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5 妖精のダメ出し

“男……どこが?”


「どこが、と言われても……全部?」


“ほう”


 まじまじと真下から眺める、(くだん)の――おそらくは妖精。『あなたが天樹の精なんですよね?』と訊くのもはばかられ、しかしこのまま見下ろすのも忍びなく、リエネはそっと方膝をついた。そろり、と手を差しのべる。


 妖精は「ん」とだけ述べ、わずかの重みも感じさせずに手のひらに乗った。

 そのまま、ゆっくりと胸元の高さまで持ち上げる。これで目線の高さがほぼ揃う。


 (手乗り妖精……)

 つい、前世の記憶にある文鳥などとイメージが重なり、リエネは口許を綻ばせた。和む目許に落ちる睫毛の影。


 確かに。

 リエネの顔立ちは少女のようだ。細い(おとがい)にきりっとした大きな瞳。小ぶりでつん、と尖った鼻。きめ細やかな肌はしみ一つなく透き通るようで、繊細そうな印象を与える。

 だが、意思の強そうな眉に滅多ににっこりしない唇。ぶっきらぼうな口調やちょっとした行儀悪さが彼を少年に見せていた。

 ――華奢ではあるが。



「わたしには、あなたのほうが女性に見えます。とても綺麗だ」


“……ほう”


 少し間を空けて黙り込んでしまった妖精は、たぶん男性なのだと思う。頭に直接響く美声は男のものだし。

 見た目は二十代前半くらいのすらりとした青年。ただしミニチュア八頭身だ。


 惚れ惚れするほどサラサラの、腰まで伸びた髪の大半は黒。毛先は黒銀。

 これは、天樹の若枝と鉱物化したあとの幹の色だなと悟る。

 肌は光をまぶしたように柔らかな白。真珠に一滴、象牙色(アイボリー)を混ぜたような。


 瞳は黒。吸い込まれそうな漆黒で一番力を感じる。

 そして、意外なことに立ち居振舞いに隙がない。細身だが安易に突っつけば切れそうな雰囲気がある。

 ――王の錫杖や聖職者の聖典より、騎士や将軍の大剣より、繊細な造りの短剣(ダガー・ナイフ)が似合いそうな。


 身に付けた長衣は、透けてはいないがふわりと風をはらむ白銀。

 天樹の葉を紡いで妖精の織り機にかけると、こうなるのかもしれない。


 柔らかそうな銀の羽を閉じて(くるぶし)まで垂らした妖精は、かなり居心地悪そうに身じろぎした。


“もういいか? 充分見たろう”


「え、もう行っちゃうんですか? やですよ。せっかくだし、もう少し話しましょうよ」


 あんまり熱烈に見つめたせいか、青年は不機嫌と当惑のちょうど中間くらいの顔になった。“おかしな奴だな”と呟いている。


 ―――そういえば。

 リエネはわくわくと問いかけた。


「ね。貴方がたの足跡を初雪に見つけたら良いことがあると聞きました。本当ですか?」


“猛烈にど直球だな、そなた”


「普段はそうでもないんですが」


“ふぅ……”


 一旦俯いて呆れたように吐息し、色々諦めたらしい青年は黒檀色の髪を片手でかきあげた。じろり、と視線をリエネに流す。


“――我らと、ひとが……言葉を交わすことなど本来ない。稀にもほどがある。ゆえに、足跡一つとっても祝福くらいは授けようかと思う同胞(はらから)が居て、おかしくはない。私はないが”


「そうなんですか」


 心持ちがっかりする。

 メイレニアが喜ぶと思ったのに。

 でも――?


 はた、と気づいたリエネは首を捻った。


「……待って。じゃあ、なぜわたしに声をかけたんです? あの祠にいたんですよね。姫とは会いませんでしたか?」


“あぁ、あのしょうもない若巫女(わかみこ)か。来たのは知っている。だが姿は見せていない”


「しょうもな……いやいや、もう少し持ち上げましょうよ。うちの大事な姫なんですよ?」


“大事? あれが? 物好きだなそなた”


 さも呆れたと言わんばかりに片手を腰に当て、斜に構えた妖精がふんぞり返る。すると第一印象よりも幼く、若く見えた。


“あれは巫女としてだめだ。祈りが(きよ)くない”


「…………えっ」


 予想外の言葉に、思わず耳を疑った。

 ひらいたままの唇からこぼれた吐息は、白く(こご)ってたちまち消えた。


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