分を置いて二人で走り去っていった。
そしてそれ以降、二人とは距離をとっていたが、時間が経つにつれ、流れてくるリーシェの噂にリーラは心が揺れていた。
あの事件は自作自演だった。
そんな噂も流れていた。
どうせ、誰かが流した悪評のはず……なのだがエレラが池に落としたところを見ているリーラには、それが嘘とは断定できなかった。
――やはり、あの噂は本当なのだろうか?
思い切ってリーシェにを尋ねてみたが、当の本人は嫌がらせのせいか、それどころじゃないと言わんばかりに逆上した、そこにあの優しくてお淑やかな彼女の姿はなかった。
リーシェが嘘をついている。
その考えに傾きつつあった頃、リーシェが階段から落ちたと一報が届いのだった。
――……やはりリーシェは悪くなかった。
本当に自作自演なら、顔に傷を残すほどの事をするはずはない。
――リーシェは本当に誰かから嫌がらせを受けていたんだ……
リーラはリーシェを信じられなかったことを悔やむ、だが同時に真犯人の目星はつけていた
どんな時も彼女の傍にいて、そして自分の目の前でリーシェを池に落とし、階段から落ちた時も傍にいた人物。
リーラはその夜、エレラを呼び出し問い詰めると、寮内で大きな騒動となった。
――
「以上が報告になります」
「……思っていた展開と違うな。」
俺はリーシェ・グスマンの事の顛末を聞いて呟いた。
元々の予定は、リーシェ・グスマンが言っていた嫌がらせを実行し、精神的に追い込み、更に友人たちとの仲を崩壊させるのが目的だった。
情に熱いリーラ・レンフェルは信じていたリーシェの裏切りを知り、そしてリーシェに友情よりも愛情に近い感情を持っているエレラ・トーリンには共犯させることで罪悪感を持たせ三人の仲に亀裂を走らせる、ここまでが計画だった。
しかし、そんな俺の計画にはなかった予定外のことがいくつか起こってしまっていた。
一つはルナとソルテが独断で俺の無実を証明するために動いていた事だ。
このきっかけもあって、リーラ・レンフェルは予定よりも早く、リーシェに疑念を抱くきっかけになった。
これに関してはありがたいことだな。
問題はその次、エレラ・トーリンがリーシェを落とすところをレンフェルが目撃してしまった事とリーシェが階段から落ちたことだ。
どちらも計画に支障は出てないが、少なくともリーシェが怪我を負ったりレンフェルが、トーリンに矛先を向ける予定などは計画になかった。
これは偶然か?それとも……
「……ま、いいか。」
少なくとも目的は達成できた、今回に関しては深堀する必要もないだろう。
そう考えると俺は次の計画に動くことにした