思い出話
『……という訳なの。』
「……」
自分の今の状況を一通り説明し終えたマリスは、一度大きなため息を吐く。
話によれば、マリスはどうやら一人の男に期限付きの契約結婚を持ちかけたのに、何故か二人の男に言い寄られてるらしい。
事情を説明していたその声は、話が進むにつれて力がなくなっていき、通信機越しからでも彼女が疲れ果てているのがわかる。
だが……
正直どっちでもいい。
目的は結婚することなんだから、誰と結婚しようが、言い寄られようが、そこに関しては俺の知るところではない。
そもそもどうせ一年で離婚するのだから、誰と結婚しても一緒だろう。
しないというのであればまた話は別だが、しかしそうなれば今のような、男を手玉に取るようなやり方を継続できるとは思えないがな。
しかもその結婚相手はあのキャメロンかエレライン・ルーカーと言う話だしな。
「ま、難しく考える必要はないんじゃない?いつものように、男を利用する。それだけの関係と割り切ればいいのよ。」
『そ、それはそうだけど……』
マリスはまだ納得できないのか、通信機から悩むような唸り声が聞こえてくる。
「それにしても、ビート・キャメロンとエレライン・ルーカーとは、あなたも厄介な奴らに目をつけたものね。」
『……どう言う意味?』
俺の言葉に不穏を感じ取ったのか、マリスの声のトーンが低くなる。
「キャメロンといえば、王族の血も流れている家柄で、次期当主のオルソン・キャメロンは現在マルクトと王位継承争いの真っ最中である、第ニ王子派閥の筆頭でしょ?」
『……は?』
「そして、エレライン・ルーカーは、第二騎士団の将来を期待されてるホープで、先のモンスター討伐でも活躍し、このまま行けば近いうちに騎士団長になるんじゃないかと言う話もある、どちらも私達とは相対的な相手ともいえるわね。」
『……そんなの、初耳だわ。』
マリスの声から、通信越しからでも呆然としているのが容易に想像できる。
まあ、自領の整備ばっかで、今まで城の情勢に関心を持ってなかった報いともいえるだろう。
「だけど、逆に言えばその分、二人を利用すれば城の内情のことがよく知れるわ。あなたが今後王族と付き合っていくならそこをうまく利用しなさい。」
どこまで情報を漏らすかわからないが、そこはこいつの腕の見せ所だろう。
やり方は仕込んであるからあとはこいつ次第だな。
『ところで、一つ聞きたいのだけど、あなたは結婚経験とかあるの?』
「あるわけないじゃない。」
唐突に何を聞いてくるんだ?こちとら、十年奴隷した後、お尋ね者だぜ?
『あ、そうじゃなくて、その、前世ではどうだったのってこと。元の世界では結構な歳だったのでしょう?』
ああ、そう言うことか。
そう言えば意外にも前世の話はそんなにしたことはなかったな。
「もちろん女は何人もいた事があったし、嫁もいた事はあったわ、と言っても嫁に関しては子供もできる前に他の男と逃げてったけど。」
『え……』
マリスは失言したと思ったのか言葉を詰まらせるが、別にどうって事ない。
そもそも俺の結婚は組長が半ば独断で決めた縁談で、俺の相手は組長の実娘で、年も十離れているガキの頃から知っている奴だった。
親の言うことが絶対の世界で、断る理由もなかった俺はそのまま了承したが、向こうは既に男がいたようだった。
結局趣味も性格も合わなかった事もあってか殆ど会話もなく、男と逃げたと聞いた時も特になんとも思わなかったな。
『そ、その人はどうなったの?』
「さあね、最後に調べさせた時は遠く離れた小さな町で逃げた男と仲良くやっていると言う話だったわ。」
『え?連れ戻そうとしたりはしなかったの?』
「どんな理由であれ、一度は嫁となった女だ、他の男といるのが幸せならそれでいい。」
『そう……』
元々生まれがヤクザの家ってだけでこっちの世界には不向きな奴だった。
表で幸せに暮らせるならそれに越したことはない。
それに、俺の方も惚れた女は後にも先にも一人だけだった……それも……
「……」
『……どうかしたの、ティア?』
「いや、別に……私の話はもういいでしょ。それよりあなたも次、連絡するまでに話をつけておきなさい。」
『え?あっ、ちょっと!』
そう言って、強引に話を切り上げ通信を切ると、俺は椅子にもたれ掛かって天井見上げて目を瞑る。
前世の話をしたからか、あの頃のことを思い出してしまった。
何十年の時が過ぎ、輪廻転生を繰り返しても、話をすればあの頃の事はすぐに思い出す。
初めて親へ反抗したあの夜……そこで出会った初めて抱いた女、その時知った初めての恋愛感情。
……そして、俺は初めて人を殺した。
皮肉な事にあの出会いがあったからこそ、俺はこの世界に入り、あの経験があったからこそ、俺はこの世界で成り上がれた。
俺は気を紛らわせるためアイテム袋から葉巻を取り出し火をつけようとするも、寸前でアメリに取り上げられる。
「謹慎中ならバレないでしょ?」
「ダメですよ、臭いがつきます。」
チッ駄目か、まあいい。
ボーっとしてても嫌なことを思い出すだけだから、こっちはこっちで動き出すとしよう。
そう考えると俺は立ち上がり、それぞれに指示を出していく。