01-07 お買い物
「次は素材の換金しに行くのか?」
「そうだよ、確か...こっち。」
先導してくれるアキラについていく。街には露店も出ていて、おいしそうな香りに心惹かれてしまったが、あいにくと持ち合わせがないので恨めしく見ることしかできない。
歩くこと10分。アキラは3階建ての、近隣のものと差のない一見地味な建物の前で足を止めた。
「着いた!ここだよ。」
看板が掛かっているが相変わらず文字は読めない。窓ガラスは透明度が低くて中も覗けない。
アキラに続いて店に入る。
派手ではないが、確かな高級感を感じさせる内装だ。ここなら良い取引ができる、という気持ちにさせてくれる。店内は剣、槍、弓、防具が十分なスペースを持って飾られており男の子としてはワクワクせざるを得ない。
「すげー...。ロマンが詰まってる...。」
「キョロキョロしない。恥ずかしいでしょ。」
あちこちに目移りする俺をアキラがたしなめる。確かにちょっと子供っぽかったな。あるいはおのぼりさん。しかし心惹かれてしまうのはしょうがないのだ。闘争は魂に刻まれた本能なのだ。
アキラは陳列された商品に目移りすることなく奥のカウンターに向かう。俺たちが入店した時から直立で待っていたであろう店員が俺たちに深くお辞儀する。妙齢のミグ人だ。服装からしておそらく男。首から下げられたメガネがかちゃりと音を鳴らす。
「いらっしゃいませ、アキラ様、お連れ様。お連れ様はとは初めてお会いしますね。私はニンバス。当店フォラス工房の店主を務めております。」
そう言ってニンバスさんはまた深々とお辞儀をする。ついつい気後れしてしまう。だってここ明らかに高級店だろ。こんな店行ったことねえよ。
「あ、ああ。初めまして。俺はジン。今日こっちの世界に来たんだ」
「ジンとは私がレッサードラゴンと戦っているときに出会ったんだ。ジンのおかげ...もとい、二人の協力あってようやく倒すことができる強敵だったよ。」
「ほお、ドラゴンを初日でですか。それは是非とも仲良くさせていただきたい。アキラ様もこちらに来て一週間ほどと聞いていましたが...。お二人とも将来有望ですね。」
ニンバスはレッサードラゴンを倒したと聞くと目をギラリと輝かせた。これが商売人の目なのだろうか。油断すると尻の毛までむしり取られたりするんだろうか。
「私はともかくジンは格別だね。だから、いっぱいサービスしてくれると嬉しいな。」
アキラは腰に巻いたポーチからカードを取り出す。ドラゴンからのドロップと他にもいくつかある。
「ふむ、ドラゴンの腱、鱗、皮ですか。このあたりではなかなか流通しないものですね。特に腱は。そうですね...、腱が50万、鱗が1枚1万、皮は10万でいかがでしょうか。」
「うん、それでいいよ。取引成立だね。」
どうやら今ので取引は無事成立したみたいだ。値上げ交渉みたいなことはしないらしい。合計で60万と少しか、それが妥当かどうかはさっぱりわからない。
「次は俺の番か。」
アキラと入れ替わりカウンターの前に立つ。
さて、何を売ろうか。アキラが取引しているうちに俺も考えておけばよかった。とりあえず売りたくないものは、ドラゴンの爪と皮と鱗か。武器と防具を作らなければ。ならそれ以外は売ってもいいかもしれない。
カウンターに売ってもいいカードを並べる。チュートリアルで手に入れたドラゴン以外の素材も全て売ってしまおう。あと、ドラゴンの睾丸も。錬金術師とかのクラスに就けば使い道があるのかもしれないが、現時点では売るしかない。バラ肉は手元に置いておくことにした、是非とも自分で食べたいからな。
「ドラゴンの睾丸ですか、これは高く売れますよ。...90万で買い取りましょう。胃は16万、鎧狼の骨鎧は3万、皮は1万ですね。いかがでしょうか。」
睾丸のカードを置くと、ニンバスさんの目が少し見開かれた。
睾丸が高すぎる。この分だと魔輝石とかだと3桁はいくのだろうな...。しかし、いかがでしょうかと言われてもどうなんだろう。思わず助けを求めるようにアキラを見てしまう。
「いいんじゃない?最初のは...ともかく他のものは妥当だと思うよ。」
「なら、それで大丈夫です。」
「ありがとうございます、それでは代金をご用意いたします。」
カウンターの下に金庫があるのだろう。ニンバスはカウンターの下から硬貨のようなものを取り出して並べていく。金属のような見た目だが、ソラスの言う通りなら硬貨に使えるほど金属は産出しないはずだから別のもののはずだ。何かを魔法で加工したものだろうか。
「ジン様はこちらの世界のお金についてお話をお聞きになりましたか?」
カウンターの上に5種類の硬貨を積み上げたニンバスが問いかけてくる。
「いや、聞いたことない。教えてくれるのか?」
「ええもちろん。ジン様から見て左から、1ビス硬貨、8ビス硬貨、64ビス硬貨、512ビス硬貨、4096ビス硬貨、32768ビス硬貨になります。」
「な、なんだそのキリの悪い数字は?」
ニンバスの言いあげる数字に思わず素っ頓狂な声が出てしまう。最後のなんて覚えることすらできなかった。
「ジンは8進数って言われて分かる?」
「8進数?ああ、そう言えば学校で習ったような気が...。このキリの悪さに8進数が関係してるのか?」
「うん、ニンバスさんの指の数を数えてみて。」
見やすいようにカウンターに両手を広げてくれたニンバスさんの手を見る。1、2、3...。なるほど8本だ。これが8進数を使っている理由?
「私たちは指が10本あるから10を区切りに考える10進数を使ってるけど、ミグ人達は指が8本だから8進数を使っているんだよ。2番目に高いこれは8の4乗ビス。私たちでいう10の4乗、つまり1万に相当するやつだよ。」
「そういうわけです。我々のように御使い様と商売をするものは素早く換算できるよう訓練を積んでいますので10進数で取引ができるのですが、普通に生活しているものはできません。10本指の御使い様方には余計な手間をお掛けしてしまいますが、どうかご了承ください。」
「ははあ、なるほど...」
まさかの異文化コミュニケーションにあっけにとられてしまう。指の数が一つ違うだけでこんなことになってしまうのか。というか、ニンバスさんは6桁の複雑な暗算がすぐにできるわけか。ぱねえ。
「ちなみに、私たちシェバズは大雑把に計算して適当に多めに払うことが"粋"なことだとされているわ。覚えておいてね。」
「異世界にも粋があるとは...。計算を諦めてるだけじゃないのか?まあいいか。これが3万2千なんとか...8の5乗硬貨ってわけね。」
端の一番高価な硬貨を摘まむ。これだけはオパールのような輝きを放っていて明らかに高価そうだ。意外と軽い。不思議な輝きを放っているが金属のようにも見える。材質はなんだろう。
「これって何でできてるんだ?」
「これは千年黒光亀というモンスターの骨を加工したものらしいですよ。この輝きは元からしいですよ。」
「これが骨なのか、随分と綺麗な...。」
これは金貨みたいに骨自体に価値がある感じか。他の硬貨も象牙のような質感でそれ自体で価値が高そうだ。
「こちらでちょうど100万ビス分ございます。ご確認ください。計算用紙もどうぞ。」
「これはご親切にどうも...」
ニンバスさんに渡された計算用紙で硬貨を数える。紙も鉛筆もかなり質が高い。現代人やら宇宙人やらがいるんだからこれくらいは再現できるのか。
数字のキリが悪すぎて計算に少し時間がかかってしまったが、硬貨は確かに100万ビス分用意されていた。ニンバスさんはこれを暗算したのか、おそるべし。確認の済んだ硬貨をしまおうとして気づく、財布持ってないじゃん。背嚢に手ごろな大きさのポケットは付いているが、それを財布として使うのは不便すぎる。
「ニンバスさん、ポーチとあと財布も売って欲しいな。あと、適当な服も。」
「そうでしたね、気が利きませんでした。少々お待ちを。」
アキラが気を利かせてくれてニンバスさんに声をかけてくれた。うむ、こういうことがさらっとできるあたりアキラはコミュ力が高そうだ。
ニンバスさんはすぐにいくつか商品を抱えて戻ってきた。安価なものから高級なものまで用意してくれたので、アキラのアドバイスもあり高めのものを購入した。俺たちは激しく動くから耐久力のある高いものを買わないと痛い目を見るそうだ。ドラゴンの素材が高く売れて懐が温かかったのもある。
「お買い上げありがとうございます。失礼ですが、これからのご予定は?」
「ドラゴンの素材で武器防具を作るつもりだよ。ちゃんとライルさんに頼むから大丈夫だって。」
「いやぁ...ありがとうございます。」
ニンバスさんはなにやら恥ずかしそうに苦笑している。話から察するにライルさんとやらは鍛冶師でニンバスさんの身内か友人ってところか。
「ライルは私の兄でして、隣で鍛冶屋をやっているのです。これは身内贔屓ではなく、実際腕は確かなので是非にと思ったのですよ。」
「へえ!お兄さんか。じゃあもしかしてこのお店の武器もお兄さんの?」
「ええ、そうです。新しい武器がすぐに欲しい場合は当店で既製品をお求め下さい。」
ニンバスさんに見送られ店を出る。隣が兄の鍛冶屋らしく、確かに隣の建物の看板にハンマーの絵が描かれている。こちらは二階建てで屋根に煙突が伸びている。
「ごめんくださーい。」
「ごめんくださーい。」
アキラと一緒に店に入る。こちらもニンバスさんの店と同じく剣や防具が陳列されているが、なんとなく雑然とした印象を受ける。鍛冶が本業だから陳列方法に本腰を入れていないのだろう。
「おう!今行く!」
奥から怒鳴り声と共に、巨漢のミグ人が現れた。巨漢と言っても背はあまり高くなく、横幅が広いのだ。丸太みたいな腕をしている。ニンバスさんとは兄弟らしいが似てるのは毛色くらいで、体格はえらい違いだ。
「アキラさんじゃねえか、それとそっちのすげえガタイの御使い様は初めましてだな。俺はライル、ミスタリアいちの鍛冶師とは俺のことだ。」
「初めまして、ライルさん。俺はジン。今日こっちにやってきた新米だ。」
ライルさんと握手を交わす。肉球なんぞ存在しないと言わんばかりの硬い掌をしている。職人の手という奴だろう。
「ほう、新人さんか。うれしいねえ。それで、何が欲しいんだ?その様子だと、防具はいるな。武器はどうする?持ち合わせはあるか?」
「レッサードラゴンを倒したからその素材で武器と防具を作って欲しいんだ~。」
「はあぁ!?ドラゴンん!?アキラはこっちきて一週間のはずだろ、そしてジンに至っては初日。よく生きて帰って来たな...無茶しやがる。」
ドラゴンを倒したと言えば誰もが驚いてくれる。誇らしい気持ちにもなるが、それ以上に恥ずかしい。褒められるのは慣れないな。
「...まあいい、強い御使い様は大歓迎だ。ドラゴンを倒したなら懐にも余裕があるだろ、欲しいものは決まっているのか?」
「私はドラゴンの素材で新しい槍と革鎧を作ってほしいかな。」
「俺は双剣と革鎧が欲しいな。」
「うむ、決まってる見てえだな。なら細かい部分を詰めよう。先にアキラからだ、ジンは店に置いてある商品見てイメージ固めといてくれ。」
ライルさんはメモを取りながらカウンターでアキラの話を聞くようだ。
言われた通り店内を見て回る。ニンバスさんの店ではあまり見て回れなかったので存分に見て回ろうじゃないか。
店内の一角に双剣コーナーがあったので、適当に手に取ってみる。刃渡り50cm程の反りの薄い片刃の剣だ。軽く振ってみるが、もう少し重くても良い気がする。
ライルさんに作ってもらうのは双剣にするつもりだ。ドラゴンと戦った時に戦いやすかったから双剣を選んだが、細かいイメージなどは決まっていない。
今度は細身の直剣型を手に取ってみるが、少し軽すぎる。刀身は厚い方がいいな。
棚の上の方に目をやると、やけに大きな双剣が飾られていた。ぱっと見両手剣かと思ったが同じ意匠のものが2つある。長さは1mくらいあるんじゃないか?さすがに普通の双剣よりは重いが、見た目に反して随分と軽い剣だ。さすがに長すぎる気もするがどうなのだろう、そこまで重くないので慣性に引っ張られすぎるということもなさそうだ。
様々な双剣を振るっていくうちにだいぶイメージも固まってきた。長さは50~60cmで重めのモノがいい。ドラゴンの爪自体が反っているから、自然と刀身も片刃の反りがついたものになるだろう。
双剣のイメージも固まったので、今度は防具を見てみる。≪竜の鱗鎧≫も取得したし革鎧はいらないかもと思ったがどうしようか。鎧狼の骨鎧も売らずにおいてあるので、ドラゴンの鱗と合わせれば体の一部は鎧みたく覆こともできる。
革鎧や全身鎧のようなものもある。全身鎧も骨でできているようで金属感が全くなく、骨の白さが眩しい。遠目に見たら聖騎士みたいじゃないか?近くで見ると...規律を覚えた蛮族みたいで非常にかっこいい。いや、貶してるんじゃなくて実際かっこいいんだ。洗練されすぎてない感じがたまらない。...ちょっと欲しくなってきたぞ。価格は、...しまった値札が読めない。とりあえず7桁か、全財産出しても買えないな。...ん?8進数で8桁だから、10進数で90万以上持っている俺なら買えるのでは?
「ジン、私は終わった...それ欲しいの?」
考え込んでいたところに声を掛けられて少し驚いてしまう。
振り返るとアキラが微妙そうな顔で鎧を見ていた。
「いや、見てただけだが、かっこよくないか?」
「...ジンの体格には合ってないわね」
おい、俺の質問はかっこいいかかっこよくないかだぞ。答えろよ。
問い詰めても詮無き事なので聞き出さずライラさんのもとへ向かう。
「おう、まあ座れや。んで、欲しいもんは決まってるんか?」
「武器の方は。防具の方はまだあんまり決まってないかな。」
「なら先に武器を聞こうか。どんなんが欲しいんだ?」
現段階での俺のイメージを伝える。それをメモを取りながら聞いたライルさんは、ちょっと待ってろと言い残してバックヤードの方へ消えていった。1分も経たないうちに戻ってきたライルさんは手に双剣を抱えていた。
「長さはこんなもんでどうだ?」
手渡された双剣を軽く振ってみる。刃引きされて安全なやつだ。イメージを固めるための模造刀見たいなものだろう。
長さはこのくらいかもう少し長いくらいで、重さはもっと欲しいな。
思ったままにライルさんに伝える。
「そうか、貸せ。」
ライルさんに双剣を返すと、双剣にベルトのようなものを巻き始めた。それが再び渡される。
ベルトが巻かれて縞模様になった双剣はさっきよりもだいぶ重くなっていた。なるほど重りというわけね。振ってみるとなかなかにしっくりくる重さになっている。そんな風にベルトを増やしたり減らしたりしていくと俺にとってベストな重さが見つかった。
随分と重くしてしまった。ベルトが巻かれすぎて刀身が見えなくなっちゃったよ。ライルさんも少し苦い顔をしている。
「やたら重くしやがってからに...。まあいい、ジンも【ドラゴンの尖爪】持ってんだよな?」
「ああ、持ってる。」
「よし、なら次は柄と鍔だ。」
「あっ、まだ終わりじゃないのか。」
刀身を選び終わったので、もう防具について話し合う気分になってしまっていた。
それから、柄、鍔、防具について話し合い、結局30分以上掛かってしまったのではないだろうか。アキラを随分と待たしてしまった。というか、アキラは随分とあっさり終わったな。初めてじゃなかったからか?
「すまん、待たせてしまった。」
「別にいいよ、私も最初はもっと時間かかったし。」
「二人とも、それじゃあ3日後くらいに来てくれ。そのころにはできてる。」
「えっ、3日?」
店前まで見送りに来てくれたライルさんの言葉に思わず聞き返してしまう。
3日って早くない?いや、武器防具制作にかかる時間とか知らないけど防具とかもっとかかるんじゃないか?
「おう、3日だ。ジンは知らないだろうが、カードから展開した素材なんかは早めに加工しきらないと魔力が抜けちまうんだよ。時間との勝負なんだ。」
ああ、なるほどね魔力があるからか。全然理解してないが魔力ならそういうこともあるのかと思えてしまう。だって現実世界とは全く違うもんね。
ライルさんにお礼を言って店を出る。3日後が今からもう待ち遠しい。クリスマスを前にした子供になった気分だあ...。




