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7 告白

「……姫様、医務室通り過ぎたよ。行かないの?」


「ばかリエネっ! 行かないわよ、どっこも痛くないもの」


「認めちゃうんだ……」


 ずんずんと先を進むメイレニアは傲然と(あご)を上げ、ふん! と鼻を鳴らすとそれっきり返事をしなかった。

 全力で早歩きする少女の後ろ、付かず離れずの距離を維持して歩むのはそこそこ骨が折れる。

 リエネはこっそりとため息をついた。一体、どこへ行こうと言うのか。


 見渡さずともわかる。広い敷地、広大な学舎。

 「永年保存の魔法」という、大層なものがかかっているらしい。天樹そのものを媒体に展開する術式を元手に、この国は大陸一の魔法水準国と名高い。


 輝くクリスタルの窓。薄青い、名前の知らない鉱石から切り出された床と壁。どこもかしこも光に溢れ――なのに、前をゆく姫君の背中だけはどことなく(くら)い。苛立たしげだ。


 闊歩するメイレニアはやがて、こじんまりとした中庭へと辿り着いた。やや遅れてリエネも追いつく。



 テラスのように張り出した、格子状に区切られてステンドグラスのように色付けされたクリスタルの屋根。支える青石(せいせき)の柱。どこからか紛れ込んだ天樹の葉。それが、かさり、と寒風に舞っている。

 冷えている。

 リエネは己れを抱くように、左右の上腕部を(さす)った。


「ここは……?」


「ここで見たの。去年の今ごろ。貴方と、初雪の積もる天樹の枝面(しめん)にちいさな足跡を。見てる側からちょこちょこ増えていって……『あ、妖精なんだわ』って。すぐに気がついたわ」


「!」


 両耳の上できちんと結われた桃色の髪が揺れている。よく見ると、小柄な肩はカタカタカタ……と、小刻みに震えていた。


 姫が何か、大事なことを告げようとしている。

 その空気を悟りはしたが、リエネは()ず、みずからの上着を脱いだ。バサァッ! と、いささか乱暴に主の背と肩とを覆う。


「とにかく温かくして。落とさないように。……で? 何を願ったの。『良いこと』はあった?」


 ――――姫様、わたしも妖精と会って話したよ。初雪じゃなかったけど。天樹の葉砂(はずな)の上に、たくさんの足跡と妖精本人を見つけたよ、と。


 言いたいことは幾つも溢れかえったが、リエネは口をつぐんだ。

 メイレニアは振り返り、そんな従者に潤んだ紫の瞳を向ける。


 ごくん、と。

 細い(くび)が上下した。つよい緊張。葛藤を感じる痛々しいまなざし。

 少女は、認めがたい罪を告白するように弱々しい声をこぼした。



「――リエネと。ずっと、一緒に居させてくださいってお願いしたの。祠で祈るよりもずっと、ずぅっと深くよ。声に出さずに。そしたら」


「わたし……ですか。なぜ? 願うまでもないことなのに」


 思わず主の言葉を途中で遮った。珍しく、つい敬語になる。

 従者として生涯、ずっと彼女に仕えてもいいと思っていた。その気持ちに偽りはない。なのに、なぜ今さら――? と。


 告白の重さを全くわかっていないリエネの(ほう)けた表情に、メイレニアは激しく()れた。


「ちがうっ……違うの! そうじゃなくて……天樹の精がわたしの願いを。本当の願いを汲んでしまったのっ」


「え、姫さ……うわっ! あ、あの…………メイレニア、様?」


 どすん!



 不意をつき、少女が突進してきた。正確には真正面から腰に抱きつかれた。


 (……あったかい)

 よく考えると、冬の寒空で上着を与えてしまっているのだ。体はすっかり凍えていた。


 とは言え、幼くとも淑女のメイレニアを抱き返すのは男として断固忌避すべき、と光の速さで判断したにも拘わらず。

 ――気がつくと、意外なほどあっさりと華奢な背に両腕を回していた。すっぽりとちょうど良い案配で小さな肢体が腕のなかに収まる。

 この感じ。



 ――――……?

 

 かちり、と何かが記憶を刺激した。


 (あれ? わたし、しょっちゅうこの方を、こんな風に抱きしめてたような……???)



 違和感の正体は気になったが、リエネは震える少女の背を撫でた。

 腕のなかで、しゃくりあげるように時おり嗚咽が漏れている。泣くのを我慢する泣き方だ。


 ――らしくない。こういう姫はらしくないと不承不承、リエネはぼそぼそと言葉を紡ぐ。

 きちんと慰めたいのに。

 こういうとき、自分の働かない表情筋がいっそうらめしい。


「姫様……わたしはずっと、貴女に仕えたって構わないと」

「待て。それじゃ俺が困るんだよ」


「へっ!!?」



 びっくりした。いつの間にかテラスの端に、セフィルが来ていた。

 今は授業中では? と、自分達を棚にあげて目を白黒させる。


「セ……フィル。どうしてここに? 先生には何て?」


「何も。ばっくれた」


「ばっ……」


 ぱくぱく、と開いた口が閉まらない。


 ――一体、どうなってるんだ! この世界(ここ)の主要国家の次世代王族は! と内心叫んでみるものの、胸中で虚しく(こだま)するばかり。表だって声にできない。


 セフィルは、リエネの心の叫びに気づくことなく、ゆっくりと二人に近づいた。メイレニアは一言も発しない。顔すら上げない。


 かさり。

 足元に積もる銀葉を爪先で退かし、視線を真っ直ぐ姫君に定めたセフィルが、懇願の(てい)で呟いた。


「もう……いいだろメイレニア殿。頼むからリエネを、返してくれよ」


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