ロミオの憂鬱
「なあ、聞いたか?二年のクラスの話。」
「ああ、聞いた聞いた、なんでも夜中に裸で走り回っていた変質な生徒がいたとか?」
「ちげえよ、確か教師と関係を持っていた生徒がいて――。」
「え?俺が聞いたのは、瞬間移動のスキルを持った生徒がいたって話だが……」
「どれも正解だろ?なんせあのクラスは……」
……今、学園は二年のとあるクラスの話題で持ちきりだった。
それは授業中に一人の女子生徒が起こした暴露騒動で、その話は瞬く間に学園中に広がり、好奇心旺盛な学生たちの話題をかっさらった。
暴露された生徒やその内容もそうだが、それ以上に無視を決め込もうとしたクラスメイトに対し、暴露で反撃し、返り討ちにしたという話が痛快だったようで、それを行った編入生『マティアス・カルタス』は一気に学園の注目の的となっていた。
「……」
そしてそんな状況に二人、複雑な心境を抱える生徒がいた、この国の第三王子であるマルクト・ベンゼルダとその友人、ロミオ・ベージスである。
元はと言えば、彼女がこのようなことをする経緯になったのはマルクトの婚約者候補であるソフィア・マンティスとの諍いがきっかけである。
マルクトと仲の良いエマと共に、ソフィアに目を付けられた二人は、マンティスの派閥及び関係者から標的にされていた。
今回の騒動もそのいざこざの一つで、本当ならこんなことになる前に自分たちが彼女を守るべきなのだが、今はエマの方を守るので精いっぱいだった。
ここ最近、ソフィア・マンティスの動きが活発になってきている。
マルクトが会うのが難しいと言っても以前と変わらない頻度で強引にマルクトを尋ねてくるソフィアは、同時にエマに対し複数の監視者を付けているようだった。
どうにか彼女と接触させないようマルクトとロミオが動いていることもあって、まだ二人は接触はしていないようだが油断できない状態である。
そう言った状況と、マティアスからの言葉に甘えていたこともあって、二人は彼女を放置していた。
その結果が今に至る。
「今や注目の的だな、お前のお姫様は。」
二人が悩んでいるとそんな事情を知らない、学友であるトランが背後から現れロミオを茶化してくると、ロミオは首を横振って否定する。
「別に、そんなんじゃない。」
「ハハハ、隠すなよ。お前が二人で茶屋にいたのは皆に知れ渡ってるぜ?話題になってる理由の一つがそれだからな。」
「……」
トランが笑いながらそう言うが。話を聞いたロミオは顔をしかめる。
完全に迂闊だった。
マルクトとエマの事を相談するため、二人っきりで会う約束をした際にロミオはつい、女性が好きそうな場所を選んでしまった。その結果、彼女といるところを多くの生徒達に目撃されることになってしまった。
ただでさえ目を付けられている彼女を別方向からも目立たせることになってしまい、今更ながら、自分の不注意さに嫌気がさす。
自分の立場を考えればこうなることはわかることだった。
もしかしたら……いや、きっと彼女に気に入られたいという下心から無意識に動いたのだろう。
マティアス・カルタス……初めはただの興味が沸いた程度だった。
以前令嬢たちを連れて行った異国風の喫茶店は、個人的には静かで好きだったのだが、派手が好きな貴族の令嬢たちには不評だっただけに、一人で行くようになっていた。
そんな時、令嬢ながらその喫茶店に来ていた彼女を見つけてしまった。
青い髪とそれと対照的な紅の眼が印象的で、一人で静かにくつろぐ姿は絵になり、つい興味が沸いて話しかけたのだが、その結果彼女を怒らせる形となってしまった。
今まではどの令嬢も自分に好意的だっただけに、その反応が予想外で、どうにかもう一度会って謝罪をしたかった。
そして、その機会はすぐに訪れた。
食堂でなにやら騒ぎがあり見に行ってみると、そこにはビオラ・メフィスと言い争う彼女の姿があった。
令嬢の中ではそれなりの地位にいるビオラに相手に一歩も引かず、エマを庇いながら立ち向かう彼女はとても気高く、美しかった。
そしてその後、事情を聞く際に初めて彼女の名を聞いた。
彼女は前生徒会長でもあった、マリスの従姉妹であり、最近伯爵家に迎え入れられた令嬢らしく、その事もあってかあまり貴族らしさがなかった。
だからか、王子であるマルクトに対しても、言いにくいことでもはっきりと言い切った。
そんな令嬢は今まで初めてで、ロミオは彼女のこともっとが知りたいと思うようになり、気づけば部屋を出た彼女を追いかけていた。
きっと、その頃からだろう彼女を意識し始めていたのは……
ただ、その思いもつい先日終わった。
「私、女の方が好きですから。」
元々自分に興味を持っていなかったのは分かっていたが、まさか女性が好きだとは思わなかった。
ただ、それでもまだ割り切れない自分がいて、先日彼女が複数の女子生徒に連れていかれたと聞いた時は、体が自然と動き、彼女の元へ向かった。
……だが、それも取り越し苦労に終わり、彼女に叱られる羽目になった。
「とりあえず、俺の方は置いといてだな、マルクトはどうなんだ?」
「え?」
苦い記憶を思い出したロミオは強引に話を自分から、マルクトの方に変える
「エマちゃんだよ、あれからまた毎日会ってるんだろ?少しは進展したのか?」
少しおどけ気味に尋ねてみたが、マルクトは儚げな笑みを浮かべた。
「……ああ、決めたよ。俺はソフィア譲と婚約する。」
「「……はあ⁉」」
その言葉にロミオとトランが、揃えて声を上げる。
「これ以上迷惑はかけられない。」
「お前、それ本気で言ってんのか?」
「勿論本気だ、元々身分からしてもこれが一番なんだ。」
――これはちょっと、予定外だ。
例の一件で再び会うようになっていたので、距離が縮まったと思っていたが……
やはり、今回のマティアスの一件がマルクトに決意させたのだろう。
彼女は確かに強い、しかしそれはあくまで学生の中での話だ、ソフィアとマルクトの婚約は侯爵家が進めようとしている。邪魔者と判断されれば、侯爵家が動き、最悪刺客を送ってくる可能性もある。
そうなれば、いくら彼女でも難しいだろう。
だが、マティアスは二人の婚約を望んでおり、打開策を持っているという話だった。
それを伝えればマルクトも考え直すかもしれない。
しかし、マティアスはそれを許さない。
今マティアスがマルクトに求めているのはどんな立場であろうとも、彼女を選ぶという強い意思なのだから。
――引き止めるのは俺仕事だ。これ以上彼女を失望させるわけにはいかない。
「お前の考えはわかった、だがその前に、次の休日、俺と街に行ってくれ。お前に見てもらいたいものがある。」
そう言うとロミオは休日、マルクトを連れて。エマたちのデートを見に行く事にした。