3 剣試合
刃を潰した細身のショートソード。
片手にはやや余る重量感のそれを右手に、半身で構えたリエネは慎重に相手との距離を詰めた。
ブゥンッ……!
「!!」
唸る風圧。セフィルが上段から繰り出す一撃はそれなりに重い。
(むり)
瞬時に悟ったリエネは剣を左に持ちかえ、冷静に剣筋を見切るとギリギリ右側に避けた。そのまま、くるりと舞うように反時計回りで回転。遠心力を利用し―――
「……ふんっ!」
がら空きに見えるセフィルの左脇めがけ、斬撃を叩き込む。
が、すぐに対応された。
「おっと」
軽い声とともに剣の腹で弾かれる。
チッと舌打ちし、続く応酬。
両利きのリエネは状況に応じ、小剣を左右に持ちかえた。ときに逆手で斜めに振り上げるなどトリッキーな動きが多い。
相手に猶予を与えない。攻めの一手だ。
対するセフィルはどこまでも正統派だった。
基本はロングソードの両手持ち。ぶれない体幹に恵まれた膂力。泰然と守り重視の姿勢を貫き、相手の隙を狙う。
明らかに同年代では格上の稽古に周囲の波が引いた。それこそ干潮のように。
剣術の担当教師は慣れたもので、「あちゃ、始まったかぁ……」と手際よく生徒を誘導し、不運な者がとばっちりに合わぬよう配慮を見せている。
二人は急きょ組まれた円陣の中央で衝突し、暫し刃を合わせた。カタカタ……と、互いの剣の付け根が震える。
鍔迫り合いで押されるのは百も承知。リエネは必死に耐えつつ、あえて脈絡のない話題を切り出した。
「セ、フィル……っ! 『初雪で妖精の足跡を見つけるといいことがある』ってさ。聞いたことある?」
「ん」
意外にも力が緩んだ。その隙に剣をいなす。
一旦距離を取り、角度を変え、予備動作なくあちこちから斬り込むリエネ。
それらすべてを弾き返しつつ、完全防御を崩さないセフィルは「んんんー?」と唸った。律儀に記憶をさらっているらしい。
両者とも剣筋に乱れはない。息も上がってはいなかったが……
「っ!」
ふいに、カァンッ! と小剣を強く跳ね上げられた。手放しはしなかったものの腹部が隙だらけとなる。
左から迫るロングソード。
リエネは後ろへと飛びすさった。
靴裏が石畳を滑る。
ぐっと右足で止め、勢いを溜めたあと素早く懐へと飛び込む。短く息を吹き、逆手にした剣で突いた。
紙一重で避けられてしまう。残念。
「あ」
「ん? なに」
唐突にセフィルが声をあげた。リエネも問い返す。
「思い出した。それな、女子の間で流行ってるらしい」
「流行る?」
「この学園のジンクスっていうか……『おまじない』ってやつ。片想いの奴と二人で見られたら、結ばれるんだって……さ!」
「! へぇー」
珍しく突き返された。幅広の刀身は耳下を通過し、風圧だけで数本、髪を削ぎ切られる。
はらはらと散る藍色の髪。
(……あっっっぶな! 首! 狙っちゃだめだろ普通!)
内心冷や汗を垂らしつつ、咄嗟に避けた自分を誉めちぎった。――こいつ、時々ほんとに容赦ない。
繰り出される会話は穏やかなものだったが、激しい打ち合いはなかなか止まなかった。
互いに勝つつもりでいる。相手を負かす大前提―――なのに。
(片想い……ね。姫はそんな風に言わなかったけど。ご当地ルールとかあるのかなやっぱり)
少しだけ、ぼやっとした。
それが機運を分けた。
ガッ……ン!
「!!」
ひときわ低く響く鈍い音。右腕に痺れが走り、肘先までびりりと硬直する。
血の気が下がる。指一本動かせない痛みに眉をひそめ、リエネは呼吸を止めた。
くるくるくる……と放物線を描き、小剣は派手に吹っ飛んでゆく。
ザァッ! と、どこかの茂みに刺さる音。
突きつけられる、きらめく鋼の切っ先。
不敵なまなざしの対戦者がにやりと唇を歪めた。
「勝者! セフィル・レグナ!」
いつの間にか審判を務めていたらしい教師が高らかに宣言する。
わぁぁ……!! と周囲が沸いた。いつも通り賭けられていたらしい。わりと本気な怒号や怨嗟の声まで混じっている。
「あーぁあ……」
苦笑と嘆息がこぼれた。歩みより、型通りの礼と握手を交わす。
はからずも名試合を披露した二人には改めて、盛大な拍手と歓声が注がれた。
――見世物じゃないんだけどな、と困ったように笑んでいると、セフィルから妙に晴々と話しかけられた。
「通算二十勝……俺の勝ち越しだな」
「残念、わたしも二十。同点だよ」
さすがに二人ともうっすらと汗をかいている。やれやれ……と、リエネは飛ばされた剣を拾うため、練兵場の外れへと足を向けた。
するとなぜかセフィルもついて来る。訝しげに後ろを振り返り、小首を傾げた。
「何?」
「いや、その……さっきのやつ。一体、誰から聞いたのかなって」
なにやら非常に言い難そうにもじもじとしている、すっきりとした長身の少年。
海運国レグナの世継ぎの王子でもある彼は堂々たる戦いぶりからは想像もつかぬほど縮こまり、リエネにそっと耳打ちした。
リエネはきょとん、と呆けて答える。
「姫様だよ。今朝ね」
「! ……だろうと思った。やばいな、それ」
「何で? たかだかおまじないでしょ」
「言った奴に問題あり過ぎんだよ。腐っても次代の巫女長だぞ? 妖精だってあいつの願いなら、ほいほい出て来かねないし」
(……『腐っても』。しかも、神秘の妖精をつかまえて『ほいほい』……)
一拍のち。
ぶはぁっ! とリエネは遠慮なく吹いた。盛大にくつくつ笑い、体を二つに折って友人から顔を背けている。
セフィルはどこまでも渋面だ。
「笑い事じゃねぇだろ。うっかりメイレニアと一緒に見ちまったらどうすんだよ……」
「いやいやないない。わたしは従者だよ? しかも巫女長は終生独身を義務付けられてる。仮に、あの方の守護騎士に任ぜられたってべつに構いやしないから……って。ごめん、見つけた。取ってくる」
やがて、六メートルほど離れた植え込みに深々と突き刺さる剣を見つけ、走り出すリエネ。
その華奢な背に、海の国の王子はぼそっと呟いた。
「それが、問題なんだよ」