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9 気まぐれな奇跡を

 メイレニア(いわ)く。


 それは、天樹の黒い枝面が真っ白な雪に覆われた去年の冬のこと。学園の寮ももちろん、何処もかしこも銀世界となった朝のことだった。




   *   *   *




『姫、起きてください』


『んー……うん? なぁに、リエネ……』


 寝台でぬくぬくと敷き毛布と羽根布団にくるまれていた少女に、起きるつもりは毛頭なかった。布団を引っ張りさらに潜る。かくして、寝台の上には布団の小山ができた。


『もう……困った姫様だなぁ。いいから起きて。今日は祈りの日でしょ。あと少しで夜明けだよ?』


 起きて起きて、と揺すっても返事がない。

 眉をひそめつつ、藍色の短めの髪をさらりと揺らした()()リエネは主の耳の辺りと思われる膨らみ付近へと顔を寄せ、独り言のように囁いた。


『……終わったら、午後からケーキでも食べに行こうかな』


『やった、行く! 大好きリエネ!』


 がばっ! と布団をはね退け、メイレニアは元気よく飛び起きた。ふわふわピンクの綿菓子頭は寝癖がひどい。リエネはくすくすと応じる。


『じゃ、こちらへ。――湯浴みは?』


『いい。どうせ外は寒いもの。帰ってからにする』


『御意』


 ニコッと微笑むリエネは、口調こそ少年のようだがうるわしい。メイレニアは侍女であり、乳姉妹である彼女が大好きだ。


 格上の部屋、というのはおそらく何処にでもある。寮の一室とも思えぬここは、正しく天樹ゆかりの姫君に相応しい。


 広い主寝室。通路から扉を開けてすぐに訪問者を迎えるのは応接間と簡易厨房がセットになったリビングだ。側付きの侍女や従者の寝室にもできるゲストルームが二つ。それに浴室と化粧室が別個に付いている。


 過保護にもほどがあるな、と最初は苦笑していたが慣れって怖い。メイレニアはすぐに寮生活を謳歌するようになった。


 ――苦手な、“祈り”のつとめさえなければ。






 揃いの灰銀狐の毛皮で縁取られたコートをまとい、姫と侍女は寮の玄関から一歩、踏み出した。


 白い。音一つない。

 未だしんしんと降りやまぬ粉雪は、足元の雪の層をさらに分厚くさせることを予感させた。


『今年は雪が多いですね』


『うん』


 つめたい風に首を竦めながら、メイレニアは言葉少なに頷く。――どんな願いも叶えてもらえるという、天樹に住まう妖精王。あるとき、人間の王が故国を追われ、この樹にたどり着いたとき。快く新たな領土とすることを約してくれたという、気前のよい存在。


 (妖精王に会えたら、わたし、絶対ホットチョコレートちょうだいって言いそう……)


 だめよね、とふるふる頭を振ると、ふと視界の端――まっさらな雪の上に何かを見つけた。


 足跡だ。

 動物しては小さすぎ、鳥にしては形状が異なる。そんな痕跡。それが、見ている側から一つ、また一つ。点々と増えてゆく。


 (……水滴? 雪融けにはほど遠いし、軒先でもないのに……??)


 メイレニアは目を凝らした。傍らのリエネが気付き、『姫?』と問い掛ける。


 すると、積もりたての新雪を踏む足音しかなかったはずの世界に、聴いたことのない声が響いた。

 おそらくは頭のなかに直接。


 ――――“良いの? そんな願いで”


『『!!』』


 きょろ、と目を泳がせると、先ほどまでは雪しかなかったはずの場所にちいさな天樹の化身がいた。


 祈りの祠まではあと少し。

 寒くはないのか、裸足にサンダルの出で立ちだ。たしかに足の形と大きさは一致する。

 二度見、三度見のあとでただ一言、『うそ』と少女は呆然と呟いた。妖精の美女はお構いなしに微笑んでいる。ご機嫌だ。


 ――――“言寿(ことほ)ぎを。人の子の王の娘。そなたに奇跡をあげる”


 銀色に輝く薄衣を翻し、同色の蝶のような羽をひらめかせて妖精王は未明の(そら)を舞った。光の燐粉が忙しくその軌跡を追う。


 この場合、話しかけられているのはメイレニアだけ。リエネはひたすら驚愕の表情を浮かべている。

 その端正な横顔をちらりと見上げたメイレニアは、つい本当の気持ちを――常日頃、抱き続けてしまった願いをつよく。とてもつよく浮かべてしまった。



 ――――“いいわ。叶えてあげる。幸せにおなり、天樹の若巫女”


『! や、違うの待って! ようせ……っ!?』

『姫っ!! あぶない!』


 突然の爆風。

 新雪を巻き上げ、氷まじりの冷風の(つぶて)が二人を襲った。咄嗟に身を呈したリエネに守られ、その腕のなかでじっと目を瞑るメイレニア。


 ……風が、止んだとき。


『大丈夫? 姫』


『え』


 側に佇むのは、侍女だった面影は残すものの()()()()()()()()()()()()


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