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アンデス・ノイマン

「ふんふん~ふん~ふ~ん♪」


 人気のない静けさだけが漂う小さな部屋の中で、上機嫌な声色高い鼻歌が響く。

 鼻歌を歌う少女は笑みを浮かべながら、手に持つペンで分厚い本にスラスラと物語を書いていく。


 母親譲りの黒い髪を三つ編みで束ね、落ちた視力を補うために瞳と同じ黒い色をした縁の眼鏡をかけている。

 三つ編みは貴族の間で活発的に動く平民の娘の髪型と言われ、地味で貧乏くさいと不評である、更にそこに黒い縁の眼鏡も加われば華やかな物を好む貴族達の学園では蔑む格好の的にされるだろう。

 だが、そんな姿をしている彼女に対して、なにかを言うような者はこの学園には誰もいない。

 何故なら彼女はこの学園で、いや、この国でも最上位に連ねる家柄の名を持っているからだ。


 アンデス・ノイマン……王国一の大貴族、ノイマン公爵家の次女で正当なノイマンの血を引く少女である。


 学園には全部で三つの寮があるが、そのうちの一つは彼女の一声で急遽作られた彼女のためだけの寮である。

 そこにいるのは彼女と護衛騎士の男、クラストのみ、メイドすら一人もいない。そしてアンデスはそんな寂しげな寮の一部屋に引きこもっている。

 校舎に行くのは月に一度行くかどうかという程度、しかしアンデスは学園のあらゆる出来事を把握していた。


『イービルアイ』……組織の名前でなくノイマンの血筋にだけ持つ者が現れるというスキルである。


 他者の魔力に自分の魔力をリンクさせ、その者の視点から見ることができる能力で、一度リンクさせればどれだけ離れていようと魔力が許す限り見ることができる。

 ただ、この能力を使っている間は自身が無防備になるので、誰にも干渉されない自分の寮に引きこもる必要があった。


 この能力のお陰でアンデスは様々な目線で学園を見て学園生活を満喫していた、そして今はとある人物達に注目している。


「随分ご機嫌ですね、お嬢様。」


 扉の外から鼻歌を聞いていたクラストが尋ねる。


「ええ、だって滞っていた物語がようやく動き始めたんですもの、」


 クラストの問いに答えながらも手を休めずに筆を進めていく、書かれているのは王子と男爵令嬢の身分差の恋物語だ。


「誰もが焦がれる美顔の王子と、貧乏男爵令嬢の身分差の恋、互いに惹かれ合い距離を縮めて来た二人だったけど、最後の一歩を身分の壁に阻まれ、王子は踏み出せずにいる。一方令嬢は王子との関係を他の者達から妬まれ、王子の知らぬところで酷い嫌がらせを受け始める。これがよくある恋愛小説なら、王子が立場を忘れ彼女を助けて愛が深まったであろう、だがそうはならなかった……愚かな王子は自分の立場に悩み、追い詰められ続けていたヒロインに気づかないでいた……そして、そんな彼女を助けたのは突如編入してきた謎の女子生徒、フフ、これが小説なら間違いなく批判の嵐だったわね。」


 だがこれは小説ではない、だからこそ面白い……


 『事実は小説より奇なり』


 幼い頃から公爵家の娘として育ってきたアンデスは、あらゆる本を読み尽くした。

 だがどの本も読んでしまえばどこか似たような話ばかりで、展開が予想ができるようになってしまい、いつしか彼女は新鮮な物語に飢え始めた。

 そんな彼女を満たしたのは一人の物乞い少女だった。


 弟の手を取り物乞いをする少女にアンデスは気まぐれで大金の入った袋を渡し、観察をすることにした。

 金目当ての者達に襲われるか、それともこの大金をうまく活用し成り上がるか、様々な予想をしてみたが、少女は予想外の動きに出た。


 あろうことか少女は、その金を他の物乞い達に配り始めたのだ。

 そこで終われば心優しき少女の話だったが、これは物語でなく現実である。

 金をもらった物乞い達は、互いの金の奪い合いを始め、少女とその弟もその争いに巻き込まれ殺されてしまった。

 ……そして、それをスキルで見ていたアンデスは想像もできなかった展開に腹を抱えて大笑いをした。


 自分を満たす物語が小説ではなく現実にあることを知ったアンデスは、イービルアイの能力で様々な人間の人生を見て来た。


 助けた兵士に犯された村娘、借金で奴隷として買われて幸せになった男性、ダンジョンでモンスターを倒し仲間に殺された冒険者。

 時には物乞い少女の時のように金や権力を使って人を動かしたりしていた。


 どれも小説では読むことのできない物語ばかりで、アンデスの渇きを満たしていった。

 そしてそんなアンデスが次に目を付けたのは、自分で作る小説のような現実の物語だった。


 ヒーローは王子で、舞台は年の近い人間が集う学園生活、大人に近い高等部が望ましい、その準備の為、学園に入るまでの間に王子に婚約者が付かないように立場を利用して王子の隣を埋めていた。

 そして今年に入って、それを解き放ち、物語を始めたのだった。

 この一年で順調に進んでいた物語に少し陰りが見えてきたが、それもつい最近なくなった。


「今回の一件でクライマックスにも近づいてきたわね。でもまだダーメ♪、ここからもっと盛り上がれるはずよ。」


 アンデスが今日まで見て来た事を文字にして小説に変換する、誰にも見せることのない自分の為に書いている物語である。

 この物語をさらに盛り上げる新しい道化、それこそマンティス侯爵家の令嬢、ソフィア・マンティス。

 我が儘で人を平気で傷つける、まさに絵に描いたような悪役令嬢である。


「せっかくあなたのような人のために彼の隣を空けておいたのだから、せいぜい有効活用してね?そして、身分差に侯爵令嬢……二人ははどうやってこれを乗り越えるのかしら?そのキーマンはやっぱり彼女ね。」


 マティアス・カルタス……いきなり現れた謎の編入生、どういう人物かはまだわからないが、この物語を進める重要なキーマンであることには間違いない。


「乗り越えるの?諦めるの?フフ、予想がつかないわ。さあ、もっと面白い物語を見せて頂戴。マルクト殿下にエマ・エブラートさん、そして……マティアス・カルタスさん。」


 公爵家の跡継ぎなんかに興味はない、アンデスが求めるのはまだ見たことのない物語、それを見るためならば、アンデスは王妃にもなるし奴隷にだってなって見せる。


 

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