8 二対一
――返して、の意味がわからずリエネは呻いた。
普段から笑わない自覚はある。が、今はことさら難しい顔しかできない気がした。
「姫様。わたしは……セフィルの従者だったってこと?」
「違うわ」
「違うっ」
「「…………」」
国を違える二人の王族は、リエネを挟んでジト目で睨み合った。
「あぁ……くそっ! なんで恋敵が女なんだよ」
「女? 聞き捨てならないな。わたしは……もう、いいや言っちゃおう。妖精にも言われたけど。男だよ?」
「えっ……妖精……天樹の??」
「元は女なんだよ! つうか、好きなのはお前だよ! どこの妖精だよ、こいつを男にしちまった奴は――って……えっ?」
にじり寄る両者。腰の引けるリエネ。
「あ。あの……?」
「すぐに! 言いなさいよ!」「頼むから言えよ!」
「「そーーいうことはーーっ!!!」」
「……はい。すみません……」
よくわからない迫力にリエネは負けた。責められる謂れはないがどうしようもない。全面降伏だ。
とりあえず、三名はそれぞれの情報を整理することにした。――鍵は、天樹の妖精が握っている。
曇天の空は重い。
今にも、何かが降りそうだった。
* * *
カタン、と中庭のテラスに設置された椅子を引き、メイレニアを座らせる。
セフィルが何事か呟くと、灰色の空を映すクリスタルの軒先から枝面まで、空気の遮幕が降りたのが視えた。
メイレニアも目を閉じ、口の中で短い文言を唱える。すると、暖かな風が円卓の周囲に生じた。
上着はすでに返してもらっている。
ぬくぬくと。
まるで作戦会議のようだな――と、他人事のように感じる自分に、いつものように苦笑する。
「どうしたの?」
「いえ。別に」
めざとく見とがめた主の少女に、リエネはわずかに瞳をすがめた。
――要約すると。
わたしは、元は女で姫の乳姉妹。侍女だったらしい。生涯独身を貫くことになるメイレニア姫を守れるよう、剣の腕もみずから磨くような。
「忠義者の鑑じゃないか……」
何が不満だったの? と言外に俯く姫を責めると、上目遣いで睨まれた。
「だって。リエネはいつも遠くを見てて……寂しかったもの。あと、格好よかったから」
「は?」
聞き違いかと素で返す。なぜか赤面された。メイレニアの独白が止まらない。
「あ、憧れてたの……! リエネが男の子で、従者なら! その、側にいてもらえたら、一生巫女でいるのも頑張れるかなって」
「『かなって』……軽いよ姫。それ、本当ならひとの人生を何だと」
――ぴたり。
その先を言い募ろうとしてリエネは固まった。驚いた。続けられない。
(……待てよ? わたしは、姫に生涯仕えるのは結構やぶさかじゃなかったはず。いつから? いつから、わたしは人生なんてものに固執してた?)
所詮、夢とも現ともつかぬかりそめの時間。この世界で生まれ、物心ついたときからそう感じていたはずだ。
だからこそ、与えられた役どころに逆らわずに生きてきた。定められた範囲で備わった能力を伸ばせばいいと。応えればいいと。
一も二もなく姫が最優先。自分の人間関係に何かを求めたりはしない。
そう、刻んでいたはずなのに。
「――あれ、おかしい。そもそもなぜ、セフィルから望まれるような……そんなことになったの?」
くしゃり、と藍色の髪をかき上げる。肘をつき、うろんな視線で左隣のセフィルを捉えた。
「俺の一目惚れ」
「うそ」
「嘘じゃない。……くっそ、そっくり同じ反応しやがって……」
「???」
わけがわからず、混乱しかけるリエネを救い上げたのは皮肉にも事の発端、メイレニアだった。
「ごめん。私のせいなの」
セフィルの碧い瞳。リエネの瑠璃色のまなざし。刺さるほどの視線を浴びつつ、少女は小柄な体をいっそう縮こませた。