11 お願い
学園中央棟の大食堂は、がやがやと楽しげな熱気と活気に満ちていた。
あえて二階部分は設けず、高い尖塔の先まで吹き抜けの広間は細長いテーブルがずらりと並び、古城の宴の間のような雰囲気だ。ただし、どこもかしこも新しい。
吊り下げられたシャンデリア。
壁を飾る金の燭台。
蝋燭の代わりに光を放つのは温かみのある輝きの魔法照石。こっちの世界は、おおむね魔法をエネルギー源としている。
(ここは豊かで……あんまり争いがない。だから余計に夢みたいなんだけど)
ぼんやりと室内の明かりに目を奪われていると、トトン! と肩を叩かれた。
「ぼーっとしてないで、リエネ。あっち、もう席とったよ。行こ?」
「あ……はい、すみません」
すでに自分の食事は運び終えたらしい主の少女に驚く。これじゃ従者失格だな、とほんのり眉を下げた。
メイプルブラウンのトレイの上には、平たく焼かれたパン生地に、彩りあざやかなサラダや焼き目を付けて甘辛く煮詰めた鳥肉。鶏ではないらしい。それはさておき……
メイレニアの指差す方向。
広間の端の空席をみとめたリエネは、若干早めた足をそちらに向けた。
* * *
「びっくりしたのよ? 私も」
くるくると器用にフォークでパスタを絡めながら、黒髪のソーニャが話し始めた。
たまたま、食堂に来たら鉢合わせた。その流れで同席している。うんうんと頷くセフィルとメイレニアは対面同士。ちなみにリエネの正面がソーニャだ。
「叔母さまの葬儀を終えて、戻ったらリエネが何食わぬ顔で男の子になってるんだもの……しかも格好いいし」
「はい?」
「ごめん、聞き流して」
「……あ、はい」
そのままクリームベースのパスタをぱくん、と口に入れる。
頬を染め、どこか拗ねたようにもぐもぐと咀嚼する少女を待つ間、今度はセフィルが斜向かいから口を挟んだ。
「な? 間違いの元だぜ。さっさと天樹の精を見つけないと」
「どうやって?」
「どうって――」
言い淀むセフィルに、メイレニアが食い下がる。
「私が妖精を見たのは、去年の一度きり。いちおう、あれから悩んだのよ? 私の我儘でリエネを……その、男にしちゃっていいのかなって。
本当に記憶をなくしてるのか不安になって、何度もかまを掛けたわ。『雪の日のおまじない』を教えたのもそう。ちゃんと、ここにいるのは私のためだけに生まれた、まっさらなリエネだって確信したかった。悶々としてたの。
……たしかに、男の子のリエネにもときめくもの。側に居るだけで、嬉しいんだもの」
(((!! 『にも』って……今、さらっと言った? え、両方なの?? いいの、それで……???)))
おくびにも出さず、三者は同時に似た内容の突っ込みを心に浮かべる。
が、全員声には出さない。やんごとない姫君の残念な告白なのだ。マナーとして聞き流すべきと、各自判断した。
けれど。
ざわざわと繁雑さに満ちる食堂のただなか、切り取られたような静寂のさなかに。
カチャリ、と食器が鳴る。
三名の王族は反射でハッ……と、そちら側に顔を向けた。
その、中性的な透明感のある容貌の少年に。
「姫。わたしは……女に戻るか戻らないかよりは、記憶を取り戻したい」
「リエネ」
食事は途中。正直、喉を通らない。ミニカップでゆらゆらと揺れていた澄んだ色合いのスープだけ、辛うじて飲み干せた。
白い陶器の受け皿に空の器を乗せたまま、姿勢を正したリエネがどこか、厳かな声音で告げる。
――こちらの世界に生まれて、初めてなのかも知れない。
これだけ「何か」を切望したのは。
「でないと、宙ぶらりんで……つらいんだ。姫が好きだよ。けど、覚えていない『わたし』が何を思っていたのか、ちゃんと知らないとフェアじゃない。
……協力してほしい。『天樹の若巫女』として。きっと、貴女の呼び声になら妖精は姿を現してくれる」
――――“あれは巫女としてだめだ。祈りが聖くない”と。
覚えている限り、一度だけ会えた妖精は、そう言っていた。
つまり。
「呼んで。姫。……そのときの妖精を」
瑠璃色の宙のような瞳をきらめかせ、リエネは決然と隣に座る主の少女へと視線を流した。
「雪が積もったら、きっと、絶対に会えるから」
お願い、と。
最後の一言はまなざしとともに、空のカップにぽとん、と落ちた。




