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 学園中央棟の大食堂は、がやがやと楽しげな熱気と活気に満ちていた。


 あえて二階部分は設けず、高い尖塔の先まで吹き抜けの広間は細長いテーブルがずらりと並び、古城の宴の間のような雰囲気だ。ただし、どこもかしこも新しい。


 吊り下げられたシャンデリア。

 壁を飾る金の燭台。

 蝋燭の代わりに光を放つのは温かみのある輝きの魔法照石(ライトストーン)。こっちの世界は、おおむね魔法をエネルギー源としている。


 (ここは豊かで……あんまり争いがない。だから余計に夢みたいなんだけど)


 ぼんやりと室内の明かりに目を奪われていると、トトン! と肩を叩かれた。


「ぼーっとしてないで、リエネ。あっち、もう席とったよ。行こ?」


「あ……はい、すみません」


 すでに自分の食事は運び終えたらしい主の少女に驚く。これじゃ従者失格だな、とほんのり眉を下げた。


 メイプルブラウンのトレイの上には、平たく焼かれたパン生地に、彩りあざやかなサラダや焼き目を付けて甘辛く煮詰めた鳥肉。鶏ではないらしい。それはさておき……


 メイレニアの指差す方向。

 広間の端の空席をみとめたリエネは、若干早めた足をそちらに向けた。




   *   *   *




「びっくりしたのよ? 私も」


 くるくると器用にフォークでパスタを絡めながら、黒髪のソーニャが話し始めた。

 たまたま、食堂に来たら鉢合わせた。その流れで同席している。うんうんと頷くセフィルとメイレニアは対面同士。ちなみにリエネの正面がソーニャだ。


「叔母さまの葬儀を終えて、戻ったらリエネが何食わぬ顔で男の子になってるんだもの……しかも格好いいし」


「はい?」


「ごめん、聞き流して」


「……あ、はい」


 そのままクリームベースのパスタをぱくん、と口に入れる。

 頬を染め、どこか拗ねたようにもぐもぐと咀嚼(そしゃく)する少女を待つ間、今度はセフィルが(はす)向かいから口を挟んだ。


「な? 間違いの元だぜ。さっさと天樹の精を見つけないと」


「どうやって?」


「どうって――」


 言い淀むセフィルに、メイレニアが食い下がる。


「私が妖精を見たのは、去年の一度きり。いちおう、あれから悩んだのよ? 私の我儘でリエネを……その、男にしちゃっていいのかなって。

 本当に記憶をなくしてるのか不安になって、何度も()()を掛けたわ。『雪の日のおまじない』を教えたのもそう。ちゃんと、ここにいるのは私のためだけに生まれた、まっさらなリエネだって確信したかった。悶々としてたの。

 ……たしかに、男の子のリエネ()()ときめくもの。側に居るだけで、嬉しいんだもの」


(((!! 『()()』って……今、さらっと言った? え、両方なの?? いいの、それで……???)))


 おくびにも出さず、三者は同時に似た内容の突っ込みを心に浮かべる。

 が、全員声には出さない。やんごとない姫君の残念な告白なのだ。マナーとして聞き流すべきと、各自判断した。


 けれど。


 ざわざわと繁雑さに満ちる食堂のただなか、切り取られたような静寂のさなかに。


 カチャリ、と食器が鳴る。

 三名の王族は反射でハッ……と、そちら側に顔を向けた。


 その、中性的な透明感のある容貌の少年に。



「姫。わたしは……女に戻るか戻らないかよりは、記憶を取り戻したい」


「リエネ」


 食事は途中。正直、喉を通らない。ミニカップでゆらゆらと揺れていた澄んだ色合いのスープだけ、辛うじて飲み干せた。

 白い陶器の受け皿に空の器を乗せたまま、姿勢を正したリエネがどこか、厳かな声音で告げる。


 ――こちらの世界に生まれて、初めてなのかも知れない。

 これだけ「何か」を切望したのは。



「でないと、宙ぶらりんで……つらいんだ。姫が好きだよ。けど、覚えていない『わたし』が何を思っていたのか、ちゃんと知らないとフェアじゃない。

 ……協力してほしい。『天樹の若巫女』として。きっと、貴女の呼び声になら妖精は姿を現してくれる」



 ――――“あれは巫女としてだめだ。祈りが(きよ)くない”と。


 覚えている限り、一度だけ会えた妖精(かれ)は、そう言っていた。

 つまり。



「呼んで。姫。……そのときの妖精を」


 瑠璃色の(そら)のような瞳をきらめかせ、リエネは決然と隣に座る主の少女へと視線を流した。


「雪が積もったら、きっと、絶対に会えるから」


 お願い、と。

 最後の一言はまなざしとともに、(から)のカップにぽとん、と落ちた。


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