13 押し通る姫君
コンコン、と扉を叩く音がした。
「! ……はいっ?」
慌てて着かけていた制服に腕を通す。
従者であるリエネの部屋は、メイレニアの主寝室からリビングを隔てた反対側にある。まだ朝陽も昇りきらない未明のとき。訪れる可能性があるのはただ一人。
寝台の足元に折り畳んでおいた毛織りのショールを広げて羽織り、足早に扉へと向かう。
そっとドアノブに手をかけ、手前にひらくと――
「姫様」
「おはようリエネ。行くわよ」
――ちょこん、と。
もこもこに着膨れした、完全防寒仕様の少女と目が合った。「おはよう、ございます……?」と、返す挨拶がなぜか疑問形となる。
「行く……どこへ?」
訝しげなリエネに、メイレニアはふんぞり返った。
「決まってるでしょ。外へ。探すわよ、妖精のあしあと」
「まさか……そのためにわざわざ早起きを? すさまじい、超弩級にお寝坊のあなたが……?」
「悪い……? わ、私だってね! 申し訳ないことしたとは思ってんの。いいから来なさい! ちゃんと温かい格好するのよ?!」
「あ、はい」
従者からの遠慮ない一言は、想像以上にちいさな姫君を苛んだらしい。耳まで赤くしたメイレニアが、ふいっと横を向く。
(そっか。わたし、女だったときもこの方が好きだった気がする。きちんと……、だって)
ごく自然に緩む頬。すがめられた目許に、さりげなく彼へと視線を流していた少女は息を飲んだ。
「待っててね。今、着込んでくる」
柔らかく澄んだ笑顔の少年に、まぶしいものを見るように姫君の顔もほころぶ。
「……うんっ!」
――だって、反応がときどき伊織に似ている。外見も、とても女の子らしくて。
前世の自分なら間違いなく好みのタイプなのだ。それはそれは甘やかしたのではないだろうか――? と。
クローゼットから厚手のコートを選ぶ。
手袋に特製の剣帯、それに愛用の短剣を二本。雪用のブーツはもう履いている。
リエネは着々と装備を整え、現世における過去――失われた「女」として生きたはずの時間に、ゆるやかに思いを馳せた。
* * *
新雪に音はない。どこにも生き物の痕跡はなく、天樹はどこもかしこも眠りのさ中にある。
ふかふかのそれは膝まで積もり、昨夜一晩の降雪量を思わせた。
今はさほどの雪ではない。風もなく穏やかなものだった。
「どこ、行きます?」
「そうね……去年の場所にはいないと思う。あの方、とっても気まぐれそうだったわ」
「でしょうね」
――でなきゃ、こんな酔狂しでかさないでしょうよ。
続く言葉はぐっとこらえ、小首を傾げる。「では?」と問うた。
いま、歩いているのは学園敷地内のぎりぎり隅っこ。
ひっそりと木立に隠され、張り巡らされているこの径は、祈りの祠の辺りにも繋がっている。
盛んな生命力で伸びる天樹の若枝の小藪を押し退け、リエネは姫の行く手を確保しながら進んだ。おかげで道行きはひどくゆっくりだ。
「祠で祈るわ」
「それ、は……」
「今ならわかる。リエネが会った妖精は私の祈りを『聖くない』って言ったのよね?」
「…………えぇ、まぁ」
――どころか、『しょうもない』とまで言われていたのはこの際伏せておく。
無言のリエネに構うことなく、少女は真っ直ぐ、ひたと前を見据えた。
径の先。ひっそりと佇む祠の黒銀の扉を、まるで視界に捉えているかのように。
「うっかり出てきたくなるなるようなことを、いっぱい祈るわ。大丈夫、私を信じて。記憶にしろ、姿にしろ取り戻してみせる。リエネが望むものを。――ぜったいよ」




