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2 ご寵愛はほどほどに

 魔法。

 これも、前世を鑑みると現実としては馴染みがない。


 個人差はあれど、この世界の人間は魔法を使う。しかも学校で習う。――みだりに使ってはならない、と、定められてはいるけれど。


 天に(そび)える大柱(おおはしら)のごとき、奇跡の樹。「天樹(てんじゅ)」と呼ばれるこの国は、広大な山ほどの幹回りに、さらに空に向けて拡がる樹枝に家々を構える大胆な構造をしている。

 人びとは地面ならぬ枝面(しめん)を均し、土を地上から運び入れてささやかな実りを得ていた。

 とはいえ普通に商人も訪れるし、他国との流通に問題はない。


 太く張った根はほぼ山脈だし、ばかでかい根元の幹そのものは、昇降にちょうどいい窪みが螺旋状に雲の上まで続く以外は完璧な大絶壁。外周を巡った探検家曰く、馬車で踏破に一月(ひとつき)かかったらしい(何とも物好きだ)。


 風が吹いてもピクリともしない、鉱物化した黒銀の樹皮はとても固い。

 世界にただ一本だけ。一説には空を支えているのだという国、天樹。メイレニアはここの一の姫だ。


 わたしは彼女の乳兄弟。乳母を勤めた母は筆頭神官の姪。……なので、この秋からメイレニアの入学にともない、付き添いとして学園の寄宿舎にぶちこまれてしまった。扱いは高位神官家の子息だが、内実は従者でしかない。


 そんな者はこのクラスに、ちらほらと居る。

 子どもを単身他国に送り出すのは忍びない――という、諸国の王のもっともな親心に報いたのがここ、「王族および高位神官専用クラス」だった。



 (……早いな。もうすぐ冬、か。妖精なんて……本当にいるのかなぁ)


 天樹にこっそり住まうという妖精。

 神威に満ちた天樹(ここ)に、魔物は現れないという。

 だから、メイレニアが今朝言った「妖精」も()いものなんだろうなと。


 リエネはぼんやりと頬杖をついた。




   *   *   *




「よ。次、剣術だろ。一緒に行こうぜ」


「セフィル」


 いいよ、と言おうとした矢先。がしっ! と小さな手で腕を引かれる。


「姫様……」


 二時限目は男女別科目。女子は刺繍のはずだ。

 眉尻と視線を下げると、ひたすら愛くるしい紫の瞳と目が合った。やばい。逸らせない。


「だめよ。セフィルはだめ」


「なぜ」


「だって、リエネにべたべたし過ぎるわ」


「わたしにとって“べたべたの女王”は、どちらかというと貴女なんだけど」


「んまぁっ……! ひどっ! リエネひどい!! でも嫌いじゃないっ!」


「えー……」


 弱った。怒っているのか、喜んでいるのかさっぱりわからない。

 とりあえず二の句を探して思案する。


 ――……うん。わたしも嫌いじゃないな、と、ようやく結論づいたころ。反対側から肩を抱かれて姫から距離を取らされた。セフィルだ。


「はいはいメイレニア殿、そんくらいにしとけって。あんた、将来の巫女長(みこおさ)だろ? いち従者に固執しすぎって良くないんじゃねぇの」


「!! ぅぐうっ……」


 猛烈に痛いところを突かれたらしい。小さいながら整った顔が歪み、プルプルと震えだした。


 ――姫様、姫様。ぐうの音が出てますよと思いつつ、リエネはそっと、ちいさな手指をほどいた。

 そのまま手を握って少しかがみ、泣きそうな顔を覗き込む。かなり努力して柔らかく微笑んでみた。


「姫様。これも務めだから、ね? 相手がセフィルでなくても貴女はいやなんでしょ? なら誰でも同じだよ」


「リエネ……」


 大きな目はきれいな夕闇色。白い、陶器のような頬に朱がのぼる。潤む。潤む。落ちる―――!


 (あ、これはこれで厄介)

 すると、困り果てた従者を見かねてか仁王立ちの姫君の肩を叩く猛者(もさ)が現れた。ソーニャだ。


「さぁさぁメイレニア様、ごねてないで参りましょ。淑女の嗜みはおろそかに出来ないわ。――まさか、刺繍の授業がお嫌いだからって駄々をこねてらっしゃるの?」


「ちっ……違うわ。私……っ!」


「ありがとうございますソーニャ様。主をよろしく」


「任せなさい」


「えぇぇっ! うそっ? リエネ、なんでー?」



 ふん、と強気なまなざし。ぺたんこの胸を精一杯に張るソーニャは偉そうでとても可愛らしい。

 賑やかな叫び声を残し、主の少女は引きずられるように廊下へと連れ出された。


 (……?)

 ふいに、肩を抱く手に力がこもる。

 見上げると、友人からとてもいい笑顔を向けられた。

 同じ十四歳でも彼のほうが若干背が高い。すっと伸びた背筋、長い手足。恵まれた体躯。

 ――まだまだ伸びるんだろうなと、ぼんやり予想する。


「やっと行ったか……毎度のことだけど大変だな。寵愛の域だぜまったく。妬けちまう」


「妬け…………? あ、うちの姫様? そっか。あの方何だかんだ言って可愛いもんね。

 全然妬く必要ないよ? わたしは幼馴染みだし下僕だし。セフィルは格好いいし王子だし。絶対いけるよ。応援する」


 『恋路の邪魔をして本当にごめん!』と、慌てて伝えたつもりだったのに、セフィルの顔はどんどん曇っていった。


「……その解釈、ほとんど間違ってる。とりあえず俺が彼女を好いてるってのは絶対にないから。いいな?」


「え? ……うん。わかった」


 戸惑い半分、コクりと頷く。

 彼も年ごろだ。照れているのかも知れない。

 話題としては少々デリケートな分野(ジャンル)だったな……と、反省する。


 男子の固有科目「剣術」は、中庭へと降りる(きざはし)のさらに先。騎士の詰所(つめしょ)脇の広い練兵場で行われる。


 早く行かないと遅れてしまう。


 あっさりと、リエネは級友の腕から逃れた。


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