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4 あしあと

 天樹の葉は白い。正確には淡く光を帯びた半透明の白銀。

 黒銀の樹皮と白銀の葉の取り合わせは幻想的で、地学者のなかには、『これは植物と言いがたい。特性上は巨大な鉱物。つまり、生ける鉱石なのでは』と独自の説を展開する者もいるようだ。


「――つまり、葉っぱではなくて……貴石の一種ってことか。でも()()、すっごく軽いんだよね……薄いし。その辺の物理定義、こっちじゃどうなってんだろ。原子構造とか……当てはまんのかな」


 光と影が(まだら)になって目許にかかる、微かな朝日。

 まだ夜の気配を残す空を見上げ、幾重にも天蓋(てんがい)をなす黒枝の銀葉(ぎんよう)に目を凝らす。

 視界は藍色から朝の薔薇色、太陽の金色へと華やかなグラデーションに彩られている。漂う雲は波間の泡のようで、おそろしく幻想的だ。

 ダイヤモンドのような天樹の葉のフレーム越しにうつくしい色彩を包み、吐息は白くけぶった。




   *   *   *




 ここ数日、気温がぐんと下がった。あたたかな綿雲(わたぐも)は肺が空っぽになるとすぐに消えてしまう。

 ひゅ、と吸い込んだ空気はキンキンに冷えていて、リエネは少量ずつを慎重に取り込んだ。

 冬の空気は研ぎ澄まされすぎて、かえって痛い。


 ポケットに入れていた両手で鼻を覆うと、触れた部分は氷のようだった。


 しかしやがて(ぬる)み、熱は均等にばらされ離散する。結局はつめたくなる。

 (儚いなぁ)

 自分も。たぶんこの世界も。


 生まれや環境、出会った人びとに関しては恵まれ過ぎで文句のつけようがない。感謝して然るべきとわかっている。


 なのに――時おり途方に暮れる。

 これは、都合のよい夢ではないか。

 目が覚めれば、終わったと認識する“あの日”の続きではないのか。


 この世界の優しすぎる人びとが幻ではないと、どうして言えるだろう……?



 ぱりん、と。


 踏みしめた落ち葉は容易(たやす)く粉々に割れた。

 薄く、向こう側が透けて見えるほどの清廉な輝きのなか、信じがたい繊細さできらきらと光る葉脈が閉じ込められている。


 天樹の葉。

 それは、意外にも小さかった。一枚一枚は郵便(メッセンジャー)飛竜(ドラゴン)の鱗ほど。

 前世の記憶でたとえるならば苺の“あまおう”を縦にスライスしたような形……いや、“とちおとめ”くらいか。


 ―――クズ芋をスライスしたポテチ、ではダメだ。いくら最適でも、このうつくしさはそれなりに綺麗なものじゃないと……――など止めどなく考えていると、ふいに足音が聞こえた気がした。

 背のほう。つまり後ろから。


 (? 姫様、もう潔斎が済んだ……?)


 リエネの背後には、やや離れて黒々とした天樹の幹がそそり立っている。そこに、成人なら頭をかがめねばならないほど小ぶりな扉があった。


 天然の()()を加工したらしい(ほら)に、硬化する前の若枝を用いて扉を(しつら)えた祭祀の場。

 天樹にはそんな祠堂がいくつか点在する。

 飾りはない。潔すぎるほど質素だ。


 が、黒檀のようにも見えるアーチ型の扉はどれも一級の芸術品だった。

 (そび)える天樹。伸びやかなドーム状の枝。それらを微細な浮き彫り(レリーフ)で表現しており、侵しがたい神秘性と温もりの両極を醸している。


 ちなみに鍵を持つ者―――中に入れるのは国王と巫女長(みこおさ)、それに次代の巫女長だけだ。

 メイレニアも後者として学園近くの祠堂に籠り、月に一度、小一時間ほど祈りを捧げている。

 まだ、たったの十歳なのに。


 周囲の期待を一身に背負って生まれた、約束された将来の巫女長。

 天樹の一の姫。


 リエネから見ればそれは生け贄だ。

 かかる重圧を考えれば、メイレニアのわがままくらい多少は許されるて然るべきと思っている。過剰な執着などまだまだ防御範囲内(ストライクゾーン)。たまに面倒だったり困ったりはするものの、それだけだ。


 夢のようだと捉えていたこの世界にも、彼女のように生まれながらに自由を奪われ、犠牲を強いられる存在もいる。ただ……


 (!)

 そこで、ハッと我に返った。


「――っと。だめ、だめだめ!」


 パシン!

 乱暴にぶんぶんと頭を横に振ったリエネは両頬を一打ちし、つとめて明るい表情を心がけた。

 (よし)

 準備万端。ようやく後ろを振り返る。足音はとっくに止んでいる。



「早かったですね。姫さ……ま?」



 ――――しぃん。


 視線が上滑りした。

 普段ならその高さにあるはずの顔も、桃色髪も華奢な姿も何もない。


 「えっ……」


 戸惑いの声を漏らし、きょろきょろと辺りを見回す。この時刻、ひとが出歩くことは稀だ。



 が、頭上を往き来する視線に()()()れたのか――不思議な声を発した。


“……娘。どこを見ている”


「?!」


 声につられて視線を落とし、大きく目をみひらいた。


 意外にもやたらと良い声で話しかけてきたその生き物(?)は、ちょうど爪先、向かい合うように佇んでいる。


 ちいさい。

 銀葉が粉々に砕かれた砂――葉砂(はずな)の積もる枝面(しめん)に、祠から出て来たらしい極小の足跡がえんえん続いている。


 まさか。

 いや……まさか、()()()


 瑠璃色の目がぱち、と大仰に瞬いた。

 あと、とんでもないことを言った。


「わたし、は……男のはず、ですが」


 知らず口走った内容が自分でも間抜けに聞こえて、リエネは混乱を(きた)す内心をそのまま映すように、ひどく複雑な顔をした。


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