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01-08 竜の止まり木

「用事も終わったし、お風呂入ろ!」


 アキラが両手を高く上げ体を伸ばしながら言う。確かに今まで異文化に触れてばかりで忘れていたが、今の俺たちはなんだかんだ土と血で汚れている。もちろん今まで頭から抜けていたくらいだからそこまで汚れているわけではないが、気になってしまうともう無視できない。

 アキラはお風呂の入れる場所を知っているのか、迷いなく歩き出した。


「こっちってお風呂はどうなっているんだ?」

「お風呂屋さんがあるからそこで入る感じだね。上下水道が整備されていないから一家に一台なんてのはとてもじゃないけど無理だと思うよ。」

「ああ、上下水道が整備されていないのか。それは...色々大変だな。」


 掃除洗濯などの家事全般は水道がないと手間が倍増どころの話ではないだろう。トイレだって下水道がないのなら汲み取り式になるのだろうか。現代人にとってはなかなか厳しい世界だ。


 お風呂屋さんはすぐ近くにあった。外見は大きめの建物のようにしか見えないが、高い煙突が伸びており白い煙が空へ吐き出されている。

 中に入ると、そこに日本の銭湯のように下駄箱は無く土足のまま男女に分かれるようだ。


「入り方は日本の銭湯と大体一緒だよ。それじゃあ、お風呂上がったら入り口で待ってて。できるだけ早く上がるから。」

「おう、分かった。俺もゆっくり入るから、アキラも急がなくていいぞ。」

「うん、ありがとう。じゃあね。」


 アキラは赤い看板が掲げられたドアの奥へ消えていく。俺も行くかと足を一歩進めたところでふと気づく。

 ...しまった、タオルとか石鹸とかどうするのか聞いてない。誰もいないので人に聞くこともできないな。


「まあ、いいか。何とかなるだろ。」


 当たって砕けろの精神で、男湯のドアを開ける。

 ドアの向こうは脱衣所になっているようだ。鍵付きのロッカーが壁いっぱいに並んでおり、数人のミグ人が着替えをしていた。


「いらっしゃい。」


 声がした方を向くと、小さな机に腰かけたミグ人がこちらを見ていた。番頭さんだろうか。毛先が白くなっている、お年を召しているのかな?


「初めてなんだが、使い方はどんな感じなんだ?」

「簡単だよ。ここでお金を払って、あとは服を脱いでお風呂に入るだけ。」


 アキラの言う通り日本の銭湯と変わりないようだ。


「タオルとか石鹸とか持ってないんだが、貸し出してたりするか?」

「うん、貸し出しもしてるし販売もしてるよ。御使い様にゃら、タオルよりブラシの方がいいんじゃにゃいかにゃ?タオルよりも高いけど、鱗の隙間まできれいに洗えるよ。」


 ブラシで体を洗ったことなんて今までなかったが、いいかもしれない。


「それじゃあ、ブラシと石鹸を1つずつ、タオルを2つもらおうか。」

「まいど、入浴料と合計で2700ビスににゃります。」


 このおじいさんも換算ができるらしい、複雑な計算を暗算できる猛者か。

 さっき教わった記憶を頼りにお金を払う。だいぶもたついてしまったがおじいさんは急かさずにニコニコと笑っていた。


「御使い様はこっちに来たばかり見たいだね。」

「あー、やっぱり分かりますか。」

「お金の払い方を見れば一発でね。頑張って大神様の期待に応えてくれ。」


 購入した銭湯セットをおじいさんから受け取る。

 大神様の期待っていうのは、ソラスが言っていた魂の研鑽のことだろうか。レベル上げはこちらも望むところなので、頑張りますと返事をしてロッカーへ向かう。


 ロッカーで靴と服を脱ぎ全裸になる。服の上からは分からなかったが、体のあちこちにあざができていた。どうやら回復ポーションでは回復しきれなかったようだ。うわ、鱗も端が欠けている。服を脱ぐとき妙に引っかかると思ったがそういうことか。


 ロッカーに入っていた桶にタオル、ブラシ、石鹸を入れて浴場へ入る。

 入った瞬間、目を丸くしてしまう。壁も床も一面タイル張り、体を洗う席が3列並び、奥には狭めだが浴槽が見える。ほとんど日本の銭湯と同じだ。さすがに壁に富士山が描かれていたりはしないが、まるで日本にいるかのような錯覚を感じる。


「こりゃ日本の銭湯と同じ感覚だわ...」


 他の客もミグ人が2人いるだけなので手近なところに座る。シャワーはなく蛇口だけだ、桶に貯めて頭から被ればいいのかな。

 お湯を出そうとして蛇口の使い方が分からないことに気づく。そうか、上下水道がないんだからノブをひねればお湯が出るわけないのか。三つ隣の席に銭湯玄人っぽいミグ人がいるので使い方を盗み見る。...なるほど、それは手押しポンプになっているのか。


 見よう見まねでハンドルを押してみる。...おお、お湯が出てきた。温度は少しぬるめだ。俺は肌がピりつくくらいの熱々が好きなのだがミグ人の好みもあるだろう。

 桶にお湯を貯めて、二度頭からお湯を被る。


「ふう...」


 肺から息が抜ける。風呂は命の洗濯と言われるがまさしくその通りだ。刃物を研げば泥のような汚れが出るように、"魂を研いだ"あとにも汚れが溜まるのだ。以上、仁吾心のポエム。


 普段俺は頭から洗うのだが、この体には髪が生えていない。頭は全て鱗で覆われているので体と一緒に石鹸で洗ってしまえばいいか。


 石鹸を手で泡立てて体に塗りたくり、ブラシで体を擦る。

 ブラシの毛が思ったよりも硬いが、この体にはこれくらいが丁度良い。ブラシで体を洗うのは初めてだが普通に便利で、何ならタオルよりも良いまである。背中の洗いやすさで1000点くらい加点されている。


 頭のてっぺんから足の先まで丁寧に洗っていく。鱗を擦る感じが歯磨きに似ていて少し変な感じだが楽しい。


 足の指の間までしっかりと洗えたので、頭からお湯を被り洗い流していく。

 生まれ変わった気分だ。この体が脱皮するのか知らないが、もし脱皮したならこんな気分になるのだろう。


 泡を全て洗い流せたので湯舟へ向かう。先に入っていたミグ人さんに会釈をして、指先で温度をチェック。...きた!、アッツアツだ。

 足先からゆっくりと、肩までしっかり漬かる。このレベルの温度は急に入ると心臓に負担がかかり、最悪死に至る。特に冬場は注意だ。


「あ゛あ゛ー...」


 思わず声が出る。お風呂と言えばこれだ。ほんと大好き。

 おそらく10分も漬かればのぼせてしまうから、しっかりと堪能しよう。魂がとろけていくようだ...。




「あ゛っつ゛い!!!」


 ...壁の向こうから何やら聞いたことのある声が聞こえてきたが、気のせいだろう。





 お風呂屋さんの前でアキラと合流する。

 アキラの髪はまだしっとりと濡れていて頬も赤くなっている。アキラもお風呂を堪能したみたいだ。


「今日のお風呂熱すぎて死ぬかと思った...。」

「ああ、普段はあんな温度じゃないのか」

「当たり前でしょ、あの温度はバカすぎる。」


 だからあんな大声出してたのか。そりゃ、知らずに入ったら声出ちゃうよね。


「まあ結果として気持ち良かったからいいけど。今3時くらいだけどこれからどうする?観光とかしたい?」


 アキラは髪を手でパタパタさせながら尋ねてくる。

 観光に興味がないわけではないが...。


「おいおいアキラさん、大事な用事を忘れてるぜ」


 チッチッチと、アキラに見せつけるように指を振る。


「え?何かあったっけ?」

「大きな戦いを終えた後は...打ち上げだろ!」


 指を掴まれながらも、笑顔でアキラに告げる。これ、指を離しなさい。

 部活でも大会が終わった後はファミレスなんかで打ち上げをしたもんだ。懐かしいなあ。


「おお、打ち上げかあ!いいね!」


 アキラも乗り気だ。手をあげて喜んでいる。


「乗り気だな、いいぞ。お金にも余裕があるし、ちょっと高いところ行こうぜ。」

「あり!あ、けどお店全然知らないや。どうしよう?」

「道行く人に聞いてもいいが、折角だしちょっと街を見て回らないか?アキラはもう道に詳しくなったりした?」

「あんまり詳しくなってないかな?早く冒険したくてたまらなかったから、あんまり町は見て回ってないかも」


 アキラは随分と冒険心溢れる少女のようだ。観光よりもモンスターと戦いたいとは...。


「よし、なら見て回ろうぜ。」

「れっつごー!」


 アキラと並んで歩き出す。

 異国情緒あふれる街並みが見ていて楽しい。いや、ここは異世界みたいなもんなのだけど。


 街を散策しながら適当な目についた店に入る。

 服屋、雑貨屋、家具屋などを見て回ったが、どこも現代日本とは全く違っていてついはしゃいでしまった。


 おいしそうなにおいのするお店があったので窓から覗いて見ると、どうやら飲食店のようだった。店頭にメニューの載った看板が出ていたのでそれを2人して眺める。


「ここはどう?」

「悪くはないが、魚中心の感じがしないか?ドラゴンのバラ肉を調理してもらいたいから肉料理の店がいいな。」


 俺は魚も好きだが今は肉の気分なのだ。

 というか、看板見てて思ったが刺身あるんだな。さすが海に近いだけあるってことか。もしくはミグ人達は無類の生魚好きなのかもしれないが。猫っぽいしあり得る。


「持ち込んだ食材を調理してもらうってなると、小さい店の方がいいのかな?こっちの世界の文化では持ち込みはどういう感じなんだろう?」

「確かに、この店はちょっと頼むには敷居が高い感じがするな。」


 この店はやめにしてまた散策を再開する。

 大通りはもうあらかた見て回ったので、一本隣の路地に入ってみよう。


「へえ、なかなか風情があるじゃないか」

「確かに。人通りが少ない分落ち着きがあるね。」


 一番大きな通りから少しずれるだけでも随分と様子が変わる。さっきのは観光客向けといった感じだったが、こちらは地元住民向けのように見える。この世界に観光なんて文化があるのかわからないが。


 こちらでもあちこちの店を冷やかしながら歩く。

 飲食店は見つけるたびに覗いているが、かっちりしたレストランか酒場のような店ばかりだ。できれば店主が一人で切り盛りしている隠れた名店的なものを見つけたいが...。


「それはさすがに欲張りでしょ。地元民がしばらく暮らしてからふと見つけるやつじゃんそれ」

「欲張りかもしれんが、こっちでの初めての食事だから良い思い出にしたいんだよな。」

「その気持ちもわかるけどさー。私なんて酒場で芋だったよ?まあ、異世界っぽくて良かったけど」


 露店で買ったジュースのようなものを2人で飲みながら歩く。

 酒場で芋か。確かに悪くないがもっといいものを...!

 諦められずに、また違う通りを覗いて見るかと考えだしたところで、ふと鼻にいい香りが届いた。


「どうしたの?」


 足を止めた俺をアキラが見上げる。

 香りはこっちから来ているか?その場でぐるりと回り香りの方角を特定する。

 どうやらあっちから来ているようだ。


「こっちからいい香りがする。」

「やけに鼻をスンスンしてると思ったら...。とかげって鼻利くの?」


 アキラが鼻をつついてくる。

 あんまり聞くイメージはないが人間よりは利くようだ。

 香りに導かれるように歩き出す。さらに細い路地へと入っていく。


「うわー、ほんとの生活道路って感じ。」

「隠れた名店がありそうな雰囲気がしてるじゃないか...」

「確かに、あるならこういうところだけど」


 鼻を利かせてさらに道を進んでいく。路地を3回も曲がれば匂いはかなり近づいてきた。これはスパイスが混じっているな...。

 道はもうだいぶ細い、人が三人も並べばいっぱいいっぱいだ。両脇の家から道を挟んでひもが渡してあり、干された洗濯物がゆらゆら揺れている。


「裏道みたいな感じだけど綺麗だね。ゴミが全然落ちていない。」

「ちゃんと公共サービスが行われているんだろうな。住民が自分でやってるのかもしれないが」


 香りの元はここらのはずだが...。お店は無さそうだ。重そうに籠を持ったミグ人が一人歩いているだけだ。香りの元は、あのミグ人か?


「すまない、そこの人。」

「はい?」


 茶トラ模様のミグ人が振り返る。

 やはり、香りはこのミグ人からきている。ここまで近づけば詳細まで伝わってくるぞ。溶けた油、巧みなバランスで配合された香辛料、香ばしく焼けた肉。間違いない、このミグ人はステーキの料理人だ。


「俺に!ステーキを焼いてくれ!」

「いや、急すぎる。」

「ええっと、うちの店のお客さんかにゃ?」


 ミグ人さんは急に現れた巨漢のトカゲ男に目を白黒させている。

 やっぱりお店をやっているらしい。俺の鼻に狂いはなかった。

 アキラが若干ついていけなさそうな顔をしているがまあいいだろう。


「そうなんだ、ドラゴンのバラ肉を焼いてもらいたいんだが、食材の持ち込みは大丈夫か?」

「はい、もちろん。好みのスパイスにゃどはありますか?あっ、お店まで歩きにゃがら話しましょうか。」


 茶トラのミグ人さんに先導されて細い路地を歩く。

 籠が重くて歩くのも大変そうだったので、籠を持つのを変わる。最初は断られたが、最後は折れてくれた。俺を警戒してるのかと思ったが普通に遠慮しているだけだった。食材がいっぱいで結構な重さだ。


「自己紹介がまだだったな。俺はジン。」

「ジンさんですね、あたしはルカって言います。そっちの御使い様は?」

「私はアキラ。ごめんね、急に話しかけちゃって。」

「いえいえ、嬉しいです。あたしの店知ってくれてたんですか?」


 ルカさんがキラキラした目で俺を見上げてくる。

 うっ、ここで知りませんでしたとは言えない...。アキラと視線を交わす。互いの言いたいことは過不足なく伝わった。ごまかすしかないな。

 まずい、ルカさんの顔色が曇りだした!早くごまかせ!


「うん、道行く人に聞いたら数人からルカさんの店話が出たんだ。ね、そうだよね?」

「そうそう、おいしいって聞いたから楽しみにしてたんだ」

「ほんとうですか!嬉しい!あんまり客足が増えにゃくて困ってたんですよね...。常連さんはいるんですけど新規のお客さんが...。」


 騙しているようで心が痛い。いや、匂いだけで見つけたのはある意味口コミよりも良いことなのでは...?


「お店はルカさんが店主なの?」

「はい、そうです!母から譲り受けたお店なんですよ。」


 ルカさんは胸を張って誇らしげだ。

 そう言えば、ルカさんは何歳なのだろう。ミグ人達は皆外見から歳を推測しづらい。出会ったばかりでは聞くこともできないので想像するしかできないな。





 細い路地を5分ほど歩くと、ひっそりと看板が掲げられたルカさんの店に着いた。手書き風の看板が可愛らしいがいつも通り文字は読めない。ううむ、これは聞かなければ店だと分からないな、立地の問題も大きいのだろうが外見の影響もありそうだ。


「いらっしゃいませ、竜の止まり木へようこそ!」


 ルカさんが扉を開けて迎え入れてくれる。

 店はまだ開店していないのだろうか、俺たちの他にお客さんはいない。

 店内は調理場に面したカウンターが6席に、4人掛けのテーブルが6台並んでいる。路地に面した壁はガラス張りになっているが、いかんせん路地自体に陽が届いていないため店内にも日ざしは入ってこない。しかし店内にはたくさんの明かりが設置してあるため薄暗さはなく、柔らかな明るさをしている。なかなかいい雰囲気だ。掃除もちゃんと行き届いているようで床に埃一つ落ちていない。


「ジンさん、ありがとうね~。籠はそこ置いといてくれたらいいから。」

「おう、分かった。お店まだ開店前?」

「そうだよ。けど2人は特別、せっかくお店探してくれたんだもんね。」


 籠いっぱいに詰まった食材を取り出しながらルカは嬉しそうに話す。

 申し訳なさで胃が痛む...。贔屓にしよ...。


「2人はにゃにか食べたいものあるの?出来るだけ希望に沿えるよう頑張るよ。」

「そうそう、ステーキが食べたいんだ。レッサードラゴンのばら肉があるからそれを焼いて欲しいんだけど、お願いできるか?」

「お安い御用だよ!それにあたしステーキが一番得意なんだ!」


 ルカさんはルンルンで棚から食材やらを取り出し始めた。

 一番得意とはまた楽しみだな。


「アキラさんはにゃにか食べたいものあるの?」

「私は煮込み料理が食べたいんだけど、すぐには作れないよね。どうしようかな?」

「昨日の夜から煮込んでいるやつがあるから出せるよ。丁度いい感じに煮えているはず。」


 そう言うと鍋の蓋を開け中を覗き込み、満足そうに頷いた。

 アキラはルカの正面、カウンターに座っていたので俺も隣に座る。木と何やら硬そうな素材でできた椅子が軋む。...壊れないよね?


「ごめんね、30分くらいでできると思うからちょっと待ってて。あっ、ジンさんお肉頂戴~。」

「っとそうだったな。どうぞ。」


 カウンター越しに【レッサードラゴンのバラ肉】を手渡す。上手い料理になってくれよ。

 ルカさんがカードを展開させると、骨の突き出た肉塊がドスンと音を立てて調理台に現れる。ルカさんが両手で抱えなくてはいけないくらいの大きさだ。5kgは確実にあるだろう。


「大きいね。」

「ほんとおっきいね。これならステーキ以外も作れちゃうけど、どうしよう?にゃにか他に食べたいのある?」


 アキラの方を見るが首を傾げられる。

 俺を見るな。俺も思いつかないので2人して首を傾げていると、見かねたルカが助け舟を出してくれる。


「にゃいならこっちで勝手に決めちゃうよ。」

「お願いしまーす!」

「すまねえ、お願いします。」


 2人して頭を下げる。料理のプロに決めてもらうのが一番だからね。


 肘までしっかり手を洗ったルカが調理を始める。玉ねぎ、人参、大根...のような野菜をしっかり洗うとザクザク切り出した。プロの料理人らしい迷いない手さばきだ。


「なあアキラ、こっちって魔法道具だよな?」


 店内を照らす明かりを見上げる。火ではない安定した明かり。

 露店で買った飲み物が冷えていたり、それらしき気配はしていたものの実物は見かけなかったが、やはり魔法道具は存在はしていたようだ。


「たぶんそうだね。簡単な魔法なら魔法道具で再現できるみたいだよ。」

「へえ、なら機械もある程度再現できそうなものだが。」


 エンジンだってどうせ回転運動に変換するんだろ、モノを回転させるのは簡単な魔法に分類されないのか?


「まあ、いろいろ制約があるみたいだよ。詳しくは知らないけど運動エネルギーを生み出す系の魔法は負荷が高いんだとか。」

「へえ...なんだか作為を感じるな。」

「それはいろいろなところで言われてるね。ミグ人達はあんまり気にしてないみたいだけど。」

「大神様が必要と思ってそういう風にしたのにゃらあたしたちは従うだけだよ。」


 野菜を刻みながらルカは言う。所詮この世界の客人である俺たちはが口をはさむ余地はなさそうだ。


「信心深いんだね。私たちはとりわけ信心深くない民族だからあんまり分かんないや。」

「この世界は神様の実在が証明されているからね~。あたしはいるか分からにゃい存在を信仰する方が分からにゃいよ。」

「そこは育った環境が違いすぎるから仕方ないか。」


 ルカは大きな鉄板に油を広げ野菜を手際よく炒める。さらに同時進行で鍋にかけられた煮込み料理の様子を見つつ、ばら肉の余分な脂肪を削ぎ落とす。

 ちなみに鉄板と言っても鉄ではない。おそらく石か何かだろう。


「2人はステーキどのくらい食べる?」

「俺はたらふく食いたい。」

「私も多めにして欲しいけど、ジンと同じ量とかされたら泣いちゃう。」


 アキラはかなりの細身だ。体重はダブルスコアを付けて俺の圧勝だろう。消費カロリーとか考えたら三倍も食べれそうだ。


「アキラは普段ステーキ何グラム食べるんだ?」

「私は200gもあれば十分かなー。他にも料理出てくるなら150gとかでもいいかも。」

「アキラさんは小食だね。それじゃ強くにゃれにゃいぞ。ジンさんは?」

「俺は...、2kg行こうか。」


 さんざん暴れまわって血も足りないしそれくらいいけそうだ。元の体では300gで腹8分目くらいだったからそこから約7倍か。...いけるかな。


「さすがによく食べるねえ。それでこそ作り甲斐があるってもんよ!」

「2kgって...。いや、その体ならいけるのかな...?」

「折角なんだしアキラさんも倍くらい食べたらいいのに。2人とも焼き方はどうする?」

「私はミディアムで。」

「俺はレアで。」


 2人とも即決だ。俺は血も滴るベリーレアにしてもよかったがちょっと日和ってしまった。この体を信用していないわけではないんだが、お腹を崩したらどうしようと思ってしまったのだ。次の機会があればそうしよう。


「はーい、それじゃあ焼いていきまーす。」


 ルカが分厚く切られた肉を鉄板に置けば、耳に心地よい音とともに肉の香りが広がる。

 もう口の中がよだれでいっぱいだ。

 隣を見ればアキラも口の端からよだれが垂れそうな緩んだ顔をしている。


「野菜も食べな~」


 木の皿に盛られたサラダとボウルに並べられたパンをルカさんから受け取る。

 そうか、ご飯はないのか。日本人としてはご飯が欲しいが、街の外は畑ばかりで田んぼは無さそうだったので無理な望みだろう。この辺りの気候では米は育たないのだろうか。パンはフランスパンのような外が硬いパンだった。それっぽくて非常にグッドだ。


 いただきますをしてフォークでサラダを突き刺して口いっぱいに頬張る。野菜はこちらでも変わらない味だ。体にいいことをしている気分になる。


「ねえ、ジン。私食レポ得意なんだよ。」

「食レポぉ?俺なんて食レポしようと思ったことすらないぞ...」


 アキラが突然思いついたかのように話しかけてくる。

 アキラが友達たちとキャアキャア言いながら食レポをしている姿が目に浮かぶ。彼女は箸が転んでも笑うと言われる年頃だ、何を言っても大盛り上がりなのだろうな...。


「食レポしたことないの?大体誰かが言い出すでしょ。」

「そう言われても、男はあんまりしないんじゃないか?まあ、言ったからにはやってみてくれよ。食レポ。」

「まあ、見てなって。行くよ...。」


 アキラはサラダを一口だけ口に含むと、頬に手をあて大げさに傾く。


「ん~、おいし~!サラダのシャキシャキ感が楽しいですね!ドレッシングともぴったりマッチしていていくらでも食べれちゃいそうです~。...どう?」


 アキラは満面の笑みでこちらを見ている。

 いや、どうと言われても...。正直微妙だ。具体的な味に言及していないじゃないか。

 これを直接言ったりしないだけの常識は持っている。


「まあ、よかったんじゃないか...?」

「うわ、微妙な反応。それダメだよ、ちゃんとおっきくリアクションしてあげないと。」

「なんで俺が駄目だしされてるんだよ。ていうかサラダって完全に食レポ向いてないやつだろ。」

「それはある。」


 アキラはサラダを口いっぱいに頬張りながら首肯している。今度は俺がやってみろと言われるかと思っていたが、そんなことはなかった。

 というかこら、食べながらしゃべっちゃいけません。


「お待たせ!お肉の登場だ~!」


 俺たちの前に熱々の鉄板に乗った肉の塊がそれぞれ置かれる。これが2kg...!なんて厚さ!なんて迫力だ!油が跳ねるがこの肉の前では全く気にならない。


 ナイフとフォークを手に取り肉に突き立てる。ナイフの通りがいい。これはいいお肉だあ...!

 端から一口大に切り、肉汁したたるそれを口いっぱいに噛み締める。


「うますぎる...!」

「うまっ!」


 ナイフを持つ手が震える。あまりのおいしさにアキラも隣で目を丸くしている。


「一口噛むたびに肉汁と一緒にうまみが溢れてくる...。綺麗にさしが入っていただけあって一回噛むだけで噛み切れてしまう柔らかさなのに、さしによる油が全く重たくない。うまみだけを純粋に伝えてくる。こんなの食べたことない...!」

「なんだこいつ!?」


 突然食レポを始めた俺にアキラが突っ込む。許してくれ、つい出てしまったんだ。


「喜んでくれたみたいだね~。よかったよかった。」


 肉を食べ進める手が止まらない俺たちをルカは嬉しそうに見ている。

 柔らかいから分厚く切っても簡単に噛み切れてしまう。あれだけ大きかった肉が見る見るうちに消えていく。もう食べ終わってしまいそうだ。


「いただき!」

「てめえっ!」


 あろうことかアキラが最後の一切れを持っていきやがった。口の端から肉汁を垂らしながら口いっぱいに頬張るアキラの頬を両手で挟み込むが、もう押しても摘まんでも肉は返ってこない。この野郎...幸せそうに眼を細めやがって...!


「お肉はまだいっぱいあるから喧嘩しにゃいの。新しいの焼いてげるから、焼けるまでシチューでも食べてにゃさい。」


 ルカはそう言うと小皿に入ったビーフシチューのようなものを手渡してきた。

 どの食材もトロトロになるまで煮込まれているのが見た目からも分かる。これは間違いなくパンとの相性抜群だ。


「うわー!おいしそう!」


 シチューを受け取ったアキラが歓声をあげる。よくも最後の一切れを奪いやがって、という思いはルカとこのシチューに免じて許してやろう...。

 改めていただきますをしてからシチューを食べる。


「ああ...、うまい...」


 ため息が出てしまうほどうまかった。肉が舌で押せばほどけるように崩れていく。いったい何のお肉か分からないがとにかくうまい。

 横を見ればアキラもとろけた顔をしている。分かる分かる。



 シチューを完食した俺たちは、おかわりのステーキも追加で出てきた野菜炒めとお刺身もしっかり完食してしまった。さすがにお腹いっぱいだ...。


「私もう動けない。」

「俺も。しばらく休んでていい?」

「いつまでも休んでていいよ。お水のお替りいる?」

「もらう...」


 この椅子に背もたれがあれば全力で寄りかかるところだが無いなら仕方ない。胃がパンパンなので胃を出来るだけまっすぐにするためにカウンターに寄りかかったりもできない。できるだけ体の力を抜きながらも、上半身は曲げない。アキラも同じ体勢になっている。なんだかペンギンみたいだ。





 30分も休憩しただろうか。だいぶ胃も楽になってきた。もうすぐ夕飯どきなのだろう、ぼちぼち客も入りだしたのでそろそろお暇した方がいいか。


「ルカ、お勘定お願い。ほら、アキラ帰るぞ。」

「ん?ああ、そうだね...」


 アキラがまばらに客の入り始めた店内を見渡す。客はミグ人ばかりだ、シェバズはこの店のことを知らないのではないだろうか。


「お会計は、ええっと、1人2500ビスになります。」


 何やら紙を見ながら値段を言うルカ。

 ああ、やけにキリのいい数字だと思ったら換算してくれたのか。ステーキをたらふく食ったにしては破格に安すさだが、肉が俺の持ち込みだったからかな?


 アキラが懐からメモ帳を取り出して、こちらに見せてくる。

 どうやら換算表らしい、どの硬貨を何枚出せばいいか1000刻みで表にされている。


「賢いな」

「ジンも作っといた方がいいよ。ニンバスさんのところでメモ帳も買えばよかったんだけどいうの忘れてた。メモ帳はあると便利だから明日にでも買っといたら?」

「そうさせてもらおう。」


 メモ帳を買う、と脳内のメモ帳に記入する。普段は携帯のメモ帳アプリに書き留めているからこれじゃあ忘れてしまいそうだな。さっそくメモ帳が必要になってしまった。


「それじゃあ、これで頼む。」


 言われた金額よりも少し多めにルカに払う。これが"粋"ってやつさ。


「ちょっと多すぎるよ。」

「いいって、感謝の気持ちだから。チップってやつ。」

「えー、そんなことするんだ。じゃあ、私も~」


 アキラも俺に倣って多めに払う。いや、俺より多めに払ってやがる!?マウントか...?


「アキラさんも...!さすがに受け取れにゃいよ。」

「いいのいいの。私たち今リッチだから。レッサードラゴン倒して懐に余裕があるんだ。」

「これくらいは安いもんなんだぜ」

「それじゃあ、次来たときいっぱいサービスしてあげるね。ありがとう。」


 ルカに手を振られながら店を出る。

 いい店だった、店主の腕は良いし愛嬌もある。隠れ家的な雰囲気も最高だ。是非とも贔屓にしよう。


「いやー、良い店だったね。ジンの鼻を信用してあげてもいいよ。」

「ふふふ、もっと褒めろ。この体は最高だからな。」

「私も【混じり系】が良かったのかなー。最初は【純一種】の方がいいと思ってたんだけどな。」


 アキラが何やら聞きなれない言葉を口にする。察するに俺みたいな亜人が混じり系で、アキラみたいなのが純一種なのだろう。


「混じり系の方が強そうに思うんだが、どうなんだ?」

「最初の方はそうみたいだけど、レベルを上げてけば関係なくなるみたいだよ。」

「なるほどな、そういう感じか。確かに、レベルが上がれば身体能力も上がるもんな。」


 実際、ドラゴンを倒してレベルが上がればチュートリアルで戦ったモンスターも蹴りだけで倒せてしまった。あと、どんなスキルを持っているかも重要だろう。魔法を使えるか使えないかで倒せる魔物もかなり変わるはずだ。


「はあ、もういい時間だね。私はもう帰るけどジンはどうする?」


 空を見上げるアキラにつられて俺も空を見上げる。背の高い建物に挟まれた細い空は夕焼けで真っ赤に染まっていた。


「俺もそうしようかな。夜になったら店も閉まりだすだろうし。」

「あ、違うよ。パーソナルルームで寝なきゃ現実世界に戻らないから、2日くらいならこっちにいれるんだ。」

「へえ、そうなのか。その2日って制限は何なんだ?ずっとこっちにいれるってわけではないのか?」

「大体3日くらいこっちにいたら現実世界でも1日過ぎちゃって昏睡状態になっちゃうらしいよ。」


 昏睡状態とはまた穏やかじゃないな。俺がそんなことになったら大騒ぎだろう。


「けど、あらかじめ入院しといたらそれも何とかなるんじゃないか?」

「まあ、無理じゃないだろうけど...やる気なの?」

「いや、やりたくてもできんが。」


 親になんて説明するんだ。なんか昏睡しそうだから入院させてくれない?って頼むのか?先に頭の病院に連れていかれそうだ。


「まあ、というわけだからあと1日ならこっちにいられるよってわけ。どうする?」

「今日のところは帰るよ。1日の密度が濃すぎた。」


 人生初の命がけの戦いを経験して、その後異世界の街を散策だ。情報の密度が高すぎる。


「まあ初日だもんね。じゃ、ばいばい。今日は楽しかったよ。...また機会があれば一緒に冒険しようね。」


 アキラの言葉に少し虚を突かれてしまった。

 そうか、俺たちは今日初めて出会ったのだった。別にこのままずっと一緒というわけでもない。


「そうだな、また機会があれば。」


 この街は大きいが、シェバズの数はそんなに多くない。レベルも近いしまた一緒に戦う機会もあるだろう。

 ドアを出しアキラへ手を振る。


 ドアをくぐれば、そこは今朝見た小さな部屋だった。

 黒板に部屋が拡張可能になったことを告げるメッセージが書かれていたが、それはまた後日にしよう。今日は疲れてしまった。

 服を脱いでベッドに倒れこむ。

 こちらの世界は最高だ。最高の体、明確な目標、優しい隣人、頼りになる友人。...この夢が永遠に続けばいいのに。


 そんなことを考えているうちにいつの間にか眠りについていた。

 さよなら、惑星ミグ。また来るよ。

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