女性専門店
学園に来てから二度目の休日、今日はエマと町へ繰り出すことになっている。
名目としては王都に来たばかりの俺の買い物に付き合ってほしいという理由で誘ったが、本当の目的は別にある。
それは、マルクトの嫉妬心を煽ること。
自分の立場上、エマとの関係に踏み出せないでいるマルクトにエマと仲睦まじい姿を見せつけて、嫉妬心や独占欲を煽り、決断を促す。女性同士だから二人で買い物しているだけなら、何とも思わないかもしれないが、そこはロミオ・ベーシスにも煽るように言ってあるし大丈夫だろう。
ただ、問題があるとすれば、今のマルクトの心境だな。この作戦を考えた時と、今では少し状況が変わってしまった。
俺とエマはここ最近、マンティスに目を付けられた事でトラブルが起きている、俺はクラス内で騒動があったし、エマの方は表向きこそ問題ないが、ずっと監視が付いていることはマルクトたちも知っている。そして、それにマンティス侯爵家が関わっていることも。
その事もあって、マルクトは俺やエマへの危険を考えてマンティスとの婚約の方に考えを傾むけ始めているようだ。
まあ、それならそれで仕方ない。
元々身分差を考えれば、今後の二人の事を考えてもそれが妥当であろう。立場や関係を考えて身を引くことは悪いことではない、俺も前世で似たような経験はしている、そう考えるなら俺もその考えを尊重しよう。
ただ、それでも脅しに屈して身を引くことはあってはならない。増してや俺が関わるこの状況下ではな。
何せ俺は二人の関係を見極めるために、わざわざこんな格好をしてまでこの学園に来てるんだから。
取り合えず、まずは今日俺とエマが二人で出かけることで、それぞれがどう動くか、見極めるとしよう。
俺は着替えを済ませると、部屋を出てそのまま待ち合わせである学園の校門へと向かった。
――
「あ、おはようございます、お姉さま。」
校門前に行くと、制服のエマがこちらに向かって手を振ってくる。
休日は服装は自由だが、田舎の貧乏貴族のエマの私服は村娘の服に近く、過去にそれを理由に揶揄されたことがあるらしくあまり着ようとしない。
一応入学後に買った服もあるようだが。全て王子からの贈り物らしく、今はマンティスを逆なでしないように着るのは自重しているらしい。
なので今日は二人して休日ながら制服を着ている。
「今日は案内宜しく。」
「はい、お任せください!お姉さま」
お姉さまか……
張り切るエマを横目に、俺は彼女から言われた言葉を頭で復唱する。
エマにはビオラ・メフィスから庇った時から、『姉』と呼ばれている。
一応設定上血縁関係でもあるし、その呼び方がおかしいわけでもない。
ただ俺が生きていた極道の世界では上下関係を血縁に見立てて呼ぶ世界で、兄や父、叔父と言った呼ばれ方はしたことはあったが、姉呼ばわりはしたことはあっても、されたことはないので少々新鮮であり複雑でもあった。
「とりあえず行こうか。」
挨拶を済ませると、俺達は早速街へと繰り出した。
――
……よし、二人もちゃんと来ているな。
学園を出たあたりから、後ろでロミオとマルクトがついてきている。
なかなかお粗末な尾行だが、一般学生のエマには十分だろう。
そしてそれに隠れた尾行がもう一つ、恐らくこちらはマンティスの方だろう。
こちらは二人とは違い、プロのようで気配を消すのが非常に上手い。そして一人がずっと後を追ってくるのではなく、どうやら先に何人もの刺客を街に配置しているようで、町に溶け込みながら複数人で監視しているようだ。
そしてこっちも組織に連絡を入れて、王都にいる面子から何人か護衛についてもらっている、なので今俺達の周りは監視だらけとなっている、俺も極力気にしないようにしているがやはり視線が多く、少々気持ちが悪くもある。
「どうしました?」
「いや、なんでもない。」
俺達は街通りにある店をいくつか回る、女性らしく服や宝石店などを覗き、
そして、買い物に付き合ってくれたことを口実にいくつかプレゼントをする。
エマも遠慮は見せるが、従妹同士という事もあってか、少し押せばすぐに折れてくれる。
仲睦まじい姿を見せつけるという作戦としてはなかなか上々じゃないだろうか?
そして昼食をとった後、俺は次にマーカスに勧められた雑貨屋へと向かう、その店は去年あたりにできた店らしく少し特殊な店らしい。
店の前に着くと、俺は名前の書かれた看板を見て一度立ち止まる。
雑貨屋『ティアラ』か……
「ここが噂のお店ですか、どうしました?」
「いや、別に。」
名前を聞いた時から気になっていたが、少し縁のある名前に反応してしまう。まあそこは別にいい、この場所を選んだのには別の目的がある。
実はこの店、この世界では珍しい女性専門店として噂の店となっている。
客層を女性のみに絞るなど、男尊の比率が高いこの世界ではかなり攻めている気がするが、意外にもこれがハマり、少しずつではあるが認知度が広がり一部の生徒の間で話題となっている。
何故男のマーカスがここを勧めていたかは知らないが、エマも知っているくらいには学生の話題になっていたので折角だからと今日の予定に入れておいた。
幸い監視の奴らは全員男だ、ここなら監視も入って来れず、少しは気を休められるだろう。
マルクトとロミオたちには悪いが外で待ってもらい、俺達は中へと入る。
すると、店の中は女性のみで賑わっていた。
客や店員は勿論のこと、用心棒らしき人間も女性で構成されている。
「うわあ、凄いですね。」
「へえ、本当に女性専門なんだな、だが男性が混じったりしないのだろうか?」
現に俺は、男性ながら店に入ってきている。
すると俺の言葉を聞いた店員が近づいてくるとこの店のシステムについて説明してくる。
「それならご安心を、入口にある魔道具は魔力感知機能がついていますので、妖精のペンダントといった魔道具を付けて入る方がいれば、その人物とペンダントの二つの魔力に反応し音が鳴る仕組みとなったおります。」
「成程……」
つまり、無能の俺は魔力がないためペンダントの魔力のみだったから問題なく入れたのか。
という事は俺のような人間なら入り放題という事になるが、そもそも普通は『無能』の人間が買い物なんてすることないか。
「だがそれでも。男性からのクレームとかは来たりしないのか?」
「まあない事もないですが、客さんの中には貴族の方々も多いので大々的に暴れるような人はあまりいませんんね、それに暴れるような方がいれば、私の出番ですね。」
そう言って店員が腰に付けた短剣を見せる、どうやら店員の方も腕が立つようだ。
まあ、学生の間で話題になり始めたばかりで、まだそこまで知名度があるわけでもないから、しばらくは大丈夫そうだが、この先さらに知名度が上がるとそういうトラブルも増えそうだな。
俺とエマはそのまま二人で店の中を見て回る、客を女性に絞ってはいるだけに
衣類や装飾品はもちろんのこと、女性が扱いやすい武具も用意してある徹底ぶりだ。
先ほどの店員が付けていた短剣も売っているので、宣伝も踏まえてそうだ。
そして他にも貴族と平民に分けられており、トラブルも起きないように対応する店員も上手く分けられているようだ。
どうやら話題になるにはそれだけの理由があるようだ。
……しかしなぜだろう?どこか商品の並びを見ていると、少し懐かしい感覚に陥ってくる。
「ここの店主の方はどうして女性専用の店を作ろうとしたのでしょう?」
商品に目を通しながら、エマが呟く。
確かに、この世界でそう言う店を作ろうと考えるなら先ほど言ったようなトラブルも考えるのでそれなりのリスクもある、それなのにわざわざそうしてまで専用店を作ったのは少し気になるな。
「詳しくは存じませんが、なんでも昔貴族の男性と何かあったらしいのです。店長、すごく綺麗ですから。」
ああ……成程ね……。
それもこの世界じゃ珍しくもない話ではあるな。
「ただいま戻りました。」
「⁉」
「あ、店長、お帰りなさい。」
後ろから女性の声が聞こえると、その声に反応し俺は思わず勢いよく後ろ振り返る。
聞こえてきた明るい声はとても懐かしく、決して忘れることのできない声だった。
……そして、願わくば、二度と聞こえない方がいい声でもあった。
振り向くと声の主は、仕入れた品を持って来たのか小箱を数段重ねにして顎で抑えながら、運んでいる
以前よりも少し成長したからか、大人びいた雰囲気を纏っているが、そう言うところに少し懐かしく感じた。
そして、彼女は俺の存在に気づくとその恰好に羞恥を感じたのか、慌てて箱を置いて、頭を下げた。
「す、すみません、はしたない姿を見せてしまって。学生の方でしょうか?初めまして、私この店の店主をしています、『マリー・レクター』と申します。どうぞ、ゆっくり見て行ってくださいね。」