12 パズルのピースの裏返し
眠っていると、たいてい前世の記憶を夢に見た。ほんの断片。重さのないパズルのピースのようなそれらはばらばらと意識の底に降りしきる。
色のない夢のなか。パズルには、不思議とほのかに温かい色みが宿っている。
(懐かしいな。あ、よく行ってた本屋。あと……誰だろ、友達?)
真冬っぽい。
私服で、厚着が苦手なのか薄手の黒のダウンジャケットにジーンズ、スウェード生地のキャメルブラウンのスニーカー。
ポケットに両手を入れてガードレールに腰掛け、足元を見ている。誰かを待っているようだった。自分だから顔は見えない。
音はなかったが、ふと、呼ばれている気がした。振り向くとそのひとがいた。
(……セフィル?)
顔立ちは当たり前だが似ていない。
茶髪っぽいのは地毛だと主張していた――確か、クラスメイト。私服なので何を着てもそりゃ自由なのだが、出で立ちは似たり寄ったり。
さらに猛者と言うべきか、そのひとはアイボリーの毛皮の付いた襟の高いジャケットベスト。下はリブハイネックの黒いセーター。
どうかしてる。空は曇天で雪なのに。でも楽しそうな空気が伝わってきた。しかも――
微妙にがっかりしている。
“どうしてスカートじゃないの?”と、訊ねるイメージが伝わった。
“!!”と、ムッとしつつ赤面するセフィルっぽい……実は女子なんだろうか。とにかく機嫌を損ねたらしい彼女を追って、街の賑わいを逆行しつつ追いかけた。すると。
(だめ。――だめだ、そっちは)
夢のなかのリエネの声は届かない。知ってる。でもそこは……!
「行か、ないで…………『伊織』っ……」
――――赤信号のなか、歩道まで突っ込んできた乗用車。
たしか。自分も突っ込んだ。
ポケットから出した手を精一杯伸ばして彼女を、守ろうとしたけど。
夢で見なくともわかる。思い出せる。
どうして、今さら。
(……なんで、自分のことじゃなく。伊織を思い出したんだろう。しかも)
寮舎の窓の縁は、うっすらと青く夜明けの光を滲ませている。仰向けに寝たままの目尻から両耳にかけて濡れそぼった跡が熱い。涙が伝っている。
いつの間にか寝ぼけて、伸ばしていた右手を。
震える手を懸命に握りながら、胸元へと引き寄せた。
空いている左手で目許を覆う。そのまま、しばらく声を抑えて衝動に任せる。目が、身体が熱かった。ぎゅっと瞼を閉じる。この世界の何も見ていられない。
――セフィルとは、たぶん前世で繋がりがある。でもお互い性別が変わってて……容姿も違う。
なのに、なぜ?
「だめだ。頭こんがらがりそう。今日は……一時間目、何だっけ」
キシッと寝台を軋ませて敷布の上を滑り、つめたい床に素足を付ける。ひた、ひたと窓辺まで歩いた。
いつになく寒い。冷えている。
瞬間、リエネはハッと目をみひらいた。
(妙に音がない。――ひょっとして??!)
急速に冴えた思考を真っ直ぐに外へと向けた。朝告げ鳥もまだ鳴いてはいない。しん、と音のすべてが吸い込まれる気配がする。そういえば、昨日も昼からちらほらと降っていた。
もどかしい思いで勢いよくカーテンをひらく。すると――――
「雪……!!」
静寂の、夜が明けたばかりの寮舎の一室でリエネの声が驚きとも喜びともつかぬ色を帯び、ぴしりと緊張感をもって響いた。
一面の、白銀に。