友情①
「リーシェ!」
隣にいたリーシェの体が傾くのを見て、エレラが咄嗟に手を伸ばすも空しく、リーシェはあっという間に階段下まで転げ落ちていった。
すぐさま下まで降りたエレラが、額から流血しながら倒れこむ彼女を見下ろして膝から崩れ落ちる。
「ど、どうして、どうしてこんなことに……」
これは事故なのか?それとも仕組まれたことなのか?
普通であれば悩むようなことではないが、これまでの出来事がエレラを錯乱させていた。
――私はただ、リーシェを守りたかっただけなのに……
――
マティアス・カルタスが謹慎処分を受けた翌日、エレラは一人彼女から呼び出しを受けていた。
本来なら応じる事はないが、リーシェとは違いどこの派閥にも属さない子爵家のエレラには、後ろ盾もないので伯爵家であるマティアスに逆らうことができなかった。
それに呼び出しの理由は恐らくリーシェの事だろう、ならば余計に断ることはできない。
リーシェはエレラにとって初めての友人であり、そして憧れの存在だった。
東部地方の小さな町の領主であったエレラの家はあまり他の貴族と交流がなく、社交の場に出る機会がないまま学園に入学した。
派閥にも属さない、家柄も低く特徴のないエレラは他の貴族にとっては繋がるメリットもない、誰も彼女として関わろうとしなかった事もあって、なかなかクラスにも馴染めずにいた。
そんなエレラに声をかけてくれたのがリーシェだった。
彼女は落ち目の伯爵家と呼ばれる家柄で、家の評判はあまり良くないが、彼女自身は誰にでも愛想が良く、多くの友人たちに囲まれていた。
エレラはそんなリーシェに憧れ、隣に立つ友人として誇りに思っていた。
その交流の広さゆえに、時折男女関係でトラブルが発生したりもしたが、その時もエレラは同じく友人であるリーラと共にリーシェの隣に立って彼女を守り、そして支えた。
だから、そんな彼女に対し酷いことをしていた、マティアスをエレラは憎み、そして同時に恐れていた。
――どうにかして彼女から守らないと……
そんな決意でエレラは一人でマティアスに会いに行った。
部屋にいたマティアスは特に反省する素振りもなく、不機嫌そうに要件を話し始めた。
やはり内容はリーシェの事で、マティアスの話では自分はリーシェに嵌められたという事だったが、勿論信じるわけがない。
しかしマティアスはリーシェに報復をする事を伝えてきた。
カルタス家は自分の家と同じ中立派、いくら歴史のある伯爵家とは言え、マンティス侯爵家の派閥であるリーシェに簡単に手出しなどできるはずがない、そう思っていたが彼女の次の一言で状況が一変する。
「私、竜王会と伝があるの。」
その言葉にエレラは絶句する。
竜王会といえば貴族殺しと呼ばれた男が作った組織で、あのノイマン公爵の親族である、ビビアン・レオナルドを殺害し、五大盗賊ギルドを取り込んで急激に勢力を伸ばした組織で、学園でも話題になっていた。
そんな危険な組織と繋がりがあるとすれば状況は変わってくる。
それが本当かどうかなんてわからない。だが、いつも見せるあの余裕の態度、そして唐突に伯爵家に迎えられたという経歴を考えれば例えカルタス家には繋がりがなくてもマティアス個人として繋がりがあってもおかしくはない。
もしそれが事実であれば、マンティス侯爵はグスマンなど簡単に切り捨てるだろう。
言葉をなくし呆然とするエレラを見て、マティアスはフッと微笑んだ。
「と言っても、その組織を使うのはあくまで最終手段で、できる事なら学生同士で解決したいの、だからあなたに協力してほしいのよ。」
そういってマティアスがエレラに提案を持ち掛ける。
内容は嫌がらせの手伝いで、誰もいない時にエレラを池に落としてほしいとの事だった。
エレラは迷ったが、池は浅く落ちたところで濡れる程度だと考えると、それで済むならと了承した。
そして、リーシェの机に落書きがされたのを合図とみなし、エレラは実行した。
マティアスには例え二人っきりの状態でも否定しろと言われたが、状況を考えればしらを切ったところで、誤魔化せないだろう。
だがそれで構わない、嫌われてもいい、リーシェが助かるならとエレラは自らリーシェを池に落とし、そしてすぐに手を差し伸べた。
これほどわかりやすい自作自演などない、しかしリーシェは否定するエレラの言葉を疑うことなく、すぐに察したかのように寮の方へ走っていった。
犯人なんて自分以外いないにも関わらず、リーシェは自分を信じてくれた、それだけでも胸が痛んだ。だがその翌日、リーシェは涙を浮かべて自分とリーラに助けを求めてきた。
恐らくマティアスのところへ行ったのだろうと察したエレラは二つ返事で了承したが、何故かリーラはそれを渋っていた。
あれだけ友達思いのリーラが渋ったのが予想外だったのかリーシェもつい声を荒げていた。
そしてその後も色んな人達に助けを求めるが、皆何故か味方になってくれなかった。
やはり他の人にも根回しされているのだろうか?
そして、その後も嫌がらせは続いた、内容はほんの少し前にリーシェが言っていた被害と同じでまるで前回の一件をなぞっているように見えた。
一体なぜこのようなことをするのかと、エレラは疑問に感じていたが、どこからともなく花瓶がリーシェの傍に落ちてくると、耐えきれなくなったリーシェは全てを白状した。
マティアスが正しかったことにエレラはショックを受けたが、それでもリーシェに手を差し伸べ、一緒に謝ろうと提案した。
きっと、この一件はマティアスの命によりリーシェの口から公にされるだろう、そしてそれでリーシェは皆から見放されるだろう。
だが、マティアスの目的は恐らくこれだと考えればもう嫌がらせも止まるはずだ。
そしたらまた一からは二人でやり直そう、自分だけは傍にいようと……
そう考えていたのに……
そのリーシェは今、目の前で倒れている。
「これは私のせいなの?私が池に突き落としたから?」
エレラはひたすら自問を繰り返す。
この事故は単なる不運でしかなかった、しかしここまでがマティアスによる報復だと考えてしまったエレラは、一度でもマティアスに加担してしまったという事実が心の片隅に残り、その罪悪感から無関係の罪も背負う事となった。