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偽装結婚②

「お嬢様、ビート・キャメロン様がお見えになられました。」

「入って頂戴。」


 マリスが入室の許可を出すと、モンベルに案内された黒髪の美男が部屋へと入ってくる。

 男がマリスを見てフッと笑い来客用のソファーに座ると、マリスも仕事の手を止め、作業机から男の対面にあるソファーへと移る。


「久しぶりだな、マリス・カルタス。」

「ええ、ビート・キャメロン。卒業式以来ね、まさか、こうしてまた顔を合わせる日が来るとは思わなかったわ。」

「フッ、自分から呼びつけておいてその物言いとは、君は相変わらずだな。」

「卒業してからまだ二年と経っていないもの、そんなに大きく変わることはないわ。」

「そうだな、だが今の俺の周りには君のようないい方をする者達はいなくてな、君の存在がとても懐かしく感じるのだ。」


 そう言ってキャメロンは小さく笑う。

 マリスとキャメロンが初めて出会ったのは高等部に上がった時だった。

 中等部から通っていたマリスに対し高等部からの入学したキャメロンが、当時学年の成績トップだったマリスに対し突っかかってきたのがきっかけだった。


 その後もキャメロンが何かと絡んできては常に二人で試験の順位を争っていた、そして二年の頃には二人で生徒会長争いもしており、最終的にはマリスがキャメロン下し生徒会長となったが、この争いは学園でも語り継がれるほど白熱した争いになっていた。


「あなたが何かと突っかかってきたから、こちらもついムキになっていたのよ。」

「仕方ないだろう、幼いころから何をしても常に一番だった俺が初めて負けたのが君だったんだ、興味を持つのは当然だろう。」


 だが、その事もあって当時は彼とマリスの間には色々な噂がささやかれていた。

 お陰で男子から言い寄られることはなくなったが、それと同時に美形で人気のあった、彼のファンから多くの妬みも買っていた、その時は無視していたが今なら嫌味の一つも返していたところだろう。


「今でも君と生徒会長の座を争ったことは、昨日のことのように思い出すよ。」

「ええ、私もよく覚えているわ、教師や学園長を使った妨害工作に、下級貴族や権力に弱い生徒達に賄賂や脅迫まがいなこともしてたわよね。」

「フッ、何をしても許されるのは上級貴族の特権だ。だが、君はそんな逆境を跳ね除け生徒会長に選ばれた、それは素直に称賛されることだ。」

「運が良かっただけよ。」

「違うな、あれは君が中等部から何年もかけて積み上げてきた生徒達からの信頼により手に入れた勝利だ、もっと誇るべきだろう。」

「そう、ならその賛辞は受け取っておくわ、ありがとう。」


 そう言ってマリスが素直にお礼を述べると、キャメロンも満足そうに笑みを浮かべた。


「じゃあそろそろ本題に行こうか、思い出話をするために呼んだわけじゃないだろ?」

「そうね、でも用件はすでに伝えているはずだけど?」

「勿論わかっている。それでだが、俺の答えは――」

「あ、待って、断る前にまずこれを読んでほしいの。」


 マリスはキャメロンの言葉を途中で遮ると、びっしりと文字の書かれた複数の用紙を、しかめっ面したキャメロンに渡す。


「……これは?」

「契約書よ。」

「契約……書?」

「ええ、実は今回、あなたには私と契約結婚をしてもらいたいのよ。」

「契約結婚だと⁉」


 その言葉にキャメロンが声を荒げると、マリスは冷静に頷き、これまでのいきさつをキャメロンに話した。


「……つまり、君は従姉妹を養子に迎えるために結婚する必要があるから、一年限りの結婚相手を探していたという事か?」

「そう言う事よ。」

「……何故だ?」

「え?」

「別に契約婚なんてせずに、本当に結婚すればいいだろう?」


 確かに何も事情を知らないキャメロンからすればそう思うだろう。マリスは話せる範囲で事情を説明する。


「あなたもここ最近の私の噂くらい聞いたことあるでしょ?」

「ああ、男に破産するまで貢がせてすぐ捨てる悪女だとか、取引先の商人に圧力をかけているとかいう話か?どうせ君を妬んでる貴族が悪評を吹いているのだろう?安心しろ、そんな話、俺は信じていな――」

「いいえ、全て事実よ。」

「……なに?」

「私が女当主として成り上がるために男や平民を利用した、それだけの話。そしてそれはこれからも一緒、この婚約もその一つにすぎないのよ……もう学生だった頃の私とは違うのよ。」


 マリスは呟くように最後に言葉を付け足すと、キャメロンは暫く無言で契約書を見つめている。


 ――やはり、失望したかしら?


 先ほど話を聞く限り、彼が評価していたのは学生時代の自分であり、今の自分は正反対である。断られてもおかしくはない。


「……一つ聞きたい、なぜ俺を選んだんだ?」


 キャメロンが冷たい声で尋ねる。


「侯爵家の三男で跡取りでもなく婿入りが可能であり、なおかつ女性にあまり関心を持っていない、毎日のように来る縁談の話を煩わしく思っているあなたにもメリットがあると思って。」

「……」

「勿論、離婚の原因は全て私が受け持つからあなたの家に傷はつかないようにするわ、ちゃんと報酬も払うし、契約内容に不満があれば考慮するわ。どうかしら?」


 マリスの言葉にキャメロンは返さずただ無言で契約書を睨みつけている。


「……フッ、まあいいか、これから落とせばいいだけだし。」


 キャメロンが何かをぽつりと呟くと、顔を上げて改めてマリスを見る。


「わかった、いいだろう。ただ契約内容に関してもう少し確認したいから正式な返答は後日でいいだろうか?」

「ええ、勿論。」

「ならまた後日連絡させてもらう。」


 そう言うとキャメロンは契約書を持って立ち上がり、扉へ向かう。


「……先に行っておく、あまり自分の思い通りに行くと思うなよ。」

「勿論、それは百も承知よ。」


 マリスの言葉にキャメロンは何やら不敵に笑うと、そのまま部屋を後にした。

 そしてそれから数日して、再び伯爵家の屋敷の前に馬車が止まる。


「お嬢様、お客様がお見えになられました。」

「あら?キャメロンが来たのかしら?」

「いえ、来られたのはエレライン様です。」

「……エレライン?」

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