14 揺れるもの、定める心
「姫。一体、何を祈ったの……!!」
「ひみつ」
わらわらと、ひしめくほどの大群衆。
揃いも揃ってメイレニアを指差し、わめき、ひどい騒ぎだった。なかには悲しみに暮れ、泣いているものまでいる。
ただし、全員が妖精だ。
色合いは皆おなじ。茶銀と黒銀の髪、透き通る白い肌、うつくしい造作に銀色の羽。大きさはばらつきがあり、小さいものは体長五㎝ほど。大きいものは四十㎝ほどあった。みな若い。赤子も幼子も老人もいない。そういう種族なのかなと思った。
――『特別よ?』と微笑んだ主に連れられ、おそるおそる祠に入ったのが五分ほど前。
祠のなかは存外に明るかった。拳ほどの魔法照石がクリスタルのランタンに収められ、複雑に屈折した光でそう高くもない天井までも照らしていたから。
本当に、普通の木のうろのようだった。ひとの手で削った類いのものではないらしい。
ごく自然に、ぽっかりとあいた空間。
想像していた、祭壇らしきものはなかった。
持ち込まれたものは床に置かれたランタンと、丸く編まれた敷物が一枚。それだけ。
慣れた様子ですとん、と座り、即座に目を閉じた幼い横顔を、リエネは神妙な面持ちで見つめていた。
…………とても、ここまで反響を及ぼすほどけしからん祈りを捧げているとは、到底思えなかったのだが……
誰も枝面の雪に足をつけていない。ぱたぱたと忙しなく宙を飛び交っている。
件の妖精は、果たして来ているかしら――と目線をさ迷わせると、ふいにぴたり、と喧騒が止んだ。
(?)
すぅぅっ……と、浮いていた妖精たちが一斉に枝面へと降り立つ。
人垣が割れ、中央に一本の道を作った。
誰もが面を伏せ、膝を折り、羽を垂らして恭順の意を示している。
やがて、完璧に何もなかった雪上に点々とちいさな足跡があらわれた。
「!」
近づいて来る。そこからふわり、と一陣の風が立ち、積もりたての粉雪を舞いあげて大きめの妖精が顕現する。
――女性だ。
少女とも見紛う、ほっそりとした華奢な肢体。
柔らかそうで大きな六枚羽と波打つ髪が後背をゆたかに彩っている。
銀の燐光も一層きらきらしく、歩みを止めた存在は悠然と唇で笑みを象った。
繊細な意匠の飾環が額に輝いている。間違いない。
「妖精、女王……」
夢見るようにメイレニアが呟いた。その横顔は、一瞬だけ泣きそうに見えた。
きゅ、と表情を引き締めた少女はあらん限りの覇気をまとい、妖精の女王に対峙する。
対する女王は眉をひそめ、心なしか脱力している。どことなく呆れたまなざしで未来の巫女を見つめた。明らかに苦笑している。
――――“若巫女。あやうく天樹が枯れてしまうところだった。二度とあんなものは捧げないで。いいわね?”
「!!」
「はい。妖精女王」
はっきりと妖精が上位なのだと知れる会話にリエネは驚愕する。メイレニアはそれきり、口を閉じてしまった。要件を切り出す気配すらない。
(えぇと……わたしは、どうしたら……?)
内心、まごまごし始めた従者の少年に、女王は凪いだ視線を寄越した。
うるわしいご尊顔には「甚だ不本意」と書いてある。
――――“若巫女の祈り……とも言えぬアレで、だいたいの事情は把握したわ。でもね、一度叶えた願いを撤回するのはいやなの。だから、『元に戻す』のは無し。
……少年? 今回はあなたの願いをきいてあげる”
「ほんとですか!」
ようやく。やった。これで……!!
(あ)
――けれど。
瞬時に沸点まで上り詰めた高揚は急速に冷えてしまった。
(……どうしよう)
そわそわと迷いが生じる。
どうしよう。こんな土壇場で。
「リエネ……?」
隣に立つメイレニアは心配そうに。妖精女王は泰然と腕を組み余裕の表情。二人は揃って少年を見上げる。
――――“どう? 何か、願いはあって?”
「わ、たしは……」
言葉が出ない。
戸惑いのまま、右手でゆるく口を覆った。衝動で、何かとんでもない願いをこぼしてしまいそうで。
元・侍女で現在は従者である大好きな少年の迷いを正確に見抜き、メイレニアは慌てて女王に釘を刺した。
「待っててあげて。人はね、内側で揺れ動くものなの」
――――“はい、はい。そうよね、よぅく知ってるわ”
「……」
本当にいい性格だな……、とジト目で責める姫君を綺麗に無視し、女王はころころと笑った。
朝陽が昇る。
金砂をまぶした藍色の西の空も、星々が白く薄れてきた。
いつの間にか周囲を埋めていた妖精らが一人、二人とかき消えてゆく。漠然と、完全な夜明けが刻限なのだと悟った。
瑠璃色の瞳に力が宿る。
ごくり、と緊張に喉が鳴る。
「――わたし、は」
ひとたび瞼を降ろし、つかの間の熟考。何度も確認するように瞬いては、ひたと宙を睨む。
体感としては長かったが、実際に答えを出すまでの所要時間はわずか七秒だった。
粛々と訪れる黎明の刻。
そろり、と少年が動く。片膝を付き、目線を妖精女王へと合わせた。
真摯なまなざし。祈るような思い。
――リエネは、願いを口にした。