嘘と真実
休日明けの昼休み、食事のため大勢の生徒が集まった食堂にマティアス・カルタスを断罪する声が響き渡る。
数人の女子生徒を引き連れてやってきたその声の主であるポニーテールの女子は、他の生徒達から一斉に注目集めるが、構うことなく腕を組みながらマティアスを睨み続ける。
「……誰?」
「私は高等部二年、ローレンス伯爵家令嬢、レベッカ・ローレンスよ!」
堂々たる振る舞いで名乗りを上げた少女に名前を聞いたマティアスは少し考え込んだ後、食事の手を止め立ち上がる。
すると立ち上がったマティアスに対し、女子達が一斉に身構えた。
「初めましてローレンス嬢、私はカルタス伯爵家のマティアス・カルタスです。」
しかしそんな女子たちに対し、マティアスは自分の名を名乗ると、胸に手を当てながら頭を軽く下げてしっかりと挨拶を返した。
「……意外と礼儀正しいですわね、以前、話しかけた人の時は無視して食事を続けていたと聞きましたが。」
「いえ、まだわかりませんわ。ここから何かするのかも、何せ相手はあのマティアス・カルタスですから――」
悪評の噂により出来上がった、マティアスのイメージ像とは真逆の態度にマティアスを断罪しに来た女子たちは少し戸惑いながらも、そのまま話を進める。
「……まあいいわ、それよりあなたがリーシェ嬢に行ってきた非道の数々、到底看過できることではないわ!」
「……リーシェ嬢?」
マティアスが首をかしげながら尋ねると。レベッカたちが道を開けるように横に逸れる。
するとその後ろには腕に痛々しい包帯を巻き、涙目で俯く少女の姿があった。
「あなたは以前揉め事を起こした相手、アーシェ・グスマンの妹であるリーシェ嬢に対し、事あるごとに嫌がらせをしてきた。初めはリーシェ嬢の机に落書きをしたり、罵声を浴びせる程度だったが、徐々にその行いはエスカレートしていき、二階から花瓶を頭上に落とそうとしたり、校庭にある池に突き落とすなど、他にも数々の非道な行いを行ってたと聞いているわ!」
レベッカの話を聞いた周囲の生徒は瞬く間にざわつき始める。
今の話に半信半疑という生徒が多いが、今までの噂と、それを告発したのが、あのレベッカ・ローレンスということもあって、その話を信じている生徒も少なくはない。
そしてレベッカが、響き渡る声で自分のでっち上げの罪を責め立てる様子を、リーシェ・グスマンは後ろで微笑を浮かべながら眺めていた。
姉のアーシェは、マティアスを追い込むために自分の派閥を利用して、周囲を強引に動かし孤立させようとして失敗した。
だからこそリーシェはその逆で、周囲を自然な流れで味方につけることでマティアスを孤立させようと考えた。
リーシェは今までの騒動に悪意のある誇張を混ぜた噂を流し悪評を広め、そして姉の一件も利用して、自分がマティアスから嫌がらせを受けていると、何も知らない友人達に相談していた。
そして、同派閥の令嬢たちに協力してもらい、自分がマティアスから危害をでっち上げた時の目撃者となってもらった。
その地道な成果もあってか、自分は現在学園の悲劇のヒロインとなっている。
今自分を守っている五人のうち二人は、マンティス派の令嬢だが、残りの三人は中立派の貴族で、リーシェの話を聞き正義感から立ち上がった令嬢たちである。
特に今先頭に立って声を上げているレベッカは代々騎士の家系であり、伯爵貴族でありながら聖騎士団の入団を希望する正義感の塊のような令嬢だった。
嘘と本当を交えた噂と、悪意無き冤罪の断罪が周囲を自分の味方にと変えてくれる。
本当はもう少し時間をかけたかったが、今日は彼女たちと親身にしている王子達が、卒業後についての話をするため、城に行っており不在と、まさに絶好の機会だったので強行した形である。
彼女の友人たちは立場上口を挟むことはできないだろう。
つまり今日彼女には味方などはいない。
「他にもあるのでしょう?リーシェ嬢。」
リーシェは名前を呼ばれると、瞬く間に笑みを隠し不幸なヒロインを演じ始める。
「はい、特に酷かったのは階段から突き落とされたことです、何とか運よくこの程度で済みましたが、一歩間違えれば死んでいたかもしれません。」
そう言ってリーシェが足首に巻かれた包帯を見せつける、勿論怪我などしていない。
「はっきり言って、どれも記憶にございません。」
「まだとぼける気⁉あなたの行いにはちゃんと目撃者だっている。そして何よりこれが決定的な証拠がこれよ!」
そう言って、レベッカがマティアスの部屋に仕込んでおいた自分のアクセサリーを取り出す。
「昨日、あなたが盗んだという情報を確かめるため、不本意ながら不在の君の部屋に上がらせていただいた、寮長には話は通しておいたが、これは勿論罪で、この件に関しては私たちも罰を受けるつもりよ。だが、そのおかげでこれを見つけることができた。」
レベッカがポケットを漁ると自分が先日マティアスの部屋に仕込んだアクセサリーを取り出した。
「これは先日、リーシェ嬢が盗まれたと言っていたアクセサリーだ。以前から彼女が身に着けている姿は多数の生徒に目撃されており彼女の物なのは確か、そして部屋に入ったのは私達を含め中立派の貴族数名、誰かがその場で仕込んだという事でもない。つまり、あなたが盗んだ物。盗まれたアクセサリー、目撃者、そして彼女の怪我……これが彼女の話が全て本当だという証拠よ。」
半信半疑だった他の生徒達も今の話を信じ、徐々にこちらに傾き始めている。
こうなれば全員信じるのも時間の問題だろう。
「……つまり、私が行ったのはそこのリーシェ嬢の頭上に花瓶を落とし、更に池に突き落とし、アクセサリーを盗んだ、挙句の果てには階段から突き落とした、で宜しいでしょうか?」
マティアスが確認するように尋ねると、リーシェはコクリと頷く。
そしてマティアスはしばらく黙り込んだ後、観念したのか罪を認めた。
「リーシェ・グスマン令嬢、此度は申し訳ございませんでした。」
「いいえ、私も姉が失礼なことをしたので謝罪をしてもらえたのならもう十分ですよ。」
リーシェが怯える振りをしながら、マティアスの謝罪を受け入れる。
自分が許しても学園が許さないのでペナルティーを受けるだろう、これでマティアスを叩きながら自分の株も上げることができる。
「ではこの事は理事長にも報告しておきますので、良くて謹慎、悪ければ退学は免れないであろうことを覚悟しておいてください。」
レベッカはそう告げると食堂から退出していくので、リーシェもその後を追い食堂を出る。
しかしそのせいで友人たちが呆然としている中、マティアスは密かにほくそ笑んでいたことにリーシェは気づかなかった。
――
「……という事で、今は謹慎中よ。」
食堂での騒動をレベッカたちに理事に報告された俺は、二週間の謹慎を言い渡されたので、暇つぶしがてらマリスに現状の報告を行っていた。
『ふーん……その割には余裕そうね、まああなたの事だからすでに手は打ってあるんだろうけど。それより、話し方も随分様になって来たじゃない、やっと慣れたというところかしら?』
「ええ、あなたの話し方を真似て話しているのだけど、どうかしら?」
本人と会話してるからか、いつもより令嬢言葉が流暢に使えている。
『……そう言われると、なんだか腹が立ってきたわね。まあいいわ、それよりもエマの方は大丈夫そう?』
「正直、何とも言えないわね、互いに思い合っているのは確かだろうけど、どちらも立場で一線引いてるみたいだしね。エマから迫ることはできないから王子次第かな。」
この前のデートでロミオの奴が王子を上手く煽ってくれていたことを祈る、話を聞きに行きたいが生憎今日彼女は不在で、更に暫くは謹慎なので会うことができず、確認が取れないのがもどかしい。
「それよりそっちの方はどうなの?いい相手は見つけてるんでしょうね?」
『……』
エマをマリスの養子にするにはマリスの結婚が条件になっている、エマの状況を確認してから夫探しなんてしていたら間に合わないので、すでに動いているはずなのだが、何故かマリスからの答えが返ってこない。
「……どうしたの?これで結婚相手がいないから養子にできないなんて言うんじゃないでしょうね?」
『いえ、ちゃんと婚約者はいるわ……それも二人もね……』
「……二人?」